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第6話

◇  慚愧(ざんき)し、胸中を暗黙に告白しても何も救われた心地にならない。熱したフライパンの底を押し付けて焼いた手の甲が疼いて痛み、惨めになるだけだった。罰の後の痛みに対してではなく、罰を与えなければならなくなったことを強く思い起こさせる。赤くなり爛れた手を抱いてみたが、自身の体温で激痛が走った。インターホンが鳴る。出る気が起きなかった。インターホンが立て続けに鳴る。ドラマなどでありがちな借金の取立てを思わされる。 「あ~け~ろ~よ、れーあん。居るんだろ?死んだのか?自殺こいたのか?なぁ?」  玄関で大声がした。近隣住民の迷惑になる。真城は自罰によって作った痛みを堪え、玄関を開ける。勘解由小路(かでのこうじ)が立っている。 「あ~、やっぱ居るんじゃねぇかよ。自転車(じてこ)あったし」 「来るなら連絡くらいしろ…」  来訪者はぎょっとした。 「うわっ!手、ヤバ!ゾンビかと思った。何?どしたんだよ」 「別に…」 「病院行ったほうがいいぜ、それ」  非常に気を悪くした!とばかりの顔をして、勘解由小路は図々しくも玄関に踏み入った。 「マジで病院行けし。バイキン入って切断とかになったら、誰が(おい)ちゃむちゃむに飯食わせんだよ!頭良いなら分かれよな」  彼はドアノッカーのようなリングの貼られたスマートフォンを出すとどこかへ電話を掛けた。 「救急車はよせ…」 「うるせーな、黙ってろよ。豚肉焼いても手は焼くな。お家焼いても肉焼くな」  「へぇへぇ」「はぁはぁ」「ほぉほぉ」とふざけた相槌を打ち、やがて通話を切った。 「とりまテキトーに冷やして病院行くべや、勉強部屋、テディベア 」 「い、いい…!」 「あのなぁ、オマエのためを思って言ってんじゃねーの。もし切断とかになったら俺(おい)ちゃまがタダ飯食え無くなるだろうが!」  言い争いが始まり、真城は赤く腫れた手を叩かれる。激痛に腕ごと跳ねた。 「自分でやったものだから…」 「ンなこと言ってたら世の中7割くらい自分(テメェ)のミスで救急車呼んでるだろ」 「そういうことではなくて、故意的に、自分でやったんだ」 「怪我に愛も恋もあるかよ」  手首を掴まれ引っ張られる。痺れと痛みが同時に押し寄せた。勘解由小路に対する呆れも怒りも苛立ちもすべてを忘れた。手を焼くに至った経緯もその中心人物のこともすっかり頭にはない。水道水に手を突っ込まれる。勘解由小路は冷蔵庫を好きに開け、保冷剤と以前持ち込んだまま家主は手を付けていないアイスを出す。保冷剤だけ渡され、氷菓子は彼の口に運ばれる。 「火傷はダリィからリストカットにしとけよ」  ダリィ~と呟きながらアイスを食い終わった来訪者に外へと引っ張り出される。通路には隣人がいた。心配げな表情で真城を見ている。真っ先に勘解由小路が反応する。 「うるさくってすんまそ~」 「ヤバめな怪我したの?」  困惑気味に派手な身形の勘解由小路を一瞥し、それから十河は真城を見た。 「いいや…」 「バカみてぇに火傷したんだと。今から病院連れてくわ。それまでちょっと羽目外したらいいや、隣人さん」  上機嫌に勘解由小路は言った。腕を引かれ十河の脇を擦り抜ける。 「オレも行きたい」  勘解由小路は歩を進めたが真城は立ち止まってしまう。宗教上の反抗的な身内は摘んでいた指から真城の袖を放してしまう。 「心配だし…」  大きなガラス玉の瞳はもう一度勘解由小路を捉え、そしてまた真城に戻ってくる。