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第3話

「桃李、ピアノ習う事になったんだね。」 今日は桃李の初レッスンだ。 嬉しい。 彼を独占できる。 桃李は学校帰りの格好で、部屋に入ってきた。 「何を弾く?何を弾きたい?」 俺は嬉しくなって、彼を抱きしめて顔を見下ろして聞く。 「…どうして?」 視線を外したまま、小さくそう言うと、俺の体を拒否する様に小さな手で押してくる。 賢い子だから…自分の状況が分かるのかな… 俺は彼の顔を見ながら言った。 「お前の母さんに脅迫された。だから、俺はお前に会う口実を作った。それで手打ちにした。そう言う事だ。」 そう言って、彼の頭にキスして抱きしめる。 俺の大切な桃李… 「お前はそんなんで良いの?まるで、身売りじゃないか…」 「軽蔑するか…?」 俺は彼の顔を見て聞いた。 彼は俺の目をジッと見つめて、伏せると、俺の体に手を回した。 「いいや…」 そう言って顔を埋める彼の頭を、俺は手のひらで優しく撫でた。 「ボクも…お前と同じようなものだから…」 そう言った彼の言葉の意味が分かって、俺はもっと彼を抱きしめた。 「桃李は何を弾いてみたい?」 「この前の…」 「ショパン?」 俺が聞くと、彼は俺の体に顔を埋めたまま、頷いて答える。 そう言うと思って、楽譜を用意しておいた。 俺は彼から離れて、楽譜を手に取って渡した。 「譜読みは徐々に出来ればいい。お前は別に音大に行く訳でも、コンクールに出る訳でも無いからね。好きに演奏して、ピアノを好きになればいい…」 そう言って、ピアノの椅子を調整すると、彼を座らせた。 隣に座って、楽譜を置く。 まず、運指の練習からするか… 「桃李、ピアノを弾くときに大事なのは指でね。ほら、こうやって寝かせて弾くともたついてしまうんだ。だから、指を立てて、こうやって鍵盤を押すんだよ。」 桃李は俺の指の真似をして、お利口にする。 そうなんだ、この子はもともと素直でいい子なんだ… 「運指って言ってね、この音をどの指で押すか、既に決まっているんだよ。それが一番スムーズに弾ける指運びなんだ。桃李の弾きたい曲は、この運指をしっかりできていれば流れる様に弾ける。でも、ここでもたつくと、あの滑らかなメロディーにはならないんだ。だから、綺麗に弾きたいなら、運指の練習を頑張らないといけない。」 俺の説明を、彼は真剣なまなざしで聞いて、楽譜に書かれた番号と指を照らしてみてる。 「親指が1、人差し指が2、中指が3、薬指が4、小指が5だ。今、全部できなくてもいい。頭の中に入れておく程度に覚えておいてね。」 俺は鍵盤に指を置いて、桃李の方を見て言った。 「桃李、ピアノは右手と左手、別々の動きをするだろ?初めのうちは、これが難しく思うかもしれない。一度弾いてみよう。」 俺は簡単に“カエルの歌”を右手と左手で輪唱させる。 それを見た桃李がおもむろに鍵盤に指を置いて、真似する様にカエルの歌を弾く。 それが、上手で…驚いた。 「学校とかでやるの?意外と上手くて驚いたんだが。」 俺はそう言って、楽譜の本を出して開くと、ピアノに置いた。 「桃李、ハノンを1番からやるから出来そうだったら一緒にやってみてね。」 俺はそう言って運指の練習でよく弾かれるハノンの1番を弾いた。 これは右手と左手、同じ音を弾くんだけど、運指としては右手と左手、違う指で弾かなくてはいけない。ごっちゃになる子はここで、もう出鼻を挫かれたりする。 俺が弾き始めると、桃李は覗き込むようにして楽しそうに見てる。 こんなに楽しそうなら…もっと早くから触らせればよかった… また鍵盤に指を置いて、一緒に弾き始める。勘が良いのか…運指も問題ない。 そのままハノン6番まで弾いて気付いた。 この子、誰かに基礎を教えてもらってる…。 「桃李、お前、誰かに教えてもらった事、ある?」 ハノンを続けて弾きながら彼に聞く。 彼は楽しそうに体を揺らしてピアノを弾いている。 そして声を弾ませて、答える。 「ボクの本当のお母さん…」 …そうなんだ。 彼の亡くなったお母さんが、教えてくれていたんだ。 「じゃあ、基礎は教えなくても大丈夫だな…」 俺はそう言ってハノンの楽譜をしまおうとした。 桃李は俺の腕を掴んで、嫌がった。 「最後まで弾く。」 そう言って桃李は、結局ハノンの60番まで、俺に付いてきて、弾ききった。 凄い…驚いた。 この前のたどたどしい運指とは違う、確実に同じ音の大きさで早いスピードにも、もたつかない指。正直驚いた。 杏介の母親が言った…“あの子にピアノは一番ダメな組み合わせね…”の言葉が頭をよぎる。 「桃李…お前のお母さんは何者だい?こんなに上手に弾けて…俺は驚いたよ。」 そう言って、横に座る彼の顔を覗き見ると、彼は涙をポロポロ落として泣いていた。 俺は彼の肩を抱いて、さすってやる。 思い出したのかな…久しぶりにハノンなんて弾いて… 母親の事を思い出したのかな… 「次のレッスンでは、もうショパンの楽譜を弾こう。お前は基礎が出来てる。」 そう言って俺の膝に突っ伏して泣く、彼の背中を撫でる。 