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執事飼い 2

 狗飼(いぬかい)は口淫に積極的な姿勢を見せれば、この場は終わると思っているらしかった。魅狼(みろ)は媚びたような表情を見下ろす。 「羊一郎………ボクの子身籠ったら、産んでね。だめ!羊一郎はボクのだから、堕ろさなきゃ。羊一郎のおっぱいはボクのだし、羊一郎のお腹はボクのお腹だよ?ボクの赤ちゃんが住んでるなんて許さない」 「魅狼様………腕を、お外しください……」 「ダメ!だって羊一郎、逃げるでしょ?そんな目してたら分かるもん。羊一郎はボクのって、ちゃんと分からせてあげなきゃ。それとも誰か待ってるの?ボク以外に?」 「魅狼様こんなことは、いけません……魅狼様は優しい方ですから、こんなことをしては、後悔するに……」  しっとりとした肌理細かい犬の頬を押さえた。自分のほうが体格も良く力もあるくせ、彼は怯えた目をする。 「羊一郎、そんな当たり障りのないこと言って、ダメだよ。結婚相手なんだから、もっと腹割って話さないと。ボクのかわいい赤ちゃん身籠ってよね。産ませてあげないけど。ボクと羊一郎パパのかわいい赤ちゃん作ろうね。産ませてあげないけど!」  魅狼は道具箱からローションともうひとつ、ヒトの陰茎を一部模した物を取り出した。先端部から少しの間はヒトの陰茎だったが、その下からは同等の大きさの玉が3つ連なり、動物の尻尾を思わせる毛の束がストラップのようにして付いていた。グロテスクなアナルプラグは少年の手首から肘ほどの長さよりもわずかばかり短い。 「わんわんにはふっさふさのお尻尾だよね!羊一郎!わんわんのお尻尾だよ?」  ローションの蓋を外し逆さまにする。このためだけに買い、他に使うあてはなく、惜しまない。縦に割れた窄みにとろりと粘性を持った透明な液体が垂れていく。 「ぁうぅ…」 「綺麗なおしり!羊一郎は、おしりの穴も可愛いんだね!羊一郎のおしり、女の子のアソコみたいにツピって線になってる!すごくやらしい」  魅狼は爛々とした目をさらに輝かせ、淡雪のような指で薄く土留(どどめ)色の兆しがある小さな谷間を撫でた。中までローションを塗り込む。きつさはあるが、魅狼の華奢なたおやかな指は難なく入ってしまう。これには挿れた本人も驚いた。日常的に何かが出入りしているに違いなかった。 「あれ?羊一郎。なんかおしりの穴、ちゅるってボクの指食べちゃったよ?お腹減ってたの?不思議だなぁ。こんな簡単に、おしりの穴って人の指食べちゃうんだぁ!」  ローションの雪崩が魅狼の指を食べる狭襞にやってくる。ゆっくりと抽送しながら内部へ潤滑液を送り込む。熱かった肉が冷え、また温められる。 「魅狼様、みろさまぁ……っ!」  同じ臓物を持っている。考えなくともどこを擦れば快感が生まれるのか分かっていた。ぶるっ、ぶるっと飛び跳ねる淫部の裏側を体内から刺激した。指の腹で腸壁を隔てた奥にある(しこ)りを押す。 「はぅッ!ぅんんぁあっ」 「ここコリコリするね、羊一郎のおっぱいみたい」  シーツにも垂らした覚えのないローションに似たものが細く滴っていた。出どころは執事の太ましく腫れた茎からだった。汚らしいオスの股で孵化した巨大な蛆虫も、この肉圧に悦び、急激なリズムで頭突きしたのだろう。汚らしい。魅狼は指を増やした。媚孔に入れそうにない親指ではそこから伸びる梅色の筋を押した。狭肉が閉まる。魅狼は中で関節同士がぶつかるのを感じた。腿が震え、大きな砲身がぶるんとのたうった。切れない粘液も弛む。 