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第5話

 無防備に肌を、それも胸を恥ずかしげもなく晒している。まだ己の性もはっきりと明確に理解していない子供が肉親に向けるような態度で、眼前に迫り影を重ねている男が情欲に満ち満ちていることも分かっていない様子だった。それがまた真城を煽る。小児性愛者なのかと疑いたくなるほどだった。しかし小児に性的な情動を覚えたことは皆無で、興味もなければ能動的に視界に入れるほどの関心もない。ただ同い年の、それもこの友人の幼児性にだけ強く、強過ぎるほど惹かれている。放っておけない。守りたい。保護したい。裏返せば、彼に降り掛かる不幸を望んでいるのかも知れなかった。 「こっちもよろ」 「ああ」  もう片方の絆創膏を剥がすつもりが、掌は少年じみた青年の頬に添えられ、クリームのまだ残った指は乾燥しがちな唇の上を這っていた。その弾力に唾を呑んだ。 「唇ガッサガサなんだよな、オレ。リップクリーム買おうと思って忘れるし、別に要らないかなって。真恋愛くんはいつも唇キレイだよね。ふよふよしてそう」  中紅梅の舌が唇に唾液を塗った。ほんの一時的に白くなっていた逆剥けや薄皮が消える。 「ん、っ?」  気付くと口付けていた。触れるだけのキスで、十河も何が何やら分かっていない様子で真城を見ている。 「剥がすから、痛かったら言ってくれ」 「うん」  何事もなかったように真城は話を戻した。ハンドクリームで絆創膏を剥がし、左右の乳頭が晒された。顔や両手ほどではないがある程度日に焼けていながらも二箇所の丸みは淡い色をしていた。それでいてつんと勃っている先端部は赤みが強い。 「擽ったかったら、すぐに、やめる」  ハンドクリームを新たに掬った。悪癖とも呼べるほどに病的な回数手を洗う習慣がある。秋と冬でも容赦なく手を洗い、寒気は乾燥に肌が突っ張る感触がしてハンドクリームを塗っていた。保湿力が高く、不快でない程度に粘度が抑えられている、真城の気に入りのハンドクリームだった。毛剃りもその後のケアもこれで済ませている。 「う、うん…」  (やま)しいことは無いはずだった。乳頭の前で指を止めた。緊張感が相手にも伝わっている。躊躇っている指をそのまま伸ばした。ハンドクリームが微かに友人の柔らかい皮膚に掠れた。 「…っ」  真城だけでなく、隣人も強張っている。胸の粒が形を鮮明にした。寒いのかも知れない。 「や、やっぱ、起き上がってもい?その、なんか、気が抜けちゃって」 「好きな体勢でいい…」  微量のハンドクリームが彼の胸に付着していた。頬や手の皮膚とは異質の部分を強調する。はち切れんばかりの下腹部に真城は小さく喘いだ。苦しく疼いている。内部から呼吸を圧迫している。隣人の甘たるい声と瑞々しい肉体の妄想で眠れず、散々悶え苦しんだ夜の再来だった。情けなく下着を汚すのだ。内容は違えど子供の夜間の失禁のように。  友人は上体を起こした。真城の指がクリームを付けた箇所に触れた。小さな面積にしか接していないというのに芯を持っているのが分かった。ハンドクリームを広げる。肌と色の違う膜を辿るように円を描いて馴染ませた。絆創膏を貼られ荒れたはずだ。 「ん……っ、あ、」  十河は膝で後退る。肩がひくり、はくりと跳ねていた。腹が引き攣っている。 「ご、ごめ…なんか、思ったより擽ったかった。マジメにやってくれてんのに、ホント、悪いとは思ってんだけどさ…」  後退した分だけ彼はまた戻ってきた。火傷したみたいに真城の指も擽ったさを通り越して疼いていた。ハンドクリームが強い酸性或いはアルカリ性でも持ったように彼の弱いところを虐げた肌を攻撃する。 「また逃げちゃっても、そのまま、続けてくれよな」 「…分かった」  荒れた唇を噛み、日に焼けた小麦色の両手が拳を作って両膝は肩幅大に広げられ、踏ん張っている。新たにハンドクリームを掬い、まずは左胸へ塗りたくる。爪の下、薄い皮に凝り固まった胸粒が当たる。掠れる。摘んで塗り込んだ。弾力と硬さがある。友人は腰を捩った。 