基礎が出来ている、なんて生易しいものじゃない… 久しぶりに弾いたはずなのに、運指、リズム、鍵盤を押す強さ、全てに迷いがなく、そして、楽譜を見ていないのに、譜面通りに…音に強弱が付いていて…久しぶりに弾いたなんて到底思えなかった。 体で覚えたにしても、勘が良い。 この子は凄いピアニストになる… 俺はそう思って、体の芯が震えた。 桃李の初レッスンは、そろそろ終わりの時間を迎える。 「お前とショパンを弾くのが楽しみだよ…」 俺は彼の頬を撫でて言った。 彼は目の周りを赤くして、俺の方を見ると、ペコリとお辞儀をした。 その、らしからぬ姿に俺が声を出して笑うと、ムッとした顔をして、俺の傍に来て抱きついて来る。 「桔平…桔平の…」 何度も言い淀む彼の言葉を、俺を見上げる彼の頬を撫でながら黙って待つ。 「桔平のピアノは…お母さんに似てる。あの曲が…すごく良い…」 俺の目を見てそう言うと、背伸びして、俺にキスをくれた。 そのまま首に手を回して俺の胸に顔を埋める。 俺は彼の腰を抱きしめると、言った。 「そうか…それは…それは良かった。」 あの時の涙は、俺の演奏に母を思い出したのか… お前の様な天才ピアニストの母に、似ているなんて…光栄だよ… 彼の首に顔を埋めて匂いを嗅いだ。 「桃李…どうでした?」 杏介はピアノの前に座っても落ち着かない様子で、しきりに桃李の話をする。 何が怖いのか…彼が凄いと、まるで知っているみたいだ。 「人の事は良い。自分の課題をやりなさい。」 俺はそう言って、彼の課題曲の練習をした。 すっかり、色気を失ったのか…彼は俺を誘う余裕など見せずに、必死に練習する。 その必死な様子から、俺は気付いた。 あぁ…この子は知ってるんだ。 桃李が、ピアノが上手だって事…知っているんだ。 ならば言わないでおこう。 「大体良いね。では次の楽譜に移ろうか…」 俺はそう言って、次の課題曲の楽譜を彼に渡した。 そして、曲の説明と気を付ける部分を簡単に話して、実際に弾いてみる。 俺の肩に置かれた杏介の手が震えているのに気が付いた。 そんなに怖いのか…桃李が… 「この曲も前の曲と同じで、バッハの特徴を知っていれば、難なく弾けるだろう。」 そう言って彼と席を替わると、一度弾かせる。 「先生、桃李は…何を弾くんですか?」 「ハノンの運指をしているよ。」 そう言って、楽譜を見ながら彼が弾き始めるのを待つ。 「…嘘だ!あいつがハノンなんて弾くわけない!あいつはボクの前で、弾いたんだ!僕が…僕が弾けなかった、サティを…簡単に…弾いたんだ!!」 そう言って取り乱すと、目の前のバッハの楽譜を手で払って飛ばす。 俺は飛んで行った楽譜を拾うと、彼の方に向いて聞いた。 「サティの何を弾いたの?」 「…ジムノペディ」 俺はおかしくなって、声を出して笑った。 それは…恐ろしい筈だ。あんな難しい曲を弾いたのか…すごいぞ。桃李。 「それは…今度来たら、ぜひ、聞かせてもらおう…」 俺はそう言って、杏介の楽譜をピアノに戻す。 「じゃあ、初めから弾いてみよう。」 杏介のレッスンが終わりの時間になる。 「じゃあ、次はここの続きからだね。」 俺はそう言って部屋の扉を開く。 「もっと、上手くならないと…どうすれば良いですか…」 すっかり意気消沈して声を震わせる彼に教えてやる。 「桃李はコンクールに出たりしない。音大も行かない。ただ楽しんでいるだけだ。君とは目的が違う。彼を意識するあまり、自分が見えなくならない様に気を付けるべきだ。」 これまでの努力、それら全てが無駄な訳では無いのに、圧倒的なセンスの差を目の当たりにすると、全てが無駄だったと思ってしまう経験は、俺にだってある。 そういう時は悲観的になって、どん底に落ちるんだ。 でも、俺はピアノ講師。 ちゃんと杏介にアドバイスをした。 桃李と同じレベルじゃないんだ。相手にもならない。 構う必要も無いんだ。 杏介が帰ったピアノの部屋で、サティの楽譜を出して見る。 「ジムノペディ…」 そのページを開いて、楽譜を読む。 サティの楽譜はいつもそうだ…なんだ、ちょろいじゃん。と思うと、ドツボにハマる。 テンポもへったくれもない。 指があっちへこっちへ飛んでいき、大忙しになる。 まるで…踊る様に弾かないといけないんだ。 あぁ…なるほど、桃李。お前は踊りも上手だったな。 だから、簡単に弾けるんだ。弧を描くように手を移動させて、美しく弾くんだろうな… 見たいな。お前のサティ… 俺はそう思いながら、ジムノペディじゃなく、サティのジュ・トゥ・ヴを弾いた。 お前が欲しい… 「やぁ、桃李。今日は早いね?」 桃李の2回目のレッスンが始まる。 彼は今日も学校帰りの格好で来た。 ブレザーを預かってハンガーにかけてあげる。 シャツの上から体を撫でようと思っていたのに、彼はとっととピアノに向かってしまう。 桃李は1人、ピアノに座ると、突然ショパンの練習曲第12番、革命を華麗に弾いた。 驚いた俺は彼の傍に行って、激しく動く鍵盤を見る。 マジかよ… 余りのインパクトに言葉を失って彼を見る。 暗譜しているの…? 何も見ないでも迷うことなく、指が動く様を目撃する。 素人じゃない…この表現力。