「羊一郎は楽器みたいだねぇ」 「は、ぁっぅんンっ……!」  意地悪く指を止めると、執事の艶肉は魅狼を引き留め、がっしりとした腰ごと細い手を喰らおうと前後に揺れた。 「ウサギさんみたい!いっぱい食べちゃうねぇ?」  中指から薬指、人差し指も食べていく。蕾唇では狭くきつく圧迫するくせ、その奥では熱く柔らかくそれでいて強く魅狼をねだる。人の指をねだっているのではない。銅鑼権佐原(どらごんざわら)魅狼(みろ)ただ一人を欲しているのだ。 「でもダメだよぉ?もっと美味しいのあるからね!」  剣を抜くかのように凶暴玩具を手に取る。涙ぐんだ目がそれを見ていた。毛束で青褪めた頬を撫でる。 「みろさまぁ………」 「好き嫌いはダメだよ?羊一郎。昔ボクに言ったよね。羊一郎はニンジン刻んで、ケーキ作ってくれたよね。大好きだよ、羊一郎。絶対放さないんだから」  優しい思い出は魅狼の内側を殴る。悲しみがある。同時にそれを上まる愛しさに襲われた。 「みろさま、みろさま………そんなの、おれ……壊れ………っ」  蕩けた唇はすでにコンポートのようだった。透明な蜜が垂れている。魅狼は蝶や蜂になった。 「んっ、みろひゃま…………お口は、」 「いいの!」 「先ほど、みろひゃ……飲ん…………ッ」  後頭部を抱いて執事を味わう。さらさらと(とろ)みきった口腔を舌で掻き回す。舌を絡め、蜜を啜る。上顎も下顎も余さずに舐めた。根本から縺れ、外に連れ出した舌先で遊んだ。混ざった唾液が落ち、(おとがい)を冷やした。水音がする。敢えて下品な音を出したりもした。主導権を鷲掴みに独占していても、陶酔してしまう。狗飼が首を引き、魅狼は放した。互いの口から、薄い唇から多めに、とろりと濃蜜が零れ落ちた。 「ちゅう、やだ?」 「も………しわけ、ござ、……ま、せ………」  犬は眠そうな目をしていた。頬にもキスした。 「羊一郎は何もしなくていいんだよ。いっぱい気持ち良くなってね」  ぷくりとしている胸粒を指で捏ねた。 「ぁ……ん」 「羊一郎はおっぱい好きなんだね。いいものあるよ。おっぱいでえくすたちーしよっか」 「みろさま、もぉ………もぉ、放して、ください。私(わたくし)、もぅ…………」 「ん?えくすたちーしたいの?いいよ。でもおっぱいでしようね」  道具箱から吸盤の2つ付いた機械を取り出す。目に優しいのか、毒々しいのか紙一重の色味のピンクで、長いコードが伸びていた。吸盤の内部は無花果(イチジク)の断面図のように卑猥さと禍々しさの共存した無数の襞が円を描いていた。それを赤みを持って張る突起に噛ませる。 「なにを…っぉんんんっ!」  つまみを回すと、小さなモーター音がした。 「み、みろさま、みろさま、みろさまぁ!」  愛しの執事がバイブレーションと化した。ぶるぶると膝が震えている。 「かわいい、羊一郎。抱っこしてあげる」  身体中を震わせる愛しい人を魅狼は抱き締めた。狭い肩に涎にまみれた顎が乗る。腕の届ききらない広い背中を撫でた。 「おっぱいやだ、おっぱいやだぁ……!」  啜り泣く声で年上の男が訴えた。細い指が彼の黒い髪をゆっくりと丁寧に梳いた。 「おっぱいだって、可愛い、羊一郎。おっぱいで気持ち良くなっちゃえ。羊一郎の下の大きな乳首も、ミルク出したいって泣いてるよ?」 「ぁっあ、んっくんん…っ!」 「おっぱいでいっぱい気持ち良くなったことない?」  吸引器の動きが変わる。それは緩急をつけ、狗飼の震え方も変わった。魅狼は彼と比べると薄い幼児のような胸元を引っ掻かれていることにも気付かなかった。否、気付いていたのかも知れない。しかし狗飼の付けるものならば、甘んじて受け入れる。 