言い争いもおそらく聞こえていたのだろう。ハンドタオル越しに保冷剤を縛り付けられた手が疼いた。痺れながら痛覚は冴えている。熱いフライパンとクッキングヒーターに挟まれた掌も負傷している。十河の姿さえ見えなければ患部の痛みにばかり気を取られていた。手だけではなく、胸と喉まで圧迫感に苦しむ。大きな目、太めの眉、乾燥しつつも血色の良い唇、小振りな鼻、すべてが苦々しい。彼の姿を視界に入れたくない。傍に感じたくない。 「来なくていい」 「でもさ…」 「………来るな」  ガラス玉が揺れた。真城はまた別の息苦しさを呑みながら爪先を鳴らして待つ勘解由小路の元に行った。 「"来るな"はドイヒー。すぐハブりたがるいじめっ子みたい」 「そうだな」 「隣ン()といつの間に知り合いになったん?」  根掘り葉掘り訊かれたくなった。話したくない。彼に突き刺した冷たい言葉の刃で再び存在しない皮膚の柔らかいところを引き裂く。直向きで優しい友人を突き放してしまった。自分の歩く方向も分からない。前を行く軟派な服装の腐れ縁に付いていくだけだった。 「まっさかこんなことになるたぁね~。ちぃとばかし一食ご馳走になろうと思っただけなんだけどなぁ~」 「それでいきなり来られても困る」 「黙らっしゃい。俺ちゃんが来なかったから行かなかったろ。ロースト人肉とかやめちくり~。つか手とか骨ばっかで食うとこ無ぇだろ」  サラリーマンや学生がよく履いている革靴とは違う、意匠の凝った洒落っ気のある黒い革靴がアスファルトをかっぽかっぽ鳴らして勘解由小路は呑気に喋る。 「あ。帰りフラチキにしね?奢りな。おとなしくお手々をフライドヒューマンしなきゃ安上がりだったのに残念だな」 「…まったくだ」  ぼんやりしながら歩いた。話は聞いていたがすべて他人事のようだった。 「何ショゲてんだよ。鶏肉(とり)はヤか?」  歩みの遅くなった真城を振り返り、視界に出たり入ったりした。検証学会のものではないピアスは目に入るだけで痛々しい。 「なんで手、ローストビーフにしちまったん?ビーフじゃねぇな。セルフBBQ?」 「話したくない」 「話せし。聡信大母神になら告白(ゲロ)れんの?」  興味を失ったように勘解由小路は再び皮膚科のある場所に向かって歩いた。 「総裁を茶化すな」 「洗脳が解けてねぇよ、オマエ。それで手、焼いたんじゃねぇの。人間焼肉とか誰が食うんだよ。寺の金になるだけじゃねぇか。あ、寺が食うんか。つまり大先生の晩飯の一品になれるってワケだ、チクショーめ。畜生ってことはステーキか?何が畜生だよ。牛さん豚さん鶏さんのほうがずっと宿命(やくめ)ってものを果たしてるだろ」 「よせ。誰が聞いているか分からない」 「たとえばタワマンから1円玉ぶん投げるのを10回繰り返して、ぶつかった人間10人全員検証学会なんてザラかもな。石を投げれば検証学会!俺ちゃんたちは逃れられな~い、硫黄臭ぇシティーボ~イ」  買い物帰りらしき通行人が肩を竦め踊り出さんばかりの勘解由小路に視線をくれた。真城は彼の襤褸切れとそう変わらない服を引っ張る。僅かな力で破けてしまいそうだ。人の居ない道に連れ込み、それでもまだ周りを警戒する。 「姦淫の業」  真城は呟いた。吐き出してしまいたい。言葉ごと重苦しさも痛みも消してしまいたかった。しかし1人で喋る性分ではなく、かといって話す相手もいなかった。ある程度検証学会を知り、浅くとも恥部を晒せる相手。適した関係にある者が誰もいない。 「はぁ?じゃ、オマ……とうとう?」 「そうなる前に目を覚ましたい。