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きんたMARI yeah! 1

超能力美青年攻め/サンタコス天然ワンコ受け/ルビ遊び/甘々  ・攻の自慰行為あり  クリスマスが近付くと、夜守(やもり)茉莉哉(まりや)には超能力が宿った。そういう体質で、そういう家系だった。今年も例に漏れず、夜守はぬいぐるみを宙に浮かべたり、イルミネーションを点灯させたり、星を輝かせたり、テレビやイベントに引っ張りだこになる。この国ではクリスマスを、恋人と過ごす日であると広告代理店のイメージ戦略によって決め付けられていた。夜守もその決まり事に乗じている1人で、クリスマスに限らず、2ヶ月弱経てば、特にこだわりもなくただそうと決まっているからというだけの理由で恋人にチョコレートを贈った。毎年だ。絶対的永遠溺愛恋人(ベリースウィートスウィートハニー)はこれから彼が仕事に行くというのに大きな口を開けて寝ていた。この時期は不規則な生活になる。夜守の想人(シュガー)はそれでもなるべく彼の居る時は起きていようと努め、まとまった時間はないようだった。夜守は非常に端麗な容姿で、左の目元にある泣きぼくろがチャームポイントの繊細な感じのする美男子だった。多くの人の目に触れ、黄色い声を浴びる。恋人(コンポート)として面白いはずがなかった。すまなく思いながら熱烈恋慕人(ストロベリージャム)の鼻や額に口付ける。活発で身体を動かすのが好きなまさに快男児という表現のよく似合う溺愛相手(ガトーショコラ)こと星宮(ほしみや)銀太(ぎんた)は動じない。 「行ってくるよ」  夜守は美声だのイケボだのと言われている菓子が溶けるようなひどく甘たるい質感の地声で囁いた。リビングの電気を消し、玄関へと出る。鍵を出すのも靴を揃えるのもこの時期ならばすべて(くだん)の超能力で事が足りたが、習慣化はされていないことだった。見送りがないのが少し寂しい。夜守は外行き用の靴に足を入れる。恋人ばかりは超能力で、連れて来いというわけにはいかなかった。 「いってらっしゃい、やもっちゃん。遅くなる?」  恋人がこの時間も休めるならそれでいいと納得しかけていたとき、破壊的超絶愛慕人(チョコレートバーク)が現れた。眠げに目を擦っている。 「少し遅くなるかも知れない。先に食べて、先に寝ていてくれ」 「うん……大変だな。頑張ってな」 「ありがとう、銀太。風呂に入るなら肩まで浸かって、きちんと身体を温めなさい。髪も乾かすんだ」 「うん。めんどくさいケド、頑張るよ」  人懐こく銀太が笑った。いってらっしゃいのキスをする。同い年のはずだが、雰囲気は子供のようで、その守りたくなるような可愛らしさと自分にはない活発な筋肉の付いた逞しさとの差異が胸で熱を作る。玄関で別れるかと思うと爆熱的恋人(キャンディー)はサンダルを突っ掛けて外まで見送りに来る。それが当然とでもいうように愛されることしか知らない子犬のような目が少し高いところにある夜守を見上げて放さない。いじらしい。 「中に入っていて。寒いから風邪をひいてしまう」 「見送るの!」  もう一度強い抱擁を交わした。すぐに収録を終えて、すぐに帰る。もし間に合ったら買っておいた高めの入浴剤で、2人で風呂に入ろう。たったの数十秒で渡された恋しい人の体温が冷めていく。曲がり角で消えるまで、実年齢より幼さのある姿に見送られ、夜守も数時間の別れを惜しむ。  先に惚れたのは夜守からだった。静かで表情が乏しく、本を読んだり校庭ばかり眺めている夜守に、リーダー向きではなかったがクラスの中で明るく、誰からも好かれてムードメーカーだった銀太が声を掛けた。学園祭のお化け屋敷をやるクラスに一緒に行こうと彼が言った。クオリティが高いらしく興味はあったようだが、本人は認めないものの1人では入れないようで、かといっていつも周りにいたクラスメイトは散り散りに自分たちの役割に就いているか、交際相手と廻るか、あるいは先輩の付き合いに乗っていた。クラスの催し物を回すために分けられたグループが同じだった。人付き合いに物怖じしない銀太は人懐こくも休憩に入った夜守を誘った。