「ま、れあく……っ、まれあ、く……」  止めてくれと言わんばかりに十河は下半身を揺らしながら隣人の名を呼んだ。遅れて、乳頭を()る手に高い体温が重なる。 「やっぱ、待っ…!待っ、ぁぅ…」  電流を通されたように彼の下半身が揺らめき、胸部は真城の指から逃れようとする。後ろにのめり掛けている身体を抱き留めた。指遣いはクリームを塗る目的から離れ、燃え滾った眼差しは友人の染まる頬、潤んだ瞳、光沢を帯びた唇を眈々と眺めていた。 「真恋愛く、ぁ…っ真恋愛く…!」  小さな実を()ぎ取るように摘んだ。彼の腰が弾む。腕を押さえた。掴むというには添えられている程度で、愛らしい指は緩く丸まっている。 「おっぱいマッサージ、兄貴のお嫁さんのとき、寂しくなっちゃったから、やだ」 「ここを触られたのか」  傷んだ髪が縦に振られた。もう一度凝った左胸の肉粒を軽く突いた。掠れた声が小さく上がる。 「全体的にではなくて、ここだけか」 「うん。いっぱいぐりぐりしてもらった」  指を離すと十河は逃げたがっていたのが嘘のように胸部を真城に擦り付けた。 「寂しくなっちゃうんだよな。脳味噌溶けちゃう感じで、悲しくなっちゃうんだ」 「寂しい?」 「うん。なんか、急に、寂しくなる。兄貴のお嫁さんも優しくしてくれたし、真恋愛くんも優しくしてくれるのに、なんでだろ?」  濡れた目がにこりと無邪気に笑った。 「まだ片方あるが、やめておくか」  左胸が照っている。やめるという答えを聞く前に真城はさらに強く彼を腕で締め上げた。放せない。離れたくない。だが呆気なく真城の腕を肉感と体温は容易に抜けていく。 「自分で塗る…」  友人にハンドクリームの容器を手渡した。香料は入っていないがある程度考慮された優しい匂いを日に焼けた、少年期の面影を残す指が掬い取る。戦慄いた手が右胸に吸い寄せられた。 「……っ、真恋愛くん。何か、話そ?」  キャラメルとストロベリームースの接触を真城は凝視し、口と声帯そして言語を持っていることを忘れていた。ハムスターやウサギ、金魚よりも静かだった。 「そ、うだな……」 「でも、あんま……喋ること、もうない、よな……」  前のめりになり、服を引っ張って彼は胸を隠しながら、そこに手を潜ませた。苦笑しながら真城の顔色を窺っている。潤んだ目が垂れた。 「なんか、ごめんな。真城くん、オレのこと、イヤになっちゃった?ごめんな、なんか……変な感じして、ごめん……ぁぅ……」  友人の麗らかな瞳がさらに輝いた。水の膜を張り、(かさ)を増す。下がっていた眉がひくりと動いた。涎に濡れた唇がわずかに窄まる。 「十河」  呼んだ瞬間にガラス玉のような目から一粒の涙が落ちていった。 「ごめ……、なんか、変だオレ」 「もう塗れたんだろう?それ以上触らないほうがいい」  服の下にある腕を引っ張り胸から離させる。十河から真城へ絡みついた。 「なんか、みんなに嫌われちゃうような感じした…」 「大丈夫だ。みんな十河のことが大好きなはずさ。大丈夫……大丈夫だから」  動物番組などで見たことがある、親猿に縋り付く子猿の如く、友人は真城を放さない。筋肉質な背中を撫で摩る。 「真恋愛くん…」 「大丈夫だ、十河。俺は十河を嫌いになったことなんて無い」 「…ホント?」 「本当だ。離れていた時だって、嫌いになんてなっていない。十河が俺を嫌がっていると思ったから、俺も十河を避けていただけだ。信じてくれ」  彼からの物理的な力強い抱擁では満たされなかった。肉体の密着は要らない。今はひたすらに隣人の安堵を欲した。落胆した彼からの抱擁に意味などなかった。相手が兄の妻であろうともそうしたのだろう。つまり、誰でもいい。誰でもいい枠に落ち着いていられない。 「真恋愛くんはどうしてそんな優しいの?神サマ信じてるから?兄貴がここにしろって言ったの、優しい人がいっぱい居るからなんかな?」 「別に優しくは、ない……」  友人の、隣人の素肌を夢想し、邪な想像に耽り、自身を介在させ妄想した。穢れた本性を隠し、愚直な者を騙しているような心地になる。すべて打ち明け許しを乞いたい本心と、嫌われたくはない打算が(せめ)ぎ合う。 「優しいぞ。だってオレのこと許してくれたじゃん。