真人間になりたいんだ、俺は」 「気違(きち)げぇみたいだな、恋愛(れーあん)。手で出せよ、そんなもん。それが真人間ってもんですわ。人間に何ノンストップ・ロマンティックを感じてんだ?2日3日…違うな、10日くらい風呂入らなきゃ獣臭ぇ畜生(どうぶつ)だろうが、人間なんぞ。気持ち悪ッ!なんだと思ってんだよ、不快(ゲロ)すぎ」  彼は両腕を抱いて(わざ)とらしくぶるぶると震えてみせた。 「俺ちゃんは、自分(テメェ)を生臭い俗物(ピエロ)だと分かっちゃいねぇ真人間ぶった輩が大嫌ぇだよ。人類みな道化師(ろくでなし)!それに気付かず分かりもしねぇで、学校入りゃ自己紹介、就活前には自己分析!一体全体、どいつもこいつも自分(テメェ)の何を見たってんだ?」  鷹揚な態度を一変させ、勘解由小路は力説する。 「仔牛郎(こうしろう)は、俺よりも敬虔な信者だよ」  出会ったばかりの頃の触れたものすべてに切り傷を付けねば済まない刃物に似た態度をされる。敵意を剥き出しにしている。真城は表情ひとつ変えない。反抗的で背信的であっても宗教上の身内の頭数に入っている。このまま死ねば墓地は検証学会式だ。専用の風車が供えられる。 「やめちくれよ」 「俺はそこまで考えていなかった」  両手を後頭部に当て、勘解由小路はすたすたと今度はアスファルトを擂り器代わりにすることもなく靴裏を浮かせて歩いた。 「洗脳ってのは現実を見ねぇからな。洗脳ってのは!見てぇモノしか見えねぇんだよ!(めくら)耳聾(みみつんぼ)片跛(かたちんば)!」 「よせ。そういう言葉を使うな」 「そうだろうがよ?目が見える?よろしいな。音も聞こえる?よろしいな。両足で歩ける?よろしいな。だのに摂理(なに)も分かっちゃいねぇ。見ようとしねぇ、聞こうとしねぇ、進もうとしねぇ。俺ちゃんよりバカになるのはやめてくれや」  真城は黙った。それを見て取ると勘解由小路は鼻を鳴らす。あまり満足そうではなかった。 「大幹部の粗ちんでもしゃぶってろよ。大幹部の臭まんでもよ。あのな、れーあん。ここはな、ソドムとゴモラなんだよ。ンでも神はいねぇ。焼き肉焼いて家も焼いちまう奴等もいるけどな。全部、許されてんだよ、神だの総裁だのの前じゃな。人サマ用の法律ってもんはあるけどな!人間至上主義万歳!ヒューマニズム万歳!人権サイコー!分かったか?」  勘解由小路はいくらか興奮しているようだった。反して真城は火傷に当てられた保冷剤に感化される。 「俺がお仕置き部屋に入ったのは知っているか」  肩から力が抜けた。首も頭を支えられなくなった。呼吸が制限される。止まりかけ、また足を進めた。 「聞いたけど忘れた。なんで?」 「俺がたまたますれ違った女子高生に気を取られていたから……」  ふぅん、と勘解由小路は素っ気無い相槌を打つ。 「先生がおっしゃられた。他者に色めいた関心を持つのは許されない罪だと…色情魔になると教えていただいた。俺はお仕置き部屋に入っても矯正されずに、このまま色情魔になるのだろうか?どうすれば…」 「ま、ガキの時分から女に興味持つヤツいっからな。パコりたい欲とかじゃなくて。大変ヘンタイなこととは思わんね」  歩くのが遅い真城を勘解由小路は数歩返して袖を引く。そうでもしなければ立ち止まってしまうか、大きな距離が空いてしまいそうだった。悩みを抱える美男子は長く濃い睫毛に囲われた目が伏せられる。 「そんなことがあったから、姉とも別れることになった。まだ親離れできないくらいの頃だったんだ。