その時の言葉も声も表情も、記憶を棚・情報を鍵と例えるなら、宝箱に入れている。小首を傾げ、下から覗き込み、きゃらきゃらした声で、私的なことは一切話したことがないというのに警戒も緊張も遠慮もなく、すんなりと懐に馴染んでいった。夜守も、人付き合いが嫌いではなかった。好きでもなかった。一歩離れて見ているクラスが好きで、かといって疎外されているわけでもない。銀太の誘いを断る理由はなく、理由のない拒絶感もない。銀太は夜守の返事が分かると溌剌(はつらつ)とした態度で彼を率いた。作り込まれたお化け屋敷に最初は強気でいた彼もオーディオから流れる不気味な童謡と、暗幕だけでなく黒のビニール袋を用いた内装に押し黙り、気付くと夜守の腕には温かく、細さはあるが引き締まって筋肉質な腕が絡み付いていた。銀太の居た左側から突然、仮面を付けたキャストが飛び出し、彼は必死になって夜守に抱き着いた。肩に頭を置き、ぶるぶると首を振る。熱情が爆誕した瞬間のことはよく覚えている。首筋に彼の小振りな鼻先がぶつかったことや、あまり効かない冷房に生温く溶けた彼からシトラスオレンジの制汗剤が薫ったこと。忘れなかった。数年前の出来事は今でも切り分けられて蕩けるフォンダンショコラのように、胸に滲むものがある。そこに環境による一過性の心理的効果があったにせよ、夜守はあの日から常に、交際に至っても両想いのその上からさらに片想いを重ねていた。  "イケメンマジシャン 清純派アイドルと熱愛"  白黒雑誌が置かれた。いつもの雑な仕草には特に怒っている様子もない。コーヒーを飲む夜守の対面にまたキッチンチェアを音を立てて引き、地震を起こすように座る。これも普段の注意力の欠如した雑な恋人の挙動だった。彼によく似合う赤みの強いオレンジ色のマグが宙に浮き、ココアの袋が傾けられ、粉末乳も適量。据え置きポットから湯が出てそのカップが受け止める。彼と自分の他に透明人間がもう1人いるみたいだった。マドラー代わりのスプーンに掻き混ぜられているココアのカップが透明人間によって運ばれた。ありがと、と言う声は可愛らしい。 「別れよっか?」  銀太の目はぱちぱちと瞬く。怒り、戸惑い、躊躇、夜守を重苦しく焦らせる翳りはない。言葉の意味と声調がまったく合っていないために夜守はすぐに理解できなかった。何の話をしているのか、聞き間違いではないかと。「コーヒーを"淹れよっか?"」と言ったのかも知れない。 「やもっちゃん?」 「すまない。何と言ったのか、聞き取れなかった」  銀太の目は渋皮付きのマロングラッセのように輝いている。 「別れよっ」  彼は週刊誌の端を持ち上げた。白黒のページが着彩されていく。覚えのある建物と自分も持っている服。何より銀太とお揃いで、銀太の母が編んだ毛糸の帽子とマフラーだった。大きく白抜きになっている見出しをもう一度読んだ。"イケメンマジシャン 清純派アイドルと熱愛" 「可愛いよね、この子!オレも好きッ。でもいつも右端にいる子が好きだな。クールビューティーっていうの?美人(きれー)」  夜守の目に入れても鼻に入れても痛くない恋人はまったく違う話をはじめた。 「銀太…?」 「うん、オレも可愛いと思う。いいなぁ」  誰よりも可愛い恋人は週刊誌を自分ひとりで読みだす。身体を横に向け、筋肉質でそう長くはないが野生的な色気のある脚を組んだ。 「銀太は別れたいのか」 「オレぇ?うんん~。でもこの子可愛いし、やもっちゃんもそろそろミヲカタメたいんじゃない?ママンにはオレから説明するよ!」  屈託のない少年のまま成人した銀太には、夜守との同棲生活にもまた屈託がなかった。身に覚えのないことではあるが、恋人の疑惑に憤ることもなく、簡単に手放すという。それならば本当に身に覚えのないことでも問い詰められ、(そし)られたほうが夜守は彼からの情を感じられたに違いない。独占欲と狂気と良心を光速で移り変わり募り続ける恋慕を打ち明け、息もできないような1日の保留と、産まれた子供も就学児になる年月を共に過ごしておきながら、銀太はあまりにも呆気なく破局を受け入れている。彼の父には許されなかったが、母とは随分と懇意にした。 