「ここはね、ママが赤ちゃんを愛しく思うようにできてるんだって。ここで気持ち良くなったら、気持ち良くしてくれた人のコト好きになっちゃうんだよ。羊一郎、ボクのこと好きになろ?ボクはもう羊一郎のコト、好き」 「だめ、だめッ、ぁあ……っ!」  がたん、がたん、と裸の男は肩を揺すった。口の端からは大量の唾液を漏らし、瞳は虚空を凝視している。シーツに白い粘液が射出される。透明な糸はどこかに消えてしまった。シーツの微細な繊維の上に白い玉砂利が融けている。物足りなげに腰が前後に揺れている。女のように扱われながら牡の本能を剥き出すその艶美な姿に魅狼は気の狂いそうな興奮を覚えた。 「は………ぁ、あ……ぁァ、」 「どう?ボクのこと好きになった?」 「離して、くださいませ…………みろさま……」  黒髪は乱れ、項垂れる。肩で息をしている。あまりの淫靡さに魅狼も過呼吸とそう変わらない息遣いになっていた。 「まだ出し足りないでしょ」 「み、ろさ…………ま、もう…………もう、お離しくだ……」 「だぁめ。こんなおしり振っちゃって、もっとして欲しいんでしょ?もっといっぱい、気持ち良くなって?裏側からいっぱい、突いてあげるね!」  まだ休みきれていないらしい狗飼の涙ぐんだ目と赤らんだ顔が激しく怯えた。魅狼の手には棍棒のような醜悪で禍々しい形状の性玩具が握られていた。尻尾を模した大振り過ぎるほど大振りな房飾りが剣穂(けんすい)を思わせる。 「みろさま…………ご容赦を、ご容赦を…………ご容赦くださいぃ……ッ」 「容赦?やだな、羊一郎。そんなんじゃボクがこれからヒドいことするみたいじゃん。ボクは羊一郎にヒドいことなんてしないよ?するわけないよ。痛くしないよ。ちゃんと慣らしてあげる。おっぱいとおしりとおちんちんで気持ちイイこといっぱいしよ?」 「そうでは………そうでは、なくて……」  魅狼は首を傾げて分からないふりをした。また尻に戻り、張りのある肌に口付ける。魅狼の細指は窄まりで照っているローションを練る。 「安心して。きっと大きなモノいっぱい出し入れしたんでしょ?ボクの腕なんかすんなり入るくらいの。だったらこんなの朝飯前だよ~?」  しかし男根と巨大な球が連なったバイブレーター機能付きのアナルプラグは魅狼の可憐な腕よりも安定した太さがある。 「ナカ、いっぱいくちゅくちゅしようね」  乳頭の刺激による射精では解消しきれなかった勃起が咽び泣き同情を誘う。しかし長い睫毛が環状を描いた円く大きい目の持主は爛々とした光と歪な嬉笑を向けていた。指を突き入れ、抜く。蕾が動く。その様が可愛らしく、癖になる。摩耗したような皺や膣に似た割れ方、土留(どどめ)色の兆し、高い感度。泥棒猫の影を感じる。魚臭く汚され毛玉だらけにされようとも、この元執事を渡したりなどしない。 「みろさま………おやめください、おやめくださいぃぃ!!」 「かわいい」  指をとうとう挿したままにして動かした。角張りのある白桃を舐め、甘く齧ったり、吸ったりした。うっうっと大人の男がその膨張した股のものと同じように泣き出した。 「やめて欲しい?」 「はい…」 「じゃあさ、その汚らしい銀の輪っか、外して」  左手の薬指に嵌ったリングが白くなっている。狗飼はぎょっとしていた。声を押し殺して泣いていたが涙も引いたらしい。 「こちらは…………その、」  まだ準備は万端ではなかった。しかし(おぞ)ましい怪剣を握る。(きっさき)は丸い弾力のある蕊膜に当てられた。そこに少しローションを足す。 「毎日、おっきいの、ここで頬張ってるんだもんね?これくらいぺろりんちょだよね?