俺の所為で、姉は不遇な暮らしをしたんだ」 「でもれーあんの父ちゃん母ちゃんは2人もガキ居るんだから最低2回はパコってるはずだよな。親ってのはパコってガキがデキるとパコったことを忘れちまうからイケねぇよ。ガキは爆誕するものだなんてまだ思ってやがんだ。人類みな色情魔。色気違いなんだよ。諦めなさいや。れーあんのやることはひとつ。その気になっちまった女子(おなご)をオトせ」  真城は凍えた。戦慄く。勘解由小路は引き攣った笑みを浮かべた。すると猫に似る。腹を満たし満足げに日に当たる野良猫の縄張りの(おさ)だ。そういう風格がある。大幹部に口淫でもしろと言っておきながら、彼はそこの息子だ。 「人妻とか?まっさか未成年?性癖こじらせちまって未就学児に惚れちまったんじゃねぇよな」 「違う」  しかし否定に意味はなかった。 「この話はやめたい。まだ向き合えそうにないんだ」 「そりゃ結構。考え過ぎは毒だぜ。酒でも飲もうや。(やし)ぃ酒をな。ベロベロに酔って肝臓ダメにして、さっさと早死にしねぇと人生ってのは元が取れねぇんだよ」  小石じみた指輪だらけの手が背を叩く。 ◇  サブカルチャーの界隈でよく目にするような型のメイド服のスカートが妖しく蠢いた。冬夢湖は婚約者に陰部を晒さないようにしながら自慰に耽った。毛足の長いラグの上で広く膝を開け、向かい合わせのソファーの上からは氷が鳴る。 「お嬢様……駄目なメイドのおまんこ、いぢめてください」  本当に(かよわ)い女と間違うほどに調子も声音も完成度が高い。地毛よりも赤みの強い栗色の長い巻毛のウィッグをピンクの唇に一房咥えている。あざといが説得力のある見目をしていた。 「じゃその変形まんこ出しなさいよ」 「……はい」  忠実ながらも膚浅な慌て者、そして淫蕩なメイドになりきっている冬夢湖は可愛らしく儚い声で返事をした。質量のあるチュチュスカートとレースやフリルの付いたエプロンドレスを捲る。隠せない肉付きと骨格を持った脚の間で、白いレースショーツから出された屹立が濡れて光る。"お嬢様"は生活感に溢れた服装で、黒のベルボトムパンツに小さな刺繍の入ったバルーンスリーブのブラウスを着ていた。簡素ながらも部分的に派手さがある。彼女は両足を擦り合わせカバーソックスを外すと"ダメなメイド"の女性器(ペニス)に足の裏を乗せた。 「あ……」  作られた嬌声が上がる。コスチュームにこだわらず、低く呻く射精時の声と同じ人物とは思えなかった。 「あっあっ、お嬢様ぁ…っ」  恋愛嵐(りあら)の責めは序盤から激しい。あまり焦らすということはしなかった。彼女はただ早く終わらせようと膝を揺らす。 「お嬢様…、おまんこ、そんなされたら……ぁんっ」  美青年は情けない腰付きで下半身をくねらせる。夢中になって婚約者の足の裏に剛直を擦り付ける。 「あっあっ……お嬢様ぁ………だめ、おまんこ恥ずかしい……」 「あら?ダメなの?じゃあやめてあげる」  足の振動を止め、世良田はグラスを呷った。美少女メイドになりすます冬夢湖は下半身を左右に振りながら熱く固い女性器肉棒を婚約者の足の裏で潰した。レースで手の甲を隠す袖が自身の胸を這う。 「誰がおっぱい触っていいって言ったの!」 「あぁ…お嬢様………ミルク出すところ、気持ち良くしたい……」 「淫乱まんこメイド!アンタのおっぱいはここよ!ほら牛みたいに四つん這いになって乳搾りしなさいよ!(くっさ)いミルク沢山出しなさい!」  ピンクのリップカラーで可憐な雰囲気を出す唇がだらしなく開いた。涎が落ちそうになっている。マロンブラウンで描かれた眉が惑う。