「銀太は、俺のこと……もう好きじゃない?」 「え?好きだよッ」 「それなら、どうして…」  地震が起きた。横揺れだ。しかしスマートフォンは地震速報を鳴らさず、点けたままのテレビもテロップを出さない。食器が揺れ、テーブルが揺れる。この部屋だけに揺れが起きている。銀太は揺れのことは分かっていたようだが、夜守の反応に戸惑い、溢れかけそうなココアのカップをテーブルから離した。 「仕方、なくない?やもっちゃん、その子のコト好きなんでしょ?オレのことは大丈夫!応援する!」  曇りがない。拗ねているわけでもないようだった。いつものように快活として、目の前のことをそのまま受け入れてしまう。揶揄われ票によって学級委員にさせられてしまった時を思い出す。 「………銀太にとって、俺はそんな簡単に別れられる程度の存在なのか?」 「違うケド…………これがモノガタってるじゃんね。この子と付き合いなよ!」  爪を切るのを忘れたらしい指が紙面を差す。 「こんないきなり撮られても、モデルさんみたいだなぁ」  彼はにこにこしながら千切れるほど左右に雑誌を開き、女と歩いているインクでできた夜守を眺めていた。本物は目の前にいる。それでも恋人は熱心に紙面の中の裏切り者を見つめている。インクで模倣された自分に身を焦がす。 「やもっちゃんめちゃくちゃカッコい~し、優し~から、みんな好きになっちゃうね」 「銀太は俺のどこを好いて、付き合うことに同意した………?」 「顔!泣きぼくろ!髪の毛さらっさらなとこ!」  唖然とした。互いに、内部まで知り尽くし愛し合っているものと思っていた。彼が好いていたのは生まれ持ったもので、そこには夜守の人格などはない。可愛かった恋人が得体の知れない他人になっていく。ソファーにあったクッションが彼の着ているオフホワイトのフーデッドシャツ胸元に飛んだ。 「銀太は、俺と別れたい?」 「この子とやもっちゃんが付き合いたいなら別れたい」  夜守の口付けていたコーヒーカップが粉々に砕け散った。テーブルに黒い海が広がり陶器の破片が揺れている。獰猛な息遣いが聞こえ、出どころは自分だった。 「俺とそのアイドルのことは今はいい。銀太の気持ちが知りたい」  恋人はきょとんとした。求めている言葉は彼の口から吐かれないことを夜守は知ってしまった。その表情すらも可愛いと思い、長いこと観ていたかった。思えば、アプローチも告白も交際も同棲も、すべて一方的だったような気がする。恋人が大切で愛しく、自慢で、すべてだった。 「分かんない」  彼の持っているココアの入ったマグが爆ぜた。気に入りだと言っていたオフホワイトのフーディーにシミができ、大きな破片は下へ、小さな破片は上に飛散した。目を見開く。頭の中が恋人の服よりも真っ白になった。また不安を煽るような物音が周りから聞こえる。 「銀太……!」  テーブルを回り、呆然としている恋人のフード付きスウェットシャツに手を掛ける。 「お気に入りだったんだけどな」  幼い恋人は力無く呟き、自ら脱ごうともしない。タオルを取りに行くのも惜しく、夜守は自身もシャツを脱いで素肌を拭いた。超現象的な力は暴走し、浴室にあるタオルを呼べどもどこかに引っ掛かってラックか何かを倒したようだった。 「怪我はしていないか」  柔らかな頬を撫でる。カップの破片が飛んでいた。それが夏から徐々に白くなっている肌を傷付けようものなら夜守は寝込んでしまうだろう。 「うん……」 「今冷やすから待っていろ」  そのままシャツを濡らして、熱湯が少し冷めたくらいの湯に甚振られた肌を冷やした。そしてすべて柔らかな素材に替えたタオルを改めて冷水に濡らして銀太の肌に当てた。もう一度戻った浴室はタオルを入れていた籐籠が落ち、ラックが倒れた拍子に2人の歯ブラシが入ったコップも洗面台へ転がしていた。いつか、恋人を、その気がなくても傷付けてしまうかも知れない。くしゃみが聞こえる。彼の着替えを取り、リビングに戻った。暖房は点いているが、真冬に半裸で濡れたタオルを抱いている。傍にはクッションと愛用していたカップの残骸、ココアの池があった。テーブルの上も同じような惨状で、芸能人に踏み込みすぎた下種な週刊誌の表紙にはクマが引っ掻いたような裂けた痕がある。