強弱の繊細さ…に息を飲む。 上手い… ただ者じゃない… 全身の鳥肌が立って、身震いする。 これで…こんなの弾けて…楽譜が読めないとか… アンバランスすぎる… 弾き終えると、桃李はスッキリした顔で言った。 「今日はピアノに触れる日だ。朝から楽しみにしていたら、これが弾きたくなった…」 そう言って笑う彼に俺は足が震えた。 彼の隣にヘタリと座って、可愛い顔の彼に尋ねる。 「…他に…他に何が弾けるの?」 桃李は俺の体に寄り添う様にくっ付いて、鍵盤を指で撫でて黙っている。 考えているのか…思い出しているのか… ふと指が動いて、彼が弾いたのはショパンの別れの曲… 信じられない… 俺よりも上手に曲に入って行く。 この曲は途中で激情的にピアノの旋律が変化する。 途切れることなく、スムーズに移行する音の流れに、ひたすら感嘆して、感動する。 気を抜くとガチャガチャなりがちな部分が…まとまって、美しく形を作って次に繋ぐ。 彼の弾くこの曲の表現力に…自分の表現力との差に、驚愕して、おののいて、ひれ伏す。こんなに美しい別れの曲を聞いた事が無い…。 参った… そのまま彼はショパンの練習曲を順番に演奏していく。 「桃李…最後にジムノペディを弾いたら、今日の練習を始めよう…」 レッスン時間2時間のうち、既に1時間は彼の好きに弾かせた。 堰を切ったように弾き始める彼を見ると、今まで我慢して来たのか、と不憫に思った。 彼の家には立派なスタンウェイのグランドピアノが有るのに、こんなに上手な彼が、あのピアノを弾けないのは、悲しかっただろう… これは…杏介が落ち込むのも無理はないな… 俺だって、少しへこんだ… このままだと、教える側ではなく、教えてもらう側になってしまいそうで…冗談抜きで焦る。 「ジムノペ?そんなの、ボクは知らない…」 桃李はそう言うと、鞄から楽譜を出して、ピアノに置いた。 「サティの曲だよ。お前、弾けるんだろ?聴かせてくれよ。」 俺の話を真剣に聞いてくれるけど、いまいち理解していないみたいで、首を傾げる… 「名前は知らない…曲の名前が、分からない…どんな音?」 彼は戸惑いながら俺に聞く。 そうか…この子は曲名を知らないのか… 俺は鍵盤に指を置いて、ジムノペディの最初の部分を弾いた。 すると、彼はあっ!と言う顔をして、俺の手に自分の手を合わせて、一緒に弾き始める。 いつの間にか、俺の手は止まって、彼の手だけ、ピアノの上を踊る。 「凄いな…桃李、この曲は、この人の曲は難しいんだよ…どうして?どうしてこんなに上手に弾けるの?お母さんに、どうやって教わったの?」 俺は彼の髪の毛を撫でながら、感嘆の声を上げて聞いた。 「耳で…好きになった。見て、覚えた…。」 そうなんだ…楽譜で混乱しないから…こんなに自由に弾けるのかな… 俺は桃李が置いた楽譜を見て聞いた。 「この曲も、耳と、目で…覚えてみる?」 俺の腕をそっと握って、彼は嬉しそうに頷いた。 俺は彼の為に、何度もショパンのワルツを弾く。 彼は俺の足の間に入って、それをじっと見る。 こんなレッスン…本当に弾けるようになるんだろうか… 半信半疑だが、彼の特技を目の当たりにしたい一心で、何度も弾く。 「一回…弾いてみる…」 そう言って、彼は俺の足の間でショパンのワルツを途中まで弾く。 凄い…運指までしっかりコピーしている… 途中まで完璧なのに、途中から全く分からなくなるのが、この子の覚え方の特徴なのか… 以前、桃李が右手だけで…しかも運指もめちゃくちゃで、たどたどしく弾いていたこの曲…耳で聞いただけで、見せてもらっていなかったから…彼が覚えるには不完全だったんだ… 本当に凄いな…この子は天才だ。 俺はすっかり彼の才能に夢中になった… 彼の頭を撫でて、髪にキスし、もっと彼にピアノを弾かせたくなる。 「お前は凄い…天才だよ…」 「いやだ」 彼は突然ピアノを弾くのをやめて、俺の方を見た。 その顔がとても悲しそうで、俺は戸惑った。 「嫌…なの?」 そう聞くと、ピアノじゃなく俺に体を向けて、見上げて来た。 そして俺の体に頭をもたげて項垂れる様にすると、小さな手で俺の腰を掴む。 俺はもっと彼に弾いてほしくて、機嫌を取ろうとする。 「ほら、桃李…もう一回弾いてみよう。上手なの聞きたいよ…」 「いやだ」 どうやら彼は嫌になってしまったようだ。 俺は彼のピアノを諦めて、ツンデレの彼の要求を探る。 「桃李…キスする?」 俺がそう聞くと、彼はピクッと反応するが、それでは無いようだ。 彼のうなじを見て、指で撫でる。 制服の白いシャツの向こうに、白い肌が見えて、また変な気が起きる。 彼の項垂れた首に顔を埋めて、キスして食む。 そのまま舌で舐めると、彼は首を起こして憮然とした表情で俺を見る。 怒ったの? 「桃李、お家で何してるの?」 雑談しながら彼の首を舐める。 「…ん、何も…何もしてない…あっ…ん」 可愛い… 俺はそのまま彼を抱きしめて、首に沢山キスする。 「じゃあ、家では何もしてないんだね…」 彼の腰を掴んで、小さな顎を舐めて、そのまま上に唇を上らせる。 目と目が合って、俺は彼の目にウインクする。 彼は、俺の目に手を伸ばして、覆い隠すようにする。 