助けてくれたし電球も付けてくれた」  無邪気な彼に息苦しくなる。力加減の分かっていない抱擁もそこに加担している。言わなければ。言わなければならない。喜ぶ顔が見たい。悲しんだり、痛がっている様を見たくない、そういう目に遭ってほしくないのだと。人懐こく呼ばれたい、頼られたいのだと。見返りを求めていることを。しかし、真城は自身の穢れ、驕り、愚劣さ、劣等感を洗いざらい告白することはできなかった。感情を纏めて言語にし声に出してしまうことも恐れた。 「そろそろ帰る」 「もぉ帰んの?」 「これでも長居したつもりだ。使いかけですまないが、よかったら、このハンドクリームをもらってくれ」 「うん!助かる」  玄関まで十河は付いてきた。高校時代、遊びに来るのは彼のほうで、迎えて見送るのは真城だった。友人を雁字搦めに縛り付け、特定の分野の教育も制限する兄とは会ったことがない。過干渉で過保護でありながらも送り迎えは特になかった。互いに1人で別れる瞬間は、また会えると分かっていても特殊な情感を催させる。 「なぁ…真恋愛くん」  靴を履き、上り框で振り返る。家主はもじもじと忙しなかった。 「どうした」 「ホントに、オレ、いきなり泣いちゃったり変なこと言ったりしてバカみたいだったけど、オレのこと、変なヤツって思ったりしてない…?」 「まったく思っていない」 「じゃ、また遊んだりしてくれる?」  言葉だけでは足らないようだった。真城は友人の両肩に触れる。三和土(たたき)に降りているために身長差が埋まっている。 「当然だ。明日でも明後日でも、予定次第でいつでも遊ぼう」 「じゃ、ギュウしていいよな?」  真城から腕を広げた。子供同士がやるような他意のない、ただただ友好的な意味合いだけのある抱擁を交わす。背が伸び、肩幅も広がり、筋肉も発達していたがあまり中身は変わらない様子だった。それでも真城はそうはいかなかった。10代の時よりも鋭敏に青臭く、生々しく、肉感的に彼を求めている。匂いと感触に膨れ上がっていた下半身が爆ぜた。軽い力の中で真城の躯体が跳ねる。 「プリン、ご馳走様でしたとお義姉(ねえ)さんにも伝えておいてくれ。じゃあ、またな」 「うん!バイバイ!」  数歩で帰宅できる距離だった。急いでトイレで下着を確認する。白濁が肌と布の間で糸を引いていた。 『恋愛(れあ)、さっき女の人見てたでしょ』  耳鳴りがする。意地悪く持ち上がる口角が脳裏を過る。 『聡信先生に言っちゃお!サイテー!苦獄に堕ちちゃえ!』  手が震えた。下着を替え、アルコールティッシュで汚れた肌を拭く。粘膜に沁みた。 『女の人の裸見てたでしょ!ヘンタイ!』 『肉欲は加害行為です。姦淫です。貴方は強姦魔です。いいですか、分かりやすく言うと、貴方は嫌がる相手の自尊心(たましい)を無理矢理 (ころ)したんです』  真城は勢いよく頭部を壁に打ち付けた。 ◇  冬夢湖(ふゆみ)はストッキングに包まれた長い脚を組み替えた。毛の薄い彼は30デニールの柔らかさが心地よく感じられた。膝の見えるタイトスカートに白衣を着て、セーラー服を身に纏う婚約者を扇情的に見つめた。恋愛嵐(りあら)は呆れた様子で座っている。彼女はよくある白と紺のセーラー服に赤いスカーフ、足はグレーのハイソックスと赤茶色の革靴だった。髪は2本に縛られ、典型的な女子中学生に扮しているが大人びた雰囲気や垢抜けた化粧、成熟した雰囲気が一目でコスチュームプレイであると分かる。 「他に何か悩みがあるのなら相談して」  別人かと思うほどに裏声を作るのが上手かった。本当に淑やかな女が喋っているのかと聞き紛うほどだった。それがさらに世良田(せらだ)恋愛嵐に寒気を覚えさせる。まだ男性の不出来な裏声のほうが彼女も協力的になれただろう。完成度の高さに辟易した。それでいて骨格ばかりはどうにもならない。しかし可憐さはなかったが不均衡な美は確かにある。 「結婚を迫ってくるド変態のモラハラ近親相姦クソ男に困ってまーす、十河クン?」 「先生」 「フユミセンセー」  真っ赤なリップカラーに彩られた唇が弧を描く。 「どんなふうに困っているのかしら?その人に、何かされてしまったの?