渋い紙の断面図が地層のようになってみえている。恋人は二度、愛らしいくしゃみをした。そしてあどけなさの残る短かなその指が脱ぎ放しのフーディーを摘み上げる。それは引き裂かれ、破り千切られ、襤褸(ぼろ)布になっていた。潤んだ目がおそるおそる夜守を見上げる。 「………ゴメン。だけどさ、ここまでしなくても、いいじゃん」  銀太に(げき)した様子はなかった。宥め、機嫌を窺い、それでいて彼の目にははっきりと怯えが映っていた。  「ホントは、やもっちゃん、オレと別れたいんじゃないかと思ってさ!その記事の子、可愛いし。父ちゃん許してくんないの、やもっちゃん、疲れちゃったんじゃないかと思って。その記事の子、アイドルだし、やもっちゃんがモデルさんになったら美男美女カップルじゃん!みんなの憧れじゃん」 「銀太。その写真は違う。俺にも覚えがない。いや、あるが………あのアイドルの女性とは何もない。番組で共演しただけだ」 「いいって別に!オレ、やもっちゃんの足引っ張らないから。後からバクロしたりしないし、ここでさ、友達(みんな)、元カレとか元カノと喧嘩して別れてたから、オレたちは、仲良くお別れしよ」  話が噛み合わない。考えたくもなかったある可能性が浮上してしまう。何らかの理由で、この愛らしくて従僕になっても構わない、むしろすでに眷属になっているといっても過言ではない相手から別れたがっている。そしてその何らかの理由として真っ先に思い至るのは、姦通やそこに繋がる類のものだった。 「銀太には、他に好きな人がいるのか」 「いないよ?」 「本当のことを言ってくれ。本当のことを……君を手放せるか、考えるから」 「いないって!いないよ!オレ、やもっちゃんのことしか好きじゃないもん」  明確な好意を素直に受け取っていいのか、気を遣われているだけなのか分からない。冷えた肩に触れる。恋人は夜守の目を真っ直ぐ捉え、唇を尖らせる。 「ちょっとさ、考えよ、今後のこと。オレ、ママンのとこ帰る。クリスマスイブも、やもっちゃん、生放送だったよね。テレビで観てるから頑張って」  恋人は必要最低のものを持って出て行ってしまう。日常的に見送られておきながら夜守は見送れなかった。呼び止めてしまいそうだった。頭ごなしに謝り、ただ謝り、無かったことも有ったことにして、丸々すべてを詫びてまで、離れたくないと縋り付くに決まっていた。その不誠実さだけは優しく賑やかさと穏やかさを併せ持ったあの恋人も許さないだろう。何より銀太に愛されもした自身のその様を自分が許せなくなる。  クリスマスが間近に迫るにつれ、テレビはケーキやイルミネーションの特集を組み、街中の飾り付けは華やいでいく。収録やインタビューは大方終わり、あとは生放送が何本か控えている。生活にゆとりを持てる期間だったがいつもと違うのは濃愛恋人(マカロン)がいないことだった。この時期は食材さえ揃えておけば夜守の力によって透明人間が手の込んだ料理を作り、それを味わった。2人で過ごせる夜には互いに毎年違う小さなケーキを買い合ったものだった。しかし毎年、クリスマスには2人で過ごせない。そのことについて大好恋人(ワッフル)は不満を一度たりとも口にしたことはなく、応援さえしていた。そこに甘えてもいたのかも知れない。片想中恋人(ティラミス)が言うのならすぐにでもキャンセルする。しかし不要な忖度は沈没愛恋人(パンナコッタ)に気を遣わせてしまう。物思いに耽る夜守をよそに、彼の操る透明人間はクリスマスツリーを用意している。白のツリーに青を基調としたオーナメント。螺旋を描くイルミネーション。星もまた青かった。リボンやサンタクロースのマスコットが赤みを持って引き締める。求愛中恋人(メロンソーダ)が、繁華街に聳え立つ白いツリーを見ていたから買ったのだ。クリスマス当日には共に出掛けることもできないために。半分は気鬱にのめり込み、半分は愛しい人が今すぐにでも帰ってくるのではないかと期待している。別れるつもりもなければ、心移りした事実もない。星宮銀太を意識した時から、夜守の中に第二の恋愛がある未来は潰えた。初恋であり、最終恋愛でもある。そうに決まっていた。