従順に四つ這いになると再び自慰をはじめた。 「お嬢様、陰茎(おっぱい)イきそうです、お嬢様……」  尻はまだレースショーツが覆っていた。恋愛嵐(りあら)はその上から引き締まり硬い臀部を撫でる。彼女に陰茎はなかったが、虚空の、異次元にある、ここには存在しない膣へ透明の肉棒を突き刺した。下半身を婚約者の尻にぶつける。 「あっあっあんっ、お嬢様ぁ!」  薄いレースショーツと硬いデニム素材のパンツがぶつかり、曇った小さな音がした。 「陰茎(ちくび)イってしまいます……!ミルク出ちゃう………ミルク出る……ぁっあん……っ!」  搾乳する手が速度を増した。実物の女が漏らしているのとそう変わらない声も昂りを帯びていた。 「待ちなさい。ラグに出す気なの?」  射精欲に浮かされている婚約者の腕を止めた。 「あ、あぁ…」 「これに出しなさいよ。巨根(デカちち)の生臭 精液(ミルク)をね!」  丁度空いたブランデーの瓶を露を滴らせ弾んでいるひとつだけある乳管に当てた。 「あっ………く、ぅ」  不本意な絶頂を彼は迎えた。地声のまま快感に浸る。瓶は脈動を逃さず捕らえ、底に残った微量の酒に粘度の高く色の濃い精液が混ざった。 「乳牛扱いされてイったの?」  冬夢湖は深く息を吐いた。 「気持ち悪い。あたしこんなのと結構するの?」  世良田は目の高さに夫になる予定の男の体液と酒が混ざったのを掲げた。白濁が底を這う。一気にグラスの中のウイスキーを飲み干した。口紅の上に残った雫を淡い紅色の舌が掬い取る。 「ざまぁ。産まれて来なくてよかったわね。アンタ等はラッキーよ。アンタ等は、パパがオナニー狂で助かったわね!安らかにお眠りよ」 「貴方も……気違いですよ………」  オーガズムがやっと引いたらしく気怠げに冬夢湖は立ち上がる。ストリップショーとばかりに彼はメイド服を脱ぐ。 「ド変態の淫乱のくせに1回しか出さないの?その薄汚い悪魔の瘤から全部膿を出してあげないと。早く殺してあげなきゃ、アナタがどこかで女孕ませて、悲劇(こども)を産んだら可哀想だから」 「もう出ません」 「出ない?嘘でしょ。出るわよ。出しなさい。出せ!」  世良田は態度を豹変させ、冬夢湖に掴み掛かった。彼は力加減をした。日常的に殴られ、蹴られる継母と過ごしてきた彼は女性に対して常に、力加減を下方に誤った。ソファーが裸体を受け止める。 「想像しなさいよ、アンタはいつもそんなフザケタ服を着て、内心はあの弟になってるんでしょ!あの弟がド淫乱に乱れまくってイきまくってるの想像して気持ち良くなってんでしょ!また想像しなさいよ。アンタの弟が玉袋の隅々まで臭いザーメン搾り取られるところ!」  婚約者にはシリコン筒越しでしか触られたことがなかったが、彼女は素手で肉塊を掴んだ。 「女の腹でびゅるびゅる気持ち良くなって、ガキは80年間も苦しむ!またそのバカガキが女と男になって死刑囚を産むの!可哀想に!可哀想でしょ?可哀想なの!」 「世良田さん…っ、痛いです」 「痛くない!」 「痛いです」  油汚れでも落とすような勢いで恋愛嵐は婚約者の陰茎を手荒く扱いた。 「一体どうしたんですか」 「アンタの卦体糞(けったくそ)悪い白痴の弟なんかよりあたしの弟のほうが可愛いんだから。アンタの薄寒いコピーみたいなゲロキモ弟なんかより、ずっとね!」 「梢春(すぅ)に何の恨みがあるんです?俺を侮辱しているつもりですか。そのつもりならその手には乗りません。ただ梢春(すぅ)が悪く言われるのは聞きたくありませんね」  まるで促すのとそう変わらない力で冬夢湖は婚約者の手を制した。 