そのまま俺の唇にキスして舌を入れてくる。 官能的だな… 「桃李…エロいよ…目隠しされるの…エロい…」 俺が半笑いで言うと、彼はすぐに手を放して、顔を赤くしてムッとした顔で言った。 「どうして、ずっと見てくる?見るな。」 可愛い奴…恥ずかしかったんだ… 俺がウインクしたの…恥ずかしかったんだ… 俺は彼の手を取って、寝室に連れ込もうとする。 「いやだ」 彼はそう言って俺の体に抱きつくと、おもむろに俺のシャツを脱がし始める。 「ここでするの?」 俺の問いに答えないで、胸板に顔を付けて小さな舌で舐める。 ゾクッとして、彼の顔を手で上げると、貪りつく様にキスをした。 そんな事しちゃダメだろ…桃李… すっかり気を良くした俺は、お前に沢山求めるかもしれないだろ… 信じちゃダメだと言ってるのに…お前は、無防備すぎる。 桃李をソファまで連れて行き、一緒に座って、彼の体に覆いかぶさる様にしてキスを続ける。 「桔平…ピアノの事、誰にも言わないで…」 俺の顔を両手で包んで、切実な眼差しで言ってくる。 どうしてだ…こんなに凄いのに… 「なぜ?お前は天才だよ…有名な演奏家に付いたらあっという間にスターになれる。しかも、従来のピアノの練習を覆すお前の耳コピは、同じように楽譜が読めなくても音楽が好きな子のお手本になる。なにより、俺はお前のすばらしさをもっと世の中に広めたいよ…こんなに美しいピアノを弾くなんて…本当に奇跡だ。」 彼の顔を見て、俺は嬉しくなってそう言った。だって、彼は才能の塊なんだ。 もっと世間に認めてもらえれば、あの鬱屈した環境からも抜け出せるかもしれない… 亡くなった彼のお母さんが与えた、これはギフトだ。 「いやだ!」 彼は激しく拒否して怒る。 その理由が分からなくて、戸惑う。 彼は、自分のシャツを脱いで、俺に体を合わせると、俺の首に舌を這わせていやらしく舐めた。俺は彼の細い腰を掴むと滑らかな肌に、理性が飛んでいきそうになって、こらえる。 まるで、俺を煽るみたいにさっきから積極的に俺に愛撫する彼に翻弄される。 「桃李…おじちゃんをからかうと、オオカミになるから、止めなさい。」 ふざけた口調で俺がそう言うと、彼は目を潤ませて俺のおでこに自分のおでこを付けて、可愛い口で、言った。 「…桔平に…抱かれたい…」 「どうして?」 魅力的な言葉に、心が持っていかれそうになるけど…知ってるんだよ。 お前が何かを誤魔化す為に、俺に体を許そうとしているって… 何で?どうして、そこまでピアノの事を隠そうとするの? 俺がその話をし始めたら、急に気を逸らさせるように…体を求めだしたよね… 桃李…そんな事しなくて良い。 俺は、お前が嫌がる事はしないよ… 「ピアノの事、言われたくないんだね…」 俺が思い通りに操れなくて…目から涙をこぼす彼の頬を撫でて、静かに話す。 「分かった。2人だけの秘密にしよう…」 そう言って、彼の唇にキスする。 彼は口元を歪ませて、声を上げて泣きだす。 どうやら、彼はこの才能のせいで既に傷を負っているようだ… まるで悲鳴の様に悲痛な泣き声は、俺の目も潤ませて、頬に涙が伝う。 彼は俺が泣いている事に気が付くと、優しく指ですくって俺を抱きしめた。 まるで、ごめんね。と言っている様に、優しく抱きしめられて、彼の肌が自分の肌に触れて…熱で体が溶けそうだ… 「お母さんに…たまに会いに来る男も、ボクの事を神童だと言った…。でも、ボクがピアノを弾かないと、お母さんに暴力をふるった…。だから、沢山覚えて、その人の為に…お母さんの為に弾いた…。それが、今のお父さん。お母さんの好きだった人…」 俺の体に抱きつきながら、耳元で桃李が言った。 「悲しいね…でも、お前のせいじゃないよ…」 俺はそう言って、彼の背中を手のひらで優しく撫でて温める。 母親が死んだのは、お前がピアノを弾けるからじゃないよ… 彼にとったら…また注目を浴びることで、誰かが傷つく事になると恐怖を抱いているんだ…。こんなに素晴らしい才能なのに…忌み嫌うなんて…悲しいね。 大人に振り回されて、傷ついて…今もなお、歪んだ家庭に身を置いている。 可哀そうだ… 「桃李…いっそ俺と、どこかに逃げるか…」 誰にも知られない場所で、2人で一緒に… 「贅沢しなかったら、お前一人ぐらい養えるぞ?」 俺は結構本気で彼に言った。 彼は少し驚いた顔をしたが、しばらく考える様に視線を逸らすと、俺の髪を撫でた。 そして、言った。 「桔平と一緒に暮らしたら、楽しそうだ…」 あぁ…桃李…嬉しいよ。そんな風に言ってくれて… 一生…お前の傍から離れる気がしないよ… 「でも、ボクは…分からない…どうしたら良いのか…もう、よく分からない…。良かれと思った事がダメで…自分の存在が怖いと思う人が居る事が…怖くて…もし、桔平に同じように思われたら…ボクは…それが怖くて…お前と一緒に行くなんて…出来ない。」 悲しそうな顔をして、俺の口にキスをして、舌を入れて絡めて、愛おしそうに俺の頭を抱く、お前の全てが欲しいよ… 「桔平…ボクの事、抱いて…お前に、抱かれたいんだ…」 キスを外して、彼がそう言って俺の目を見る。 