疑ってみたこともない。他の人々の好さは分かれども、執着し欠点にすらも向き合いたいと思えるのは星宮銀太ただひとりだ。彼の不利になろうとも愚直なところ、少し間抜けで怪我をしやすいところ、不安になるほど他者に懐くところ、夢中にさせる寝顔の可憐な醜さ。箇条書きにして書き連ねればすべてに悶えるのである。  透明人間の作ったクリームシチューを4人掛けキッチンテーブルセットでひとり食らった。星宮家は仲が良い。父母と異様なほど仲の良いがさつな兄と4人で過ごしているに違いなかった。この父と兄とは非常に折り合いが悪い。寡黙な父は頑なに銀太との交際を認めず、4歳ほど離れた兄は粗暴な口振りでマウントをとる。母だけが協力的な姿勢をみせた。夜守の能天気なところのある家族といえばすぐに銀太を気に入り、サディストの姉も妖しい眼差しを彼にくれていた。それからはあまり夜守は家族に会わせていない。  鬱屈により部屋中をクッションや洗濯物が舞った。昨年、部屋の雰囲気作りに買ったテディベアが夜守の傍にやって来る。そのつもりはなかったが、赤と緑と金のチェックが使われたテディベアの掌が彼の肩に触れた。目元の小さな星の刺繍が似ていると言って、恋人が欲しがったのだった。思い出すと、素直で無邪気であどけない恋人を抱き締めたくなった。ログハウス調のひとりの部屋で電飾がぴかぴか点滅し、オーナメントが煌めき、トナカイや雪の結晶を象ったフェルトが壁から垂れて孤独を強調する。クリスマス当日というものは口実で、クリスマスの時期ならクリスマスの時期なりの2人の過ごし方というもののほうが大切だった。慌しい日々の1日一日を彼とならば丁寧に暮らして生きたいと。夜守の周りを日用品が気紛れに飛び交う。テディベアも気を遣った。別れられない。別れたくない。考えるまでもなく、迷いもない。答えは出ている。その上で、あとは銀太の答えを尊重できるかなのだ。  クリスマスイブにひとつ大きな番組の生放送を終え、適当な夕食を済ませるとすぐにシャワーを浴びてベッドにもぐった。クリスマス付近には毎年クラムチャウダーを作り、銀太の好きなチキンを頼んで、ケーキを食べる。今年はそれがない。掌の生地にクリスマスカラーの布が使われた、あの目元に星の刺繍があるテディベアは枕元までやってきて、傷心中の夜守を慰めた。銀太にたくさん、星の刺繍を撫でられていた。夜守は数え切れないほど、目元のほくろにキスされた。大好きだ。広すぎるベッドのよく冷えた布団の中で己を抱き締める。恋人と熱く睦んだ夜は、艶やかな感情よりも単純で愚鈍なほどに幼い愛しさを呼び起こす。手を繋ぎたい。体温を知りたい。寂しい。大好きだ。早く会いたい。  温まった布団が冷えたような気がして目が覚めた。空気自体が冷えている。窓を開けた覚えはまったくなかったが、どこか鍵でも緩んでしまい、隙間風が吹き込んでいる可能性がなくはなかった。恋人がいつでも帰って来られるようにダウンライトは点けっぱなしで、気慰めに置いてあるクリスマス仕様の走馬灯が壁に小さなトナカイとサンタクロースを走らせている。周囲を見回し、寝室の窓が大きく開いているのを認めた。濃紺とも暗灰ともいえない空が四角形の枠から見えた。透明人間を使役して閉めさせる。そのとき、物陰から白い物体が見えた。大きな袋のようだった。ぎゃあ、と聞き慣れた声が小さく上がる。 「銀太?」  返事はない。見間違いや聞き間違いだったのかも知れない。数年間大好きで常に夢中で、一筋をやめられない恋人(カスタード)に恋い焦がれるあまり。溜息を吐いてベッドに戻る。帰ってきていて欲しかった。冷めた毛布が愛慕の炎によって再熱される。爪先が擦り合わせ、膝をぶつけ、やがて慕情は本能を惹き寄せ、脚の間を燻らせた。しかし後ろめたい。肉を付けても線の細い自分と違い、引き締まりながらも隆々とした筋肉を誇る恋人の身体を好いたのではない。しかし淫望はすでに芽吹き、たちどころに膨らみ上がる。彼が恋人を想うだけ、際限がない。手が伸びる。やめた。また手が伸びる。何を飲んだわけでもないはずだが、就寝前の洒落た酒に媚薬効果でもあったのだろうか。紙一重で不快感とは異なる悪寒が走る。