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ポメガバースパロディ
*ポメガバースパロディ
*パロディなので本編とは違う世界線です。
リビングに入ると、恋人の――拓兎の脱殻が落ちていた。
脱殻、という表現をするとやや不穏かもしれないが、ようは拓兎が着ていたと思われる黒のスウェットや下着が、床に脱ぎ散らかされていたのだ。まるで、拓兎の身体だけ消えてしまったかのように。
もし本当に拓兎が消えてしまったのならば、俺は正気ではいられなかったと思う。果たしてどうなるのかは想像出来ないけれど、それでも泣いてその場に崩れ落ちてしまうだろうなということは容易に想像出来た。
そうなることが想像出来るのに、俺は今涙も流さず、しっかりと自分の足で立っている。俺が拓兎がいなくなったのに正気でいられたのには理由があった。
リビングにあるソファの上。そこに何やら山が出来上がっていた。山に近づくと、それが俺の衣服であることがわかる。今朝脱いだスウェットに、昨日着て今日は羽織っていかなかったジャケット。後タンスから出したのだろうか下着類もあった。後で洗濯し直さないとな。そんなことを考えながら俺は服の山を崩していく。
するとその中から丸まって眠る、黒くてモフモフとした生き物が現われた。
黒いポメラニアンだ。ポメラニアンは急に眩しくなったことに驚いたのか開いた黒い目をしばしばと細める。そして俺に気が付いたのか嬉しそうに俺に飛びつく。俺は眉を下げてポメラニアンの頭を撫でて声をかけた。
「おはよう、拓兎」
俺の呼び声にポメラニアンは――拓兎は「ワン!」と元気に声を上げ尻尾を振り回した。
この世界には「ポメガ」と呼ばれる人種が存在する。彼等は、普段は人として普通に生活を送っているのだが、疲労の蓄積や精神の不安定によって姿を変えてしまうのだ。そう、ポメラニアンの姿に。
何故ポメラニアンになってしまうのか。その謎は解明されていない。だが、柴犬になった人やチワワになった人の報告やニュースは聞かないから、ポメラニアンになるのは何か理由があるのだろう。
とにかく、ポメラニアンになってしまう人間がこの世界には存在するのだ――拓兎のように。
始めて拓兎がポメラニアンになったのは保育園の時。運動会の後だった。
この後、運動会お疲れ様会でも開こうか。そんな話を俺の両親と拓兎の両親が話していると、突然俺と手を繋いでいた拓兎の身体が子犬の姿に変わったのだ。混乱して何も出来ないでいた俺に、拓兎のお母さんが教えてくれたこと。
「ポメになっちゃった子は、ひたすら撫でていっぱい褒めてあげると元に戻るわよ」
その教えに従って、俺は幾度となくポメラニアンになった拓兎を人の姿に戻してきた。
拓兎は自己管理が得意だから滅多にポメラニアンになることはないが、仕事に熱中しすぎたり、スケジュールがいっぱいになりすぎたりすると突如ポメラニアンになってしまうことがある。
拓兎は本業がミュージシャンで最近はモデルやドラマ等のタレント業もしているため、突然のポメラニアン化は仕事に関わる一大事である。一応マネージャーさんや事務所の配慮でステージ上やスタジオでポメラニアンになってしまったことは今まで一度もない。そのかわり、最近家でよくポメラニアンになっている。今日みたいに。
俺は、自分の膝に拓兎を乗せると拓兎の頭を撫でる。すると彼はぐりぐりと俺のお腹に顔を擦りつけてきた。可愛らしくて俺の疲れが癒やされていく。これではダメだ。俺が拓兎を癒やさなければ。
「今日も仕事、大変だったんだな」
「わん!」
「偉いなぁ。いつもありがとな」
「わんっ!」
「……でも、最近よくポメになっちゃうから……最近お前、頑張りすぎなんじゃないかって心配になる」