潤んだ瞳で、今にも涙がこぼれそうに揺れて見える。 俺は彼の唇に深くキスすると、そのまま彼を後ろに押し倒した。 彼の肌に舌を這わせて、感じる彼を抱きしめて一緒に気持ちよくなる。 「桃李…可愛いね…もうこんなになってるよ…俺の、気持ちいい?」 彼の首筋を食みながら、彼の耳元で囁くと、可愛い声で喘ぎながら、俺の髪を掴む。 このまま…ずっと一緒に居れたら良いのに… 彼のモノを優しく握って、いやらしく扱いて動かす。 腰が浮いて、顔を紅潮させながら彼がよがって、体を捩る。 俺はそれを抱きしめて、彼の興奮を一緒に味わう。 「桔平…桔平…!あぁ…ん、はぁはぁ…あっ、ああっあぁ…」 そんなに気持ちいいのか… 可愛くて、愛しくて、頭がおかしくなりそうだ… 彼の穴に指をそっと沿わしてゆっくりと中に押し込んでいく。 「あっ!あっ…はぁはぁ…ん、んん・・・あっ・・・」 体を緊張させていく桃李の唇にキスして、彼の意識を他に向ける。 体の緊張が無くなった頃に、指をゆっくりと彼の中に沈めていく。 キスした口から、喘ぎ声が漏れて、俺の頭が痺れる。 そのまま根元まで入れて、ゆっくりと中を探るように撫でまわす。 彼の腰がわなないて、両方に広げた足が小さく震える。 俺は彼のモノを口に咥えて、ねっとりといやらしく扱いていく。 緊張してしまわない様に、快感で誤魔化して、彼の中を刺激する。 「桔平…あっああ!待って…まってぇ…んん、はぁはぁ…あっ、ああ…イッちゃう…」 俺の髪を掴んで、快感に耐えていたけど、とうとう腰を震わせて彼はイッた。 口に含んだ彼のモノがドクドクと脈打つように暴れて、俺の中に彼の吐き出した精液が流れ込む。 それを飲み込んで、彼を見下ろすと、桃李は肩で息をしながら、可愛い顔で俺を見上げる。 彼の顔を見ながら、指の本数を増やして、彼の中を広げて、優しく愛する。 「んん…ああ、あぁあ…桔平…桔平…」 何度も名前を呼ばれて、俺は彼に聞いた。 「桃李…どうしたの?何で、名前を呼ぶの?」 彼が俺に手を伸ばしてくるから、俺は彼の方に顔を落として行く。 俺の肩に手を置いて、抱き寄せる様に桃李がしがみ付いて来る。 可愛い… 俺は彼の中を十分にならして、自分のモノをズボンを下ろして出した。 手で扱いて、硬くして、彼の足の間に体を入れる。 彼の目を見てキスしながら、俺はゆっくりと彼の中に自分のモノを沈める。 桃李の腰が逃げる様にビクつくから、片手で彼の小さなお尻を抑える。 徐々に彼の中に入って行く俺のモノを、彼は息を吐きながら受け入れて、うっとりと俺を見る目から涙がこぼした。 時々、彼の可愛い口から洩れる、短いうめき声に胸が締め付けられる。 根元まで彼の中に入ると、熱くて、キュウキュウにきつくて、集中しないと、すぐにでも俺はイってしまいそうだった… 「桃李…気持ちいい…お前の中、すごく熱い…」 乱れて顔を隠す彼の髪を分けて…彼の目を見ながら、俺が笑うと、彼は俺の唇をそっと舐めてキスをする。 なんて甘いんだ… こんなに気持ちのいいセックスはしたことが無いよ… 彼の手が触れる度に、彼の息がかかる度に、気持ちよくなっていく。 俺はゆっくりと腰を動かして、彼の中を味わう様に集中する。 俺の下で、揺れる彼の体を見て、奥に行くたびに、気持ちよさそうに喘ぐ彼の顔を見て…堪らなくなって、イキそうになるのを何度も耐える。 桃李の体に指を這わせて、彼をもっと気持ちよくしてあげる。 背中を仰け反らせて、快感に耐える彼は美しくて…可憐で…そしてとてもエロい… 細い腰を抱きしめて、大きくなって揺れる彼のモノを手の中に入れて、緩く扱いて気持ちよくする。 彼の中がもっと締め付けてきて、俺はもう限界だ… 「桃李…ダメだ、イキそう…」 短く切羽詰まって俺が言うと、彼は俺の顔を見ながら口を開ける。 まるで、キスしろと言わんばかりに… 俺は口元を緩めて笑うと、彼の上に覆いかぶさって、深くキスする。 舌を絡めて、吸って…愛しい彼の髪の毛を触って、愛してると伝える。 彼は俺の口の中で喘ぎながら、俺の背中に可愛い爪を立てる。 二人一緒に絶頂を迎えて、一緒にイッた… 快感に腰が震える俺の背中を、小さな手が撫でて回る。 桃李は、頬を赤く染めて、口が半開きになり、潤んだ瞳からは涙が落ちていた。 「桔平…すごく気持ちよかった…」 俺はそう言った彼の唇に、またキスをすると、熱心に舌を絡めた。 もう…このまま…ずっと一緒に居たいよ… 誰にも邪魔されない所に…二人で…行ってしまいたい。 あれほど嫌っていた、“ずっと一緒に居たい”…なんて…、言葉通りの心境に浸る自分を笑う…俺は知らなかっただけなんだ…こんなにも心が苦しくなるような感情を…知らなかっただけなんだ… 無知ゆえの誤った認識だったんだ… こんなにも…人を好きになる事なんて…俺が出来ると思っていなかったから… 彼の体を後ろから抱きしめて、このまま放したくない。 もう一つになってしまいたくなるくらい…恋しくて、愛しくて、堪らない… 「桃李…お迎え来ないね。」 シャツを着た彼の背中を抱きながら、時間を過ぎても訪れない迎えを待つ。 送ったんだから、迎えを忘れる訳が無いのに… 俺は彼の体から離れると、ブレザーを手に取って言った。 