好きだと念じ、念じるまでもなく求めている本心が理性に反して夜守の恋人に捧げたものを硬くした。そこの所有者はすでに自身ではない。恋人のもので、恋人のために勃ち、恋人に反応して熱くなり、恋人に向けて硬くなる。悪戯に触っていいのは銀太だけだ。用もなく触っていいのは。気紛れに、快感を求めて触っていいのは。銀太がいない。だというのに聞き分けの悪いそこは銀太を探し続け、我慢できなくなっている。悶々とした。恋人の無邪気な笑み、屈託のない横顔、人懐こい手指の動き、歳の割に幼い仕草、健やかな懐古に痴態が混じる。彼は胸が弱い。耳を舐めながら動くと腰が抜ける。浅いところよりも奥で感じ、騎乗位が好き。我慢ならなくなった。辛抱できない。夜守は数日破らなかった自身にある恋人の聖域を弄る。羨ましがられた薄い毛の中にある、これまた憧れられた大きな茎。恋人からは、下の毛が薄い、男性器が大きく太く、形が綺麗でそれが好きだと何度も言われた。持って生まれたものでそれが当然のことだった。照れながらも銀太に好かれるのが嬉しかった。充血した茎を握る。恋人によって勃たされたも同然だった。忘れられるはずのない彼の手淫を馳せ、手筒を動かす。たったの1、2往復で欲求不満の肉体は凄まじい快感を拾う。恋人が好き。話したかった。1日中眺め、抱き締めたい。触れたい、触れられたい。しかし帰って来ない。募り募った寂しさと後悔が官能に置換された。扱くたびに離れた想人の陰を感じた。子供っぽさのある顔で、銀太はそこを扱いた後、赤い舌を見せて舐めたり吸ったり、咥えたりする。苦そうな顔をするのが生々しく、最初は狼狽したものだが、今では興奮剤だった。恋人のものも舐めたくなる。口が寂しい。喉に思い切り打ち付けられたい。愛しい人とは反対に夜守は大人びた印象を持たれ、実年齢よりも上にみられがちだったが指を舐めて口腔を慰める。 「銀太………ッ、ぎん、た………」  燃えるように溢れる快感に身を焦がし、抑え切れない悦楽を救いようのないほどべたべたに惚れている男の名で外へと逃す。同時に絶頂に向かう道と強く結び付いているものでもあった。蜜が止め処なく搾り出され、戦慄する。下腹部を覆う得体の知れない靄が、成就しているはずの恋愛にさらなる懸想(けそう)をするたびに快感を伴い霧散する。少し早い。しかし苛烈でもあった。寝間着の中で射精する。美貌は悩ましく歪み、ぶるぶるとしなやかな四肢が引き攣った。脈動を掌で感じた。深い愛欲は夜守を力ませた。 「ぎゃうっ!」  やはり聞き覚えのある声がした。物陰から白い物体が動いている。布製のようで、おそらく袋らしかった。そういうものをそこに置いた記憶はない。 「誰かいるのか……?」  艶炎に灼けた喉からは甘たる過ぎる声が出た。淫事を経たことを隠せない響きと掠れた質感がある。 「オ、オレだよ………!」  間違いなかった。恋人だ。夜守はベッドから出て、白い物体の蠢く場所を窺う。そこには赤い帽子に赤い服、白いズボンを履いた銀太がいた。 「銀太…?どうして………」 「め、メリークリスマス……って、思ったから?わっ、やもっちゃ!やもっちゃ、これ、やらっ……!」  呑気に話している場合ではないらしかった。白い大きな袋から巨大なクマのぬいぐるみが這い出て、銀太の上に()し掛かっている。 「それは……?」 「やもっちゃん1人で寂しいかと思ったから、パパンと(にいに)に買ってもらった!」 「お仮父(とう)さんと、お仮兄(にい)さんが……?」 「助けてやもっちゃ!」  クマのぬいぐるみはまるで生物(ヒト)の恋人を寝取らんばかりに銀太の上で卑猥な動きをした。夜守の放った透明人間の仕業だった。否定しきれない下心を見せてしまった。ばつが悪い。手を伸ばし、助け起こしたはずみで抱き寄せる。星宮家の匂いがする。銀太の匂いを余すところなく肺いっぱいに嗅いだ。 「寂しかった」 「コイツいるから」 「銀太がいい」 「オレ?」  恋人のがっちりとした背中で夜守は両手をベルトのように締めてしまった。返答がどうであれ放さない。放せない。

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