羊一郎は頑張り屋さんだし」  巨大なグランスを模した異物が摩耗してみえる皺襞に浅く埋まる。 「あっ………だめです、みろさま…………」 「いつも挿入(もぐもぐ)してるのと、どっちがおっきい?」 「ぁぁァァァァあっ!」  元執事は膝を肩幅以上に開いた。魅狼は抵抗感を覚えた。 「もうちょっとローション足そうね。羊一郎がいけないんだよ?羊一郎がいけないの。もし壊れちゃったら、一生お世話するね?当たり前だよね、羊一郎はボクのダーリンなんだから」 「あ………ひ、ぃい…」  無理には押し込まなかった。何度か抜いて、指で慣らしながら、男根を模した部分までは入るようになった。そこからまた大球が3つ続く。 「みろさま……みろさま、無理でございます、あ、………アァ!」 「だいじょぶだよ、切れてないから。いっぱい食べてね」  男根部分が飲まれ、球に変わるため一度括れた玩具を小刻みに収縮する皺穴が大波のように呑み込んだ。 「あ………あ、ぁぁあアアア……!」  一締まり、一締まり、彼の仕事ぶりのように丁寧にそこは主人からの賜り物をありがたがって食んだ。 「痛くはないはずだよ?」  魅狼は目敏く元執事の哀れなほど震える腿の間で急な角度を持っている膨張を射抜く。 「ここも、おっきっきしてるね?羊一郎。いっぱいピューって絶頂汁(おちち)だそうね」  極太玩具をさらに突き進める。もう頬張れないとたくさん擦れて締め付けたらしい淫穴も訴える。 「壊れてしまいます!壊れてしまッぁひぃい!」  拒絶ばかり口にする狗飼の口から聞きたいのは不貞の末にある貞淑さではなく、本来の貞節のもとで晒される淫奔な声だ。 「指輪、外してよ。そしたら、もうやめてあげる。こっちの結婚 丹穴(ゆびわ)は壊さないであげる」  それ以上突き入れることはしなかったが捻る。雁首の高く、緩やかに広がっていた男根の先端部が媚肉を淫苦に責め苛む。 「あ、あンんんっ、あ、あ……!」 「ほら、お返事は?」  引き抜いてから入るところまで戻す。半分も入らなかった。すべて収まるとき、この執事の麗孔の半壊を意味するのだろう。しかし魅狼はこの長い間執事だった男を壊し、肉体的に傷付けたいわけではなかった。 「だってこんなの入っちゃったら、今度から羊一郎は、ボクの手を肘まで挿れて欲しいって腰振りながら頼むことになっちゃうよ?ボクはいいけど。肘おちんちんでいっぱい、羊一郎の気持ちいい穴つんつんしても」  胸を舐め回す器具の威力をまた変えた。ぶるる、っと(いなな)きそうな玉茎の先を擽る。早くエサが欲しい、快感というエサが欲しい、にんじんが欲しいとそこは跳ねながらねだる。しかし魅狼の持つ凶器(エサ)はもう与えられなかった。大きな房飾りを揺らす。それも十分な脅迫になった。 「わ、分かりました、外します…………外します!外します、から……!あ、んっ」  先端の窪みを塞いでいた指の腹に弱い圧を感じる。離すと、白いものが指から伸びた。 「これなぁに?」 「は、ッ、んぁ………」  快感に溺れている犬の完全で親指と人差し指の間に掛かる粘液を見せつける。 「これ、なぁに?羊一郎」 「わ、わたくし、(わたくし)の……んぁ、私の………汚らしい子種でございます…」 「汚くはないよ」  魅狼は形のない糸を舐めてしまった。狗飼はまた赤をそこ顔に上塗りして首をがくりと垂らした。びゅる、びゅる、とシーツに向けて射精している。 「みろさま……」  シーツであろうとも落ちたものを掬い取り口に含んだことを元執事は咎めるような色を混ぜて若主人を呼ぶ。 「美味しいよ、羊一郎。毎日食べたいくらい。