「俺が車を出そう…」 そう言って、彼の為に扉を開けて待った。 玄関で車のキーを取って、靴を履く。 玄関を彼の為に開けてあげて、一緒に俺の車に向かう。 「桃李、ご飯食べに行こうか?」 俺が聞くと、彼はそれを無視して、助手席のドアを開ける。 今まで、お迎えが来なかったことなど一度も無いのに…とうとう彼はそこまで無下に扱われるようになったのか…? 終始冷静に振舞う彼の手前、いら立ちを隠しながら俺は彼の自宅へと車を出した。 「ねぇ、桃李。一生愛してるってどう思う?可能かな?」 静まり返る車内で、彼に話を振る。 「…お母さんは…今の父さんに、よくそう言っていた…。そして、好きなまま死んだから…一生愛した事になるのかな…」 そう言って、桃李は俺の方を見て笑う。 小雨が降ってきて、電灯の明かりがぼんやりと、ぼやけて見える。 信号で止まる車内で、彼の鼻歌を聞く… 先ほどまで練習していた、ショパン、ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2… ハンドルを握る手が彼の鼻歌に合わせて、トントンと調子を取る。 「桃李…俺も、お前の事…一生愛してる」 前を向きながら彼に言うと、彼の鼻歌が止まった。 俺は怖くて彼の顔を見れなかった。 長い沈黙の様に感じて、雨で滲んだ信号が変わるのを凝視して待つ。 彼からの答えはなく、しばらくすると、またあの鼻歌が聞こえ始めた。 15歳の…まだまだ子供の彼に…俺は何を期待するんだろうか… 縋られる側から、あっけなく縋る側になってしまった。 この人がいないと… 車を桃李の家の近くに停める。 シートベルトを外して、俺を一瞬見た彼を捉えて抱きしめる。 「行くな…」 そう言って、彼を抱き寄せて、首に顔を埋める。 嫌だ…離したくない。 このまま連れて戻りたい… 「桔平…またピアノの日に会えるじゃないか…」 動揺している様な、震えた声で彼が言う。 俺が怖いのか…? 「嫌なんだ…片時も離れたくないんだ…」 そう言って、彼の頬を包んで持ち上げる。 桃李は目に涙をいっぱい貯めて、唇をフルフルと震わせていた… 俺は驚いて、首を傾げて彼に聞いた。 「どうしたの?必死な、オオカミのおじちゃんが怖かったの?」 自嘲気味に笑って聞くと、彼は俺の首に手を回して抱きついて言った。 「ボクだって、離れたくない…ボクだって、愛してる。でも…それは言葉にすれば…安っぽく聞こえる。でも、お前はボクに言った…そして、聞いたボクは…それを安っぽいだなんて…思わなかった…」 つまり、桃李も俺から離れたくないと…思っていてくれているんだ… 俺は今まで得たことの無い幸福感を感じて、満たされる… それと同時に、杏介の家に彼を置いて行くことが、不安でたまらなかった。 「送ったんだ…挨拶くらいしていくさ。」 俺はそう言うと運転席を降りて、助手席のドアを開けてあげた。 後部座席から傘を出して、彼が濡れない様に差す。 そのまま一緒に魔宮殿の様な彼の家に向かう。 桃李が鼻歌で雨だれの前奏曲を歌う。 「桃李は、ショパンが好きだね…」 俺はそう言って彼の腰を抱く。 離れるなよ…片時も離れたくないんだ… 門を入り、アプローチを歩いて、彼の自宅のチャイムを鳴らす。 中から、使用人が出てきて桃李を見て驚く。 「桃李坊ちゃん、まだ帰られていなかったんですか?」 「ピアノのレッスンの後、いつも来るはずの迎えが来なかったので、私がここまで送り届けました。」 桃李の腰を抱く手を離して…彼を解放する。 桃李は伏し目がちに、少しだけ俺を見ると、家の中に入って行った…。 「確かにお迎えに向かったはずなんですが…申し訳ありませんでした。ありがとうございました…。」 腑に落ちないね… 俺は踵を返して来た道を一人で戻る。 さっきまで一緒だった、彼の幻影を連れて… 「先生…弾けません…」 杏介が過度のプレッシャーで、ピアノの前で手が震える様になってしまった。 「君を追い詰めているのは誰?君自身なの?」 俺は彼の手の震えを見ながら尋ねる。 こんなに思い詰める程に、彼の母親は彼にピアノを期待しているんだろうか… 「顔色も悪い…悪い事は言わない。少しピアノから離れた方が良い。コンクールの課題は大体終わっているし、そんなに心配しなくても良いのにね。」 俺はそう言って、彼の自宅へ電話を掛ける。 「もしもし、わたくし杏介君のピアノの講師ですが、はい。お世話になっております。レッスンの最中ですが、杏介君が体調が悪そうなので、お迎えに来ていただいてもよろしいですか?はい、お願いいたします。」 電話を切って、杏介を見ると彼は放心してピアノを眺めている。 あの清らかな天使が…まるで廃人の様だ… 「父が…帰ってくるんです…もうすぐ、フランスから…」 小さな呟き声でそう言うと、息が浅くなって、苦しそうにするから、俺は彼の体を支えて、呼吸を合わせて言った。 「過呼吸になってるから、落ち着いて、息をゆっくり吸って、ゆっくり吐いてごらん…」 緊張した体は中々解けず、こわばった筋肉と、浅い息が彼を苦しめる。 