まさか、無垢な身体を汚されてしまったのではないでしょうね?」 「いいえ、まったく」  世良田は低い声で返した。 「先生が見てあげるわ。服を脱いで、横になって」  恋愛嵐は溜息を吐いて診察台に座った。隣に美貌だけしか長所のない人格破綻した婚約者が腰を下ろす。 「何かされたのはあたしじゃなくて、そのクソ男の弟なんですよ」  チェーンの付いた細いフレームの金縁丸眼鏡の奥の色素の薄い瞳と目が合った。静止したかと思うと、彼は婚約者の女の手を取って自身の胸を触らせた。オフホワイトのニットの下にブラジャーの感触があった。 「センセー。あたし、同性(おんな)(あい)せないんですよ」 「冬夢湖先生」 「フユミセンセー」  冬夢湖はまったく気にも留めず、女の腕を引いて診察台の上に押し倒させた。婚約者はバランスを崩す。広げた脚と張ったスカートがセーラー服を受け止めた。 「ダメよ…教師と生徒でこんなこと…」  言葉とは裏腹に、冬夢湖の指はスカートのファスナーを下ろし、ニットを肋骨まで捲り上げた。小振りな青のブラジャーを着けている。無防備に四肢を投げ出し、火照った目が婚約者を見上げる。女性同士の艶めいた戯れが好きらしかった。そういったコンテンツを好んでいるのではなく、主観的に参加していることに。 「リアラさん、ダメ……こんなこと…」  自らスカートを腰まで捲る。ストッキングはガータータイプで、腿の上半分からはレースのベルトが伸びていた。下着も総レースになっていた。男性の象徴が膨らみを持ち、ネイビーの生地の下に透けている。世良田は革靴を脱ぎ、そこを潰さない程度に加減しながら足の裏で踏んだ。常に諦観したような冷たげな顰め面が嘘のように緩み、ゴールドベースのアイブロウで描かれた眉を下げた。マットな質感の赤い唇が軽やかに開く。彼は女子中学生の服装をした婚約者に両腕を伸ばした。両手首を掴み、さらに深く足の裏で刺激する。熱い吐息が弾んでいる。硬くなっている茎を重点的に足の裏で擦った。セクシーな保健医になりきりながら官能も欲張るだけ、世良田は冷めていたものがさらに冷めていく。そろそろ氷結しそうだった。ラブホテルの備品から男性器を模したシリコンの付いたベルトを取ると世良田は箱襞(はこひだ)スカートの上から腰に巻いた。婀娜(あだ)な美人保健医になりきっている婚約者を乱暴に俯せにすると、腰を持ち上げる。 「な、にを……」 「素股よ、素股。ケツの穴でも穿(ほじ)られると思った?やめてよ、あたしの未来の旦那がケツ穴セックス狂いとか」  腿もまた男性的な肉付きをしていた。しかしガーターストッキングやガーターベルトが何か歪な情動を煽る。閉じさせると従順だった。シリコン状のペニスが婚約者の肉茎とぶつかる。割れて引き締まった腹や固い腰を強く抱き竦め腰を振る。黒い(ウィッグ)が合わず、茶髪にした長い人工毛が揺れる。世良田の濡れたような質感の黒い髪も白衣を纏った背中を掃く。 「世良田さん……っ」 「あたしの名前呼ばないで気色悪い!」  快感も反射もない彼女は決まった律動で抽送できず余裕がなかった。明日には筋肉痛か腰痛を起こすのだろう。視界の大揺れに酔ってもいる。感情的に叱り付けたのも美人養護教諭になりきっている男には興奮剤になったようだった。 「早くイってよ、ブラコン」 「梢春(すぅ)……ッ!」 「何想像してるの?まさか弟の破廉恥な姿じゃないでしょうね?」  黒い合成皮革の診察台に美青年は前後に揺さぶれながら涎を垂らした。 「梢春(すぅ)がおちんちんいぢりしてるところ……梢春(すぅ)……可愛い……」  女は押さえていた腰が勝手に動くのを感じた。腿に挟んだ巨大なシリコン陰茎が勝手に抜き差しされていく。尻をぶつけられている。 「ブラコン。サイッテー。弟くんカワイソー」  美青年は息を乱した。元の声に戻っている。激しく喘ぎ、涎だけでなく精液でまで診察台を汚した。涎の池を飛び越え、遠くまで飛ぶ。 「ほら、舐めて」  肉も繋がっていなければ神経も通っていないゴム素材のペニスを恍惚としている婚約者の顔面に突き出した。虚ろな目は言われたとおりに自身の陰茎を擦り付けた男性器のシリコン模型を咥えた。