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拓兎に禁止をする話

「セックスするときに歌うの禁止な」 「なんでだ」  深夜零時過ぎ。風呂に入り身体を清め、道具一式を準備し、今日どのように恋人を抱き、愛し合おうかのイメージを固め、いざ事に及ぼうとしたそのタイミングで告げられた恋人からの言葉に拓兎は見事に硬直してしまった。  行為中に歌を歌う。これは拓兎が持つ多くの癖の一つだった。  治療と称し真へ愛撫だけを行っていた高校時代から始まったその癖。高校生だった当初はその時々に流行っているラブソングが多かったが、今はもっぱら拓兎の持ち曲が歌われるようになっている。挙句、行為中に新曲が生まれてしまうときもあった。それは、つまり―― 「えっちしてるときに拓兎が歌った曲は勿論だけど、えっちしたときに生まれた曲が世に出されてヒットして、大ヒットして街中に流れたりするんだぜ?」 「そうだな。愛の結晶が、」  拓兎が全て言葉を言い終わらないうちに真が拓兎の身体に枕を叩きつけた。顔を狙わないところが真らしい。そんなことを考え拓兎は笑うと仕返しと言わんばかりにそのまま真をベッドへと押し倒した。  口では不満を述べていたがその割には彼の身体は全くの抵抗無しにベッドへ沈み込む。いっその事、このまま流してしまおうかと、拓兎は真の柔らかな唇に噛みつこうとしたが、感づかれたらしい。ぷいっと顔を横へ逸らすと同時に染色したふわふわとしたブロンドベージュが揺れた。 「話、まだ途中」 「それはすまない。だが、一体何の問題があるんだ? お前、好きだろう、俺の歌声」 「す、き……だけど……」  もごもごと何かを言う真の耳が見る見るうちに赤くなっていく。何とか彼の顔をのぞき込むとそこには案の定、拓兎が一番好きな真の表情がそこにあった。 「街で、お前の曲が流れてるの聴くと……えっちしてるときのこと思い出すんだよ」  「馬鹿」と熱のこもった声で言われてしまっては耐えられるはずがない。拓兎は真の顔を両手で固定すると無理矢理に自分の方へ向かせ、僅かに開いた真の口に強く唇を押しつけた。そのまま、舌で唇を舐め、力尽くで彼の口の中へと入り込む。初めは何とか拓兎を追い返そうと抵抗していた真も、抗えば抗うほど逆に絡まり合う熱情に負け、大人しく拓兎のペースに併せ吐息と唾液を絡ませあった。  舌の筋肉が疲れたのか僅かに麻痺したような感覚が広がる口の中にやっと外の空気が流れ込むと、拓兎が満足そうに笑い声を上げた。 「そうか。俺の歌を聴いて、俺としているときのことを思い出してくれるのか。そうか……ははは……可愛いやつめ、今この気持ちを歌にしたいよ」 「だ、から……それを止めろって」 「良いじゃないか。俺の歌を聴いて悲しくなるよりは百倍ましだろう。それに、歌うことは俺にとって愛情表現の一つなんだ。相手がお前だととりわけな。ハグやキスと同じなんだよ。それを止めることは中々出来ない。諦めろ」  なんて身勝手でわがままなんだ。真はそう怒鳴ってやろうかとも思ったが、よくよく頭を巡らせて口を噤む。  本音を言えば「街中で拓兎の歌を聴いたときに情事を思い出す」こと以外は、真にとって拓兎が最中に歌うことは何ら問題ないのだ。拓兎の歌声を聞くのは好きだし、拓兎が自分に愛の歌を囁くことに悦びを感じている自分もいる。まだ、ミュージシャンのタクトが自分のために歌ってくれることに優越感を覚えるほど浮かれ酔うまでには至っていないが、それでも「嬉しい」ことは事実だ。  つまり――デメリットの割にメリットが大きいのだ。 「……そう、だな」  「諦める」。流されるままに、流れるままにそう口にした真に拓兎は僅かに安堵の溜息を吐く。そして、いつも通り真の肌に指を滑らせながら蠱惑的に愛の歌を口ずさみ始めた。  柔らかく、温かく官能的な声で、聴いたことのない新しい歌が奏でられる。真が望ならば、この曲は世には出さず彼を愛でるときのみに歌おうか。そんなことを企みながら拓兎は真の耳に愛の歌を注ぎ続けた。

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