「杏介、落ち着いて…大丈夫だから…」 俺はそう言って彼の体をさすってあげる。 すると、杏介が突然プッツンした。 「何が…何が…大丈夫だ!!全然大丈夫じゃないっ!父が帰ってきたら、ピアノを聴かせなければいけない!!僕と、桃李が弾いたら…あいつの方が上手いに決まっている!また…あいつばかり褒められて…僕は無視されるんだ…」 「それは桃李が悪いんじゃない。お前の親父が悪いんだ。」 俺は彼の怒りの矛先を正しい方に向けてやりたい… だって、桃李は何も悪くないじゃないか… 「違う!あいつがあんなに上手くなければ、僕は並み程度の実力で褒められたんだ…。なのに、あいつがあんなのだから…僕はそれ以上にならないと見ても貰えない…。先生には分からない…だって、先生だって僕じゃなく…桃李と…」 言い淀んで俺を睨むように見てくる事から、先日桃李のお迎えが来なかったのは、彼が原因だと予測できた。 どうせ、事の最中か、終わった後を目撃してしまったのだろう… そして、桃李を連れないで、そのまま帰った。 「お母さんに相談してみなさい…」 俺にはそれくらいしか言えなくて、震える彼の体をさすった。 「大丈夫ですか…?杏介坊ちゃん…」 使用人が訪れて、心神耗弱する彼を連れて行く。 ピアノもそうだが、所謂お稽古事をする子たちの中には、親の過大な期待を背負っている子も少なくなく、コンクールや大会前などにこういう精神的に不安定になる子が居る。そもそもお稽古事など、それを生業にする必要が無いのなら…やる必要も無いのに… 「奥様にお伝えください。杏介君は少し休んだ方が良いと…」 俺は使用人に伝言を頼むと、玄関の扉を閉めた。 フランスから帰ってくる親父ね… そっちでも子供を作っていそうだな… 俺の可愛い人が、またジュークボックスの様に使われるのかな… 可哀そうに… 窓から空を見上げて、星を見る… 彼も…この空の下に居るんだ…寂しくないだろ…俺。 いい年をした大人の癖に…桃李に会いたくて、恋焦がれて、悲しくなるんだ… こんな自分に笑えて来る。笑えるくらいならまだいい… この前は恋しすぎて、泣いてしまったんだから… どうしてしまったか…こんなに感情に支配されて。 でも、悪くない… 今まで、あまりに鈍感に過ごしすぎていたんだ…セックスする相手にも、自分の気持ちにも…あまりにも鈍感になりすぎていたんだ…。 今さら感じる胸の苦しみが、そんなに嫌いじゃない… むしろ、自分の感性が…まだ生きていると知れて、嬉しいんだ…。 彼を思って泣くのも、嫌いじゃないんだ… だって、ロマンチックだろ…こんなの。 まるで、お姫様になった気持ちだ。 「桃李…お父さん帰ってくるの?」 今日も桃李は学校帰りの姿でレッスンに来た。 ブレザーを預かって、ハンガーにかける。 「そう…らしいな…」 そう呟く彼の表情は、明るくない。 お前も嫌なのか… 俺はピアノに向かう彼を捕まえて、まずは気の済むまで抱きしめる。 「桃李…会いたかったよ。すごく会いたかった。」 そう言う俺の背中を、抱いて優しく撫でてくれて、心が喜ぶ。 彼の体を撫でて、彼の存在に喜ぶ。 彼の頬を包み込んで、顔を持ち上げる。 「可愛い…俺の宝物…」 うっとり彼を見つめて唇にキスする。 俺の首に腕を絡めて、俺のキスに応えて、桃李が俺を愛してくれる。 嬉しくて、幸せで…溶けてしまいそうだ… 「今日も、ショパンのワルツを弾くよ。見ていてね…」 そう言って、彼を足の間に入れて、ピアノを弾く。 俺の体に自分の体を預ける様にもたれさせて、リラックスして俺のピアノを聴く。 可愛くて…可愛くて仕方がない… 「分かった…」 彼がそう言って、鍵盤に指を下ろす。 初めは俺が弾いた通りに弾いて終わると、次は彼のピアノで演奏する。 「こんな感じに、ボクは弾く…」 そう言って俺を見上げるから、俺は彼を見下ろして微笑んだ。 本当に…彼は耳と目だけで、曲を覚えてしまった…。 「とっても素敵だ…桃李らしくてとても綺麗だよ。」 そして、見つめ合ってキスをする。 可愛い…俺の宝物だ… 「桃李、次は何を弾いてみたい?」 足の間の彼に尋ねると、彼は途方に暮れたように黙る。 そうか…曲名が分からないのか… ショパンの練習曲を弾ける彼。 亡くなった彼の母は、ショパン好きなのか? 俺は“華麗なる大円舞曲”を弾いてみた。 ショパンのワルツ1番目の曲だ。 聞いたことあるかな…? 体の中の彼に視線を落とすと、体を揺らして喜んでいる様子だ… 可愛いな…まるで音符の様だ。 彼の髪の匂いを嗅いで、うっとりしながらピアノを弾く。 このまま…ずっと一緒に居たいな… 曲が終わって、彼の様子を見ながら次の曲を弾いてみる。 ノクターンの2番。 弾き始めると、彼はこれも気に入った様子で体を前のめりにした。 次は、ベートーベンのエリーゼのために これも気に入ったのか、俺の顔を見上げて微笑んできた。 こういう感じが好きなのか… 俺は最後にベートーベンのピアノソナタ第8番、悲愴の第2楽章を弾いた。 「綺麗だ…」 桃李はそう言ってすぐに気に入ったようだ。 「じゃあ、次はこれを弾こうか…」 彼に聞くと、嬉しそうに頷いて答えた。 俺は椅子から立つと、桃李に悲愴の楽譜を渡す。 