「わぅ……」
拓兎はしょんぼりとした顔をすると舌を出しそのまま俺の太ももへ顔を乗せた。クルンと巻いた尾は解け、垂れ下がってしまっている。
しまった。今聞きたいのは説教じゃなくて褒め言葉だった。ハッとして首を振ると拓兎の体を少し揉むようにしながら撫でる。不安が言葉に出てしまった。拓兎ほどとは言わないが、俺も疲れてしまっているのかもしれないな。
拓兎を撫でながら息を吐く。時計を見ると時刻は夜中の二時。休憩中に賄いは食べたが少しお腹がすいてきた。
「お腹すいてないか? 一緒に夜食でも食べてゆっくり休もう」
俺の言葉に拓兎は嬉しそうに顔を上げて鳴き声を上げる。その可愛さに思わず拓兎を抱きしめると拓兎も俺の方にしがみついた。そのまま彼をキッチンへと連れて行く。
ポメガは、人間の状態では普通の人間と同じ食事を摂るが、ポメラニアン状態だと体質も犬と同じ物になってしまう。故に、犬が中毒を起こす食べ物――玉ねぎやネギ、チョコレートなどは必然的に避けなくてはならないのだ。そういうときのために、俺は犬も食べられる料理を少しだけ勉強した。今日の拓兎の夜食は野菜とささみを煮込んだスープにしよう。俺も温かいスープが食べたくなってきたし。
「作るから待っててな」
俺の言葉に従い、拓兎は俺の足下でおすわりをして待つ。普段なら手伝うか邪魔するかの如く俺に後から抱きつくかのどちらかであるからだろうか。純粋に待つだけの拓兎がなんだか新鮮で可愛らしくなってしまう。愛おしさと「早くお腹いっぱいにしてあげたい」という衝動でいっぱいだ。
冷凍庫から冷凍していたカット野菜とささみを取り出す。それをしばらく煮詰め、野菜とささみに火が通ったのを確認すると拓兎用のスープをお皿に取り分ける。取り分けたスープを冷ましている間に、自分が食べる分をコンソメと塩胡椒で味付けする。美味しそうな匂いがするのか、拓兎はお尻を何度も浮かせながらおすわりをし続けている。
「もうちょっとだぞ」
「わん!」
待ちきれない様子で拓兎はその場で何度も回り続け、俺の足に飛びついて、回ってを繰り返す。スマートフォンをリュックの中に入れたままにしていたのが悔やまれる。動画に収めておきたかった。
そんなことを思っている間にスープが完成する。キャベツとにんじん、それにささみを煮込んだスープの匂いを嗅ぐだけで深夜の腹はくぅっと音を立てた。
「よし、食べようか」
「わう!」
スープとカトラリーをリビングへと運ぶ。置いたままになっていた拓兎が俺の服で作った巣をどかさせて貰ってソファに座ると、拓兎もソファに飛び乗った。
「そろそろ冷めてるから大丈夫だろ。はい、拓兎」
気は引けるが俺は拓兎のスープが入ったお皿をソファの上に置く。机の上でも良いが拓兎の今の身体だと絶妙に身体の丈が机まで届かないのだ。
拓兎はスープに顔を近づけて鼻をヒクヒクと動かす。そして、一口、二口それを食べた後――
「わん」
急にスープを食べなくなってしまった。
「あれ……まずかった?」
モフモフとした黒い頭を拓兎は左右に振る。
「腹一杯なのか?」
拓兎はまた頭を左右に振る。
かと思ったら、じっと俺の眼を見つめた。何かを伝えているらしい。幼馴染で生まれたときからの付き合いだから、目を見るだけで何を伝えたいのか全てわかってしまう――のならいいのだが、残念ながら俺はまだ拓兎の心を読む力は身につけていない。
仕方ないと思いスープをキッチンへ持って行くと聞いたことがないような唸り声を上げられた。どうしたら良いのだろうか。
俺が困惑すれば拓兎はいつも解決方法を示してくれる。それはポメラニアンになっても健在のようで、拓兎は口角を上げて鳴き声を上げると食器やカトラリーが入っている棚の方へ向かった。そして、スプーンやフォーク、それにナイフが入った棚に向かってジャンプする。