ううん、これから毎日食べる」  大好きな人の何度も抱き着き、抱き締められた肉体で作られたものならば、それが陰部から出たものであろうと、苦みを凌駕する悦びがある。菓子を惜しむ稚児みたいに魅狼は大好きな人の淫汁を指で掬って舐めていたが、途中であの忌々しい銀輪を思い出し、自身の唾液で濡れた指先を愛しい人の口紅にした。しかしその愛された薄い唇は魅狼が触れる前に左薬指の金属に吸い寄せられた。まるでその小輪が贈り主そのもののように憂いと悲しみを帯びて濡れる横顔は、溜息ごと血反吐も内臓も吐き出してしまうほどに苦痛を伴う美しさを伴っていた。恐ろしさすらある。戦慄する。怒りと嫉妬と結び付きすぎた退廃的な喜悦の爆炎が起こる。魅狼はその絶世の美人に口付けながら()ぎ取るように指輪を外させた。ざらついた舌が委ねられ、貞淑な人の夫から諦めを感じた。甘い蜜に潜む肉厚な花弁を吸った。 「ぁ、ふうぅ………ん………」  胸の2点を嬲るモーター音が吐息と唾液の絡む音のすぐ外に聞こえた。指輪を握り込んだ魅狼の手に、汗ばんだ大きな手が重なった。 「く、ンン……」  魅狼も魅狼で耳を甘噛みされるような色っぽい声を間近で聞かされ、全身が性感帯に塗り替えられたうえで、脳天から爪先までを愛撫されているような心地になった。夢中で舐め、夢中で吸い、掻き回し、絡ませる。彼との濃厚なキスはやめ時が分からない。酸素不足になるほど続けていた。華奢な身体に巨獣のようながっしりとした頼もしい肉体が凭れかかる。好き人の重さに安堵し、それがまた口接を長引かせた。毛繕いをし合う猫よろしく魅狼は(つたな)い舌遣いで狗飼を愛する。咽び泣きが響きを変えていく。舌と甘蜜で繋がっているだけでもう離れないような気がした。 「ぅん………っんぁあ……」  元執事は嬌声と共に顎を落とし、空気が入り、冷えていく。寒さではなく、彼は緩やかな両胸の深く広い快感に満ち満ち凍えている。 「気持ちぃ………?」 「は………ぁ、ん……」  惚けた顔に魅狼は執拗なほど口付けた。大好きだ。ひとつひとつに溢れそうな好意を込める。手探りで狗飼を陶酔の楽園に追い遣る機械を止めた。罪作りな無花果(イチジク)のモーター音が途切れる。 「これでボクのこと見られるね?羊一郎?」  欲情を高められるだけ高められ、上手いこと発散されない濡れた目が若当主に覗き込まれ、喉を小さく鳴らした。そして泣きそうな顔に戻り、手の甲を噛んだ。自傷に走る狗飼に魅狼は面喰らう。玉口枷も買っていた。彼の薄い唇がこのボールギャグに重なるところを想像したら、買わない選択肢などなかった。彼の手の甲は歯型ととろみのある唾液が付いただけで、出血には至らず、若く清純な娘を思わせる若主人の手を挟まれると顎は力を失った。猿轡が簡単に嵌められてしまう。魅狼は柔く窄められても形の良さを保った唇と、溢れ出る蜜、口を塞がれているという残酷さに、激しい加虐心と征服欲、それだけでなく耽美性を煽られた。 「ダメだよ?羊一郎はボクの(もの)なんだから、自分で勝手に傷付けちゃ。それとも、お口寂しくなっちゃった?」  間違いなく、元執事は情交を求めている。相手など選ばずに、勢いづいた快感を欲している。そういう希求を秘めている。魅狼のほうでも早く彼を気持ち良くしたかった。その先に自身の果てのない突き抜けた悦楽があると確信していた。グロテスクな太棒で慣らした媚孔に回る。このまま想人の痴態だけで白い粘汁を吐きそうな気配さえある肉砲を支え、あとは腰を突き入れるだけだった。だがそのとき、ドアがノックされた。狗飼の肩が上に吹っ飛ぶように跳ねる。