「読めない…」 そう言って、俺の顔を見上げるから、俺は言った。 「俺はピアノの先生だよ?楽譜が読める様に…教えてあげるんだ。」 そう言って、簡単な楽譜のルールを説明する。 そして、弾く時じゃなく、ピアノに触れない時に、これを見て頭の中で演奏する様に伝える。彼の頭の中にコピーされた音源で、楽譜を起こすんだ。 普通の人と逆の方法で、彼にソルフェージュを教える。 普通の人は楽譜を譜読みして音楽を再現するのに対して、彼の場合は、コピーされた音楽をもとに楽譜を読むように…試みて見る。 「分かった。」 桃李は短くそう言って、大事そうに鞄に楽譜をしまいに行く。 「まだしまわないで…」 俺はそう言って鞄から楽譜を取り出すと、自分の机に彼を座らせる。 「つまらない…」 まだ座って数秒しかたっていないのに…早すぎないか… 「じゃあ…ピアノの方で教えようか…」 俺は彼をピアノの前に戻して、楽譜を見る。 「この最初の音は、なんだ?」 「ド…この線が付いてるのがドだって、学校で言っていた。」 彼に音符を読むと、いろいろメリットがある事を教えて、重要だという事を使える。 最初は渋々聞いていたが、同じフレーズが続いたり、ちょっと形を変える部分での楽譜のメリットを伝えると、納得して俺の話を聞いてくれるようになる。 暗譜だけでは、忘れてしまったら、もうその曲を弾けなくなってしまう…。 そんな時がある事を彼は知っているから…尚更熱心に聞いていた。 「昔、お母さんに教えてもらったやつが…一部分、忘れてしまって、弾かないでいたら、全部忘れてしまった…。だから、もう弾けないんだ…あれ、好きだったのに…」 残念そうに桃李がそう言うから、俺は尋ねてみた。 「鼻歌で歌ってみてよ…」 俺の問いかけに、桃李は鼻歌でメロディーを歌い始める。 あぁ…これは、また 「サティのジュ・トゥ・ヴだよ…。それ。」 俺はそう言って、桃李の為に弾いてあげる。 彼は目をいっぱいに開いて、嬉しそうに笑う。 「楽譜が読めるようになると、こういう風に、いつでも楽譜さえあれば弾けるようになるんだ。そして、ソルフェージュが出来るようになると、初見で楽譜の情報を読み取って、譜面通りに演奏できるようになるんだよ。凄いだろ?楽譜は大事だろ?」 彼に楽譜の大切さは強く伝わった様で、それ以来、面倒くさいと文句を言うことは無かった。しかも、俺を尊敬のまなざしで見てくるから、調子が狂う。 「桔平は、凄い奴だったんだな。俺はお前の事を馬鹿だと思っていた。」 15歳の男の子にマジ惚れしている俺は、確かに馬鹿な35歳と言える。 その後、何回も悲愴を弾いて、今回のレッスンは終わった。 ピンポン 丁度チャイムが鳴って、桃李はピアノの椅子から立ち上がる。 俺は彼の体を抱きしめて、彼の匂いを嗅いで、彼の唇にキスする。 「行かないでよ…桃李、行かないで…」 そんな風に彼を困らせて、みっともない姿をさらす。 「桔平は大人なのに…」 呆れた顔でそう言いながら、桃李は俺の髪を撫でてくれる。 何だかんだ、優しくしてくれる…ダメ犬の飼い主の様だ… 俺は彼に飼いならされたオオカミの様に、しっぽを振って喜んでしまう。 「じゃあ、また来週だね…」 彼と繋いだ手を離せないで、言葉ばかりお別れの挨拶を済ませる。 「今日も俺が送ろうか…?」 時間が経てば経つほど、俺の駄々は悪質になっていく…。 そんな俺の唇に軽くキスをすると、桃李は俺に背中を向けて玄関を出て行く。 俺の事…愛していないのかよ… 背中が丸まって、意気消沈して、彼の車を恨めしく見送る。 明らかに俺は桃李にバブみを感じてオギャッている… 気持ちの悪いおっさんになってしまっている…。 悪い大人から…おギャル大人になってしまったのか…・ こんな忌々しき事態なのに、なぜか嫌では無いんだ… 誰かに甘えるなんて…何年振りなんだろう… 桃李の居なくなったピアノの前に立って、サティを弾く。 可愛い彼の鼻歌を思い出しながら、口元を緩めてピアノを弾く。 すると、電話が鳴って、演奏が止まる。 「はい、もしもし。あぁ…はい。はい。…そうですか、いえ、ぜひ伺います。はい。お招きありがとうございます。失礼します。」 杏介の母親から“お誘い”と言う名の、一方的な召喚を受ける。 明日、彼らの父親が帰ってくるらしい。 杏介と桃李がピアノを弾くので、講師の先生も是非…とのお誘いだった。 さすが、杏介の母親だ。 俺の一番、鬱な事を提案してくる。 杏介は…あの状態で弾かせるなんて…無理だろ… 杏介が動揺して、どうなるかも分からない状況に、他人の俺を巻き込んで…一体何を企んでいるんだろうか…。 「桃李…怖いね…」 ピアノに向かってそう呟いて、項垂れる。 気が重いとは…この事だ… 体だけの関係とはいえ、自分の愛人を旦那に合わせるなんて…正気の沙汰じゃない。桃李という隠し子を作った腹いせなのか…それとも、バレないとでも思っているのか…面倒すぎて、頭が痛くなる。 自分の蒔いた種なのか…相手が悪かったのか…

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