赤い舌が先端を焦らし、括れを執拗に舐め回した。一度彼は上目遣いを恋愛嵐に向けた。そして瞬時に逸らした。 「弟くんのムスコ、つまり甥っ子を慰めてあげる練習しなきゃ!きゃはは!」  彼は自慰を始めた。片手でシリコン棒を掴み、喉奥まで深く呑む。 「女にちんぽは無いのに、なんで自分でちんぽ触ってんの?フユミセンセー?巨大なペニクリしこしこ扱いて、弟に卑猥なことしてるの妄想してるんでしょ!サイッテー。発情期のメス猫のほうがまだ節操があるってもんですよ!」  どれだけ彼の舌技が良くてもシリコン陰茎はこれ以上膨張することもなければ射精もしなかった。 「あたしの旦那になるなら、そのケツ穴をド淫乱まんこにするなんて許さないよ。アンタのまんこはちんぽなの。アンタのド淫乱まんこと阿婆擦れクリトリスはそのだらしのない近親相姦ちんぽなんですからね!理解なさい!」  か弱げに美しい顔が色香を湛えて弛緩した。再び診察台に白濁が繁吹(しぶ)く。(とろ)んだ唾液にまみれになった作り物のペニスが口から出される。糸を引いていた。 「(きたな)…」  見るも無惨なほどに婚約者は(ほう)けた面をしていた。汚いと言っておきながら、世良田はだらしなく口角から垂れた冬夢湖の唾液を指で拭った。 「もしこのラブホに監視カメラあったらどうするの?マジックミラーだったりして」  意地の悪い微笑を浮かべた。気怠げに婚約者も診察台から降りた。鬘を投げ捨て、スカートを落とし、ニットを脱いでいく。 「すごく良かった。また頼みます」 「絶対イヤ」 「次は令嬢とメイドがいいです。俺がメイドで貴方が令嬢。脱がせて、罵って、踏んでください」 「絶対イヤ。そういうお店行ったら?」  悪寒がするほどの(おぞ)ましさを併せ持った美青年はまったく話を聞いていなかった。まるきり聞いていない。否、耳には入り、脳も通った。しかし利かない。 「明日帰ります」  保健室を模したベッドに冬夢湖は身を沈めた。全裸のままで、陰部もシーツに触れている。世良田は眉間の皺を深くする。彼女はラブホテルの備品の衛生面を疑っている。 「1人で泊まると自殺志願者だと思われるわよ」 「男は大丈夫ですよ。女性はすぐ死んでしまいますからね。罵って、5秒以内には自殺してしまう」  彼は薄い目蓋を下ろす。口調は穏やかだ。 「ド変態、ド淫乱(スケベ)近親相姦(ブラコン)、モラハラ、次はド偏見持ち?役満よ、役満」  恋愛嵐は俯せに寝ている婚約者を見下ろす。腹部に点々と古い火傷の痕がある。集合体恐怖症の不安と嫌悪感を煽るほど密集している。痣やシミと見紛うものもあれば、浅く窪んだものもある。暴力を振るう父親をこの男は殺害した。 「男の裸体に興味があるんですか?見せますよ、隅々まで」 「セクハラまで追加させる気?アナタってほんっとにろくでなし。さっさと墓の下に埋まりなさいよ」 「埋めてくれる妻がいれば助かるんですがね」 「口開かなきゃ婚活アプリですぐ捕まるわ。絶対に、口は開かないこと。絶対にね」  返事はなかった。寝息が女の耳に届く。彼女は苛々としながら裸体の下にあるシーツを適当に掛けた。 「優しくされると萎えます」  寝息が止まり、裸体は喋った。寝ていたのは本当のようで、甘たるい話し方をした。 「一生萎えてなさい。インポになればいい」 「梢春(すえはる)を襲うかも知れない凶器を、捨てられるでしょうか、それで」 「ちんぽ切り取ったら意外とあっさり弟のこと、どうでもよくなるんじゃない。知らないけれど。女になって迫ってみる?あ~あ、いずれにしろ性的対象外のヤツから懐かれて好かれるってくそキモい性犯罪なんだから、そろそろやめなさいよ。くそキモい強姦魔なの!分かった?性犯罪者なのよ、アンタは。ナメクジでゴキブリなの。蛆虫のほうがまだ可愛いというわけ。ぶち殺しても犯罪にならないからという理由でね」  裸体はまた寝に入った。世良田は脱ぎ捨てたものをその背中に放り投げると自身も着替え、とっとと帰ってしまった。

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