「痛いです」 「痛くない!」 「痛いですよ」 「アンタ等なんかちんぽをシコシコ擦ることしか能が無いんだから!アンタ等が孕んでる可哀想な赤ガキもどきを助けてあげなきゃ!人間になっちゃったら可哀想だから!」  女は冬夢湖を睨んだ。手が止まる。赤くなっている陰茎から離す。 「何かありましたね?弟と?弟がいたなら言ってくださればよかった」 「ない!あたしに弟なんかいるもんですか!あたしに弟なんかいないのよ!アンタがちんぽしゃぶらせてケツ穴壊した唾付きの義弟しか!」 「誤解です。そんなことしていません」 「チンカスが付いたじゃない。舐めなさいよ」  掌で視界を塞がれた。冬夢湖は特に汚れはない手に舌を伸ばす。 「弟のお手々も舐めてあげた?舐めさせたのかしら。近親相姦のブラコン野郎。薄情なさいよ。本当は弟をファックしたいんでしょう?弟をセックス浸けにしたいんでしょう?弟のケツ穴を女の穴みたいにしたいんでしょ!」  女の手を舐めながら冬夢湖の唯美的な目が虚ろに蕩けた。 「薄情なさい!」 「……し、たい」 「お仕置きよ!あたしの弟がぶち込まれたみたいに!尻を出しなさいよ。蹴ってあげる。左頬を出しなさいよ。ぶってあげるから。アンタ等は気持ち良くてバカになって罪を重ねるんだから、少しはお仕置きで頭良くなりなさいよね!」  彼はよろよろとソファーから起きた。冷蔵庫からペットボトルの水を汲む。弟がある日から軟水にこだわり、それからは軟水を買うのが習慣になっている。 「酔っ払っていますね、貴方は」 「酔っ払わないでこの世を生きていける奴等はみんな気違いで困る」 「貴方には弟がいますし、俺は弟を犯したりなんてしていません」 「頭の中でハメハメしたんじゃ犯したも同然よ。身綺麗ぶるな」  女は額を拭うとソファーの背凭れに倒れ込んだ。ぼんやりと天井を見上げている彼女の前のテーブルに水を置く。 「アンタさ、あたしが聡愛検証3世でも結婚してくれなんて言うわけ?」 「言います。信仰よりも大切なのは相性ですから。俺が信仰しなかったら、尻を叩いて頬を張ってください。大事なのは……相性です」  世間的には戸惑うことらしく、冬夢湖も何度か検証学会員という噂のある芸能人の破局を聞いている。しかし彼はその点について冷めていた。 「ごめんなさい、冗談。3世なのは本当。でも破門された。史上3人目だって。自慢していいんだかどうだか」 「何をしたんです」  興味は無かったが話の種に彼は自身の死んだ液体の入った瓶と氷の残ったグラスを片付けながら問うた。 「聡愛検証ってガキ産むのは苦しみの始まり、人生はクソっていうのが元々の教えなの。でも聡信大先生ってすぐパコパコ子供(ガキ)産ませるのよ12人くらい愛人(おんな)がいて。何人目か忘れたけど、またガキ身籠ったの。あたしの家ってあの中じゃ結構上の方でさ、お見舞いとかお手伝いなんかにもいったりして。で、赤ガキは死んだわけ。だから"産まれなくて良かったね"ってあたしは腹の中で死んだ子供を祝福したつもりで言ったの。そしたら大先生はカンカン!愛人はギャン泣き。矛盾してない?自己矛盾と戦う教えのはずなのに、あのスケベなクソジジイはヒスって、あたしはその場で即刻破門だしお(うち)も左遷ってやつ。母方の実家に強制送還。どう?」 「貴方らしいと思いました」  水道水が瓶を満たした。シンクに酒と精液の混じった水が流れていく。

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