許可がなくても勝手に入ってくる、魅狼の苦手な美形の警備部の青年に違いなかった。 「ぅ……ぅぅんっ……」  元執事はボールギャグを噛まされながらも狼狽え、魅狼は道具箱から巨大なイヌのマスクを引っ張り出す。大好きな顔にゴムマスク被せると同時にドアが開いた。 「魅狼様、フェンリルさんが屋敷を荒らしておいででした」  狗飼よりも険のある感じがする色の白い、氷彫刻のような印象を与える美貌の青年が現れた。館の雰囲気を損なわないような銅鑼権佐原(どらごんざわら)家抱えの警備部隊の制服は絵本に出てくる軍人や騎士のようだった。その上等な布に覆われた腕は長毛種の猫を抱いている。魅狼の父の愛猫フェンリルだ。父の所有にもかかわらず、この猫の始末は魅狼が請け負うことが多い。白と銀色っぽい灰色の縞模様で、尾は(ほうき)のようだった。白い毛に覆われた長細い足が青を基調とした警備部隊の制服を早く降ろせとばかりに幾度か蹴る。生きた氷像の怪物に抱き上げられるのが好きではないらしかった。 「ありがとう。置いておいて!」  少年の経験の浅い先端部を接していた皺襞が淫らに誘惑した。こそばゆい快感に負け、腰を進めてしまう。 「は………ぁう……」 「何をしておいでです?そちらは?」  潔癖症なのか猫を触った手をぎこちなく身体から離して表情の無い警備部員は訊ねた。 「ボクの奴隷(おもちゃ)!買ってもらったの、この前!わんわんごっこしてるの……」 「さようでございますか。入館帳簿にはご記名されましたか」 「うん!したよね?」 「されていませんね」  ぴしゃりと美貌の警備部員は言った。彼の手にはタブレットが握られている。 「お書きください。フルネームでお願いします」  フェンリルは警備部員のスラックスに長い毛を(なす)りつけると魅狼の傍に飛び乗り、彼の尻や腰で自分の頭を撫でた。不気味なイヌのマスクを付けた者の上半身には近付かず、足の裏を嗅いで舐めたり頬擦りをした。イヌマスクを被せられた狗飼は第三者がいる前で、浅く繋がっている魅狼をひくひくと締め付けた。 「この人字、書けないから、ボクが、代筆で、いい?」  脂汗が浮かんだ。陰部が気持ち良い。突き入れたい欲求を抑え、日常的な会話を続ける。否定も肯定も表情で教えはしない警備部員は魅狼を黙って見つめていた。 「お取り込み中のようですから特例として許可します。しかし念のため指紋だけ取らせていただきます」 「し、指紋……?」 「念のためでございます」  冷淡な警備部員は朱肉を取り出すとイヌマスクに近付いた。指輪を失ったばかりの手を、美しい顔と声の青年が一言断ってから触れた。 「ぁぅう……っ!」  魅狼は可愛いらしく呻いた。繋がっていた濡れ肉に引き絞られ、視界が明滅するほどの快楽が下腹部から脳天を(つんざ)いたのだった。イヌマスクの傍にある冷たい顔が魅狼を捉えた。 「どうなさいました」 「ちょっと、喉に痰が絡まって………他の人には言わないで!大騒ぎに………、な、ァッ!」  きついくせ柔らかく熱い肉に扱かれ、手淫では得られない官能が押し寄せる。 「さようでござますか」  彼は紙にイヌマスクの者の指紋を取った。まるきり興味が無さそうで、周りを練り歩く猫に対しても、押し除けたり邪険に扱ったりはしなかったが必要以上に触ったり撫でたりもまたしなかった。服にはフェンリルの長い毛が張り付いて白くなっていた。一旦、意識を逸らす。しかし狗飼の蠢く内壁に、魅狼の牡の本能はピストン運動を急かされる。 「ん………っん、」  ゴム製の被り物の下から、警備部員はその甘媚な声を聞いているはずだった。