「こら、拓兎危ないから」
「わん!」
「……この中の物をとって欲しいのか?」
スープといえばスプーンだろうか。そう思ってスプーンを取り出すと、正解だったらしい。拓兎は嬉しそうに周りながらリビングへと戻っていった。
何となく、拓兎が俺にして欲しいことがわかった。俺もスプーンとスープを持ってリビングに戻る。そしてソファに座り直すと、隣に拓兎を呼んでスープをスプーンで掬った。それを、ゆっくりと拓兎に差出す。
「はい、あーん」
俺の言葉を聞くや否や、拓兎は目を輝かせてスプーンにかぶりつく。俺がスープを差出せば、拓兎はどんどんそれに食いつき、あっという間にスープを飲み干してしまった。満足げに笑い、拓兎は何度も口の周りを舐めた。
俺に甘えたかったのか。
それに気が付くと同時に拓兎が可愛らしくてしかたがなくなる。
「かわいいなぁ、拓兎」
彼の体を抱きしめて身体を撫でる。スープを食べることも忘れてソファの上に横になって体の上に拓兎を乗せた。いつもより遥かに軽い身体が胸の上に乗る。パタパタとほふく前進をしながら拓兎は俺の胸から這い上がると俺の顔をペロペロと舐め始めた。
スープのお礼だろうか。それとも、俺を舐めたいだけだろうか。わからないけれど、拓兎は凄く楽しそうだ。
「いいよ。今日はお前の好きにして」
俺はそう言って目を閉じる。すると急に身体が重くなった。いや、違う。身体の上に乗っている物が重くなったのだ。
驚いて目を開ける。するとそこにはポメラニアン――ではなく全裸の拓兎がいた。
「たく、」
「いいのか?」
「え」
「俺の好きにして良いのか?」
迫り来る拓兎の目の下には薄ら隈が見える。そんなに疲れていたのか。
「なあ、好きにして良いのか? 嬉しいな。立て込んでた仕事がやっと終わったんだ……疲れたわ、真はバイトでいなくて寂しいわで気が付いたらポメになっていたんだが……褒めてくれるだけではなく、スープも作って貰って、「あーん」もしてくれて、俺の好きにしても良いと言ってくれるだなんて……何をしようか。何をしても良いんだろう?」
「……」
よかった。目元に疲れは見えるがいつもの拓兎だ。嬉しくなって手を伸ばすと、拓兎の身体が強ばるのがわかる。俺はそのままサラサラとした髪の毛を撫でた。
「戻ってよかった」
「……そんなに不安だったのか」
「だって、ここのところ、立て続けだったから……」
「何事にも、没頭しすぎると疲労に気がつけなくなる……俺の悪い癖だ。心配掛けてすまなかった。しばらく休みだから、安心してくれ」
「うん……あのな、」
「うん」
「ポメラニアンの拓兎も好きだけど、俺は普段の拓兎が好きだから、その、」
拓兎はソファに座り直し、俺の身体を起こす。そして、言葉を言い淀んでいる俺の身体をしばらく抱きしめる。拓兎の背中に手を回し身体を抱きしめた瞬間、心の底から何かが沸き上がってくるような感覚がした。
やっぱり、ポメも可愛いけれどいつもの拓兎が一番好きだ。それを実感していると拓兎が「よし、」と呟いた。
「スープ、食べようか」
「そうだな。冷めちゃうから……」
「「あーん」してやろう。お礼に」
その言葉に顔がカッと熱くなるのを感じる。けれど、やっぱり俺も疲れていて、同時に拓兎に会えないバイトの時間が寂しかったようだ。こくりと頷き、静かに口を開けると、拓兎はニヤリと口の端を上げた。
「犬だとこういうことも出来ないもんな」
拓兎の言葉に頷きながら、俺は差出されたスプーンを恐る恐る口にした。
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