仕事以外にはまったく関心を示さず、彼は戦慄いている指から朱色を拭き取ると何事もなく立ち去る。しかし部屋から出る前に一度立ち止まり、振り返った。魅狼ではなく、マスクに描かれたイヌのふざけた目を一瞥して、ドアに消えていく。 「羊一郎、こういうの好き……?すごく感じてたね。ボクも、すごく感じちゃった………気付いたかな?あの人」  それからは、陰茎の溶けるような交合(まぐわ)いだった。粘膜同士の摩擦に頭の中まで性感帯になり、削り取られるような肉の悦びに浸った。 「あっ、んっ、ぁあ、羊一郎、きもち、ぃい……!締まるの、おちんちん、締められてるの………ぁんんっ、!」  無我夢中で魅狼は腰を打ち付けた。優秀な元執事の肉体は忠実に一打ずつをこと細やかにうねり、縺れ、奥へと引き込みながら、思わせぶりに狭く放す。 「んん、んっ、くんんッふ、ンンンッ!」  ゴムマスクの下で執事が悶えた。フェンリルもたまげている。自由はあるくせ半ば強制されているも同然の、快感で支配された抽送によって前後に振れるたびに意識に靄がかかり、視界が白くなる。その中で、魅狼はベッドに転がる禍々しい男根とビーズの棒を認めた。美しい氷像に見られたかも知れない。 「んッ、ふっ、んっんんん、んっ!」 「羊一郎、あの人に全部バレちゃったかもね。どうせだから、混ぜる?」  強い締め付けが起こった。他の男根に変色し形が歪むほど擦られた清楚な男の、それでもまだ慎ましやかな蕾孔が乱交を期待している。魅狼の腰は強靭なバネのようになり、顔立ちや体格からは想像もつかない大きく太い陰芯はさらに(いき)り勃つ。リンクしているように魅狼が感じれば感じるほどに狗飼は淫らに内肉をうねらせる。肉淫を施され、艶技をかけている相手も甘く切なく喘いだ。 「んっふっぅっうっうっうっんんんっ!」 「ボク……もう、だめ……っ赤ちゃん出すね、羊一郎……ボクの赤ちゃん、産んで?ンッああ!羊一郎!ボクの赤ちゃん出るっ!」  ぶちぶち、と音がした。魅狼の吐精はいつでも小さな破裂の音を伴う。イヌマスクの下から咆哮が響く。 「ぅんんんんん!」  爆流する多量の精液に狗飼も絶頂した。全身を痙攣させ、失神したのか上体がベッドに崩れ落ちる。放精にも劣らない力で魅狼は元執事を抱き締めた。絶頂後のいやに諦観した冷静さは訪れず、ひたすらに慕情と惜しさばかりが降りかかる。 「羊一郎……大好き。愛してる。一生一緒にいてね?結婚なんてだめだよ」  ずるりと、軋む音が聞こえそうなほど大仰な陰茎が抜かれる。一拍遅れて、魅狼の産みつけた液児を元執事は収縮する蕊孔から放産した。 「返………して、くださいまし………魅狼様……………指輪を、返し…………て、」  淫熱に焼けた喉で、第一声はそれだった。魅狼の余韻は一瞬にして拭い去られ、手の中の指輪が燃える。 「もう羊一郎には要らないよ。だって羊一郎はずっとここにいるんだもん。そうでしょ?だからこんなの要らないの」  抱き潰された犬はまだ起き上がらない。魅狼は窓を開けた。吹き込む冷たい風に、愚鈍さを持ちながらも聡い元執事は身体を起こした。まだ被ったままのイヌマスクを振り返り、次の瞬間に魅狼は指輪を握った手を振りかぶった。 「魅狼様!魅狼様………っ!」  元執事は怒ったり、脅したりはしなかった。若主人が腕を振り下ろしたのを目にすると、麗しい目を濡らした。銅鑼権佐原(どらごんざわら)家ならば易々と手に入るが、世間一般では貴重で高価なはずのダイヤモンドが惜しげもなく彼の頬から落ちていく。

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