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第7話

◇  夜になってインターホンが鳴った。保険や新聞の営業ならば1日の最後の契約に賭けたといったいった時間帯だった。チェーンロックに制限された空間から訪問者を確認する。跳ねた髪が見えた。外灯に傷んだ毛先が白くなっている。 「ま、真恋愛(まれあ)くん、こんな時間にごめんな!あのさ、手、怪我してたじゃん。色々不便かなって思ってさ!お皿とか洗うし、掃除とか!何でも言ってよ!」  酔いが回った頭は無言のままチェーンロックを外し、隣人を中に招き入れる。何か謝らねばならないことがあったはずだが思い出せなかった。それは詳細を口にしていいものだったのかの判断もつかずにいる。お邪魔します、と彼は無邪気に言った。頭に響く。懐かしさは頭痛に似ていた。リビングに入る後ろ姿を真城は眈々と見ていた。 「先に友達いたんだ。じゃ、やっぱ、邪魔しちゃ悪いし帰るわ!なんかごめんな!変な時間に来ちゃって」  勘解由小路(かでのこうじ)がブランケットを腹に掛けて横になっていた。キッチンテーブルには缶が転がっている。それらを見回して隣人は踵を返した。家主は何も喋らない。 「すぐ手伝いに来るからさ、いつでも呼んで」  洗濯機の中に放られているに等しい酩酊感がある。真城は帰ろうとする十河の肩を掴んだ。処置された手は火傷を忘れているが、包帯の心地良い圧迫感だけは覚えている。 「調子悪いのか?それとも、やっぱ………オレのこと、気持ち悪い?」 「十河……」  自分の息の酒臭さに咽せた。 「だいじょぶ?」  優しい手付きが背中を摩る。純真な相手に穢らしい、低劣で巨悪的な情を寄せている。健やかな彼が指先から腐ってしまう。振り払った。呼吸が酒臭い。あどけない友人を汚してしまう。 「あ…のさ、真恋愛くん。オレ、バカだし空気読めないし、世間知らずでダメダメで、ずっと真恋愛くんに迷惑掛けっぱなしだけど、ホント、マジでムリってところあったら直すからさ、言ってくれよ。前みたいになんの、イヤだし……」  電気も点けていない廊下で彼は傷付いたような、怯えたような表情をした。彼は悲しんでいる。酔いが普段は彼の情緒を全身打撲と複雑骨折にさせる問題を他人事にした。 「帰ってくれ」  この友人といると苦しくなる。身体中を焼かなければならないだろう。フライパンのほうが先に壊れるほどに。両手の指を折るだけでは足りなくなってしまうだろう。爪まで剥がすことになる。剃髪と紛うほどに髪を掻き毟ってしまうだろう。その前に感情が先回りして禿げてしまいそうだ。それでもまだこの友人の素肌を諦めない。痛みとともに学習しない。 「そうだよな、友達いたもんな。次はちゃんと確認して、アポ取ってから来るわ。ホント、ごめんな。許してな」 「別に帰らなくていいでしょうが」  明かりの漏れるリビングから現れた第三者に2人は注目した。 「(おい)ちゃんもこの家の人みたいなもんなんだし。だよな?れーあん」  地毛の黒髪を脱色し、さらに染料で再び青みのある黒髪にする奇行に走った頭を触りながら勘解由小路は電気を点けた。子供のような目が彼を捉えた。 「飲もうぜ。れーあんのオトモダチタイムを邪魔しちまってんのこっちだしな」 「えっ、真恋愛(まれあ)くんの友達じゃないのか?」  十河が勘解由小路に興味を示す。真城は隣人に触れていた。 「友達?まっさか。腐れ縁。磁石のN極とN極なんだよな。お互いに…呼び寄せちまう。ディスティニーなんだよ。なぁ?れーあん。おい聞いてるのか」  勘解由小路の言葉の何かが引っ掛かったが真城は酔って据わった目を宗教上の身内に光らせていた。 「飲もうぜ。コンビニ酒だけど。飲める?マンマの粉牛乳(おぱいこ)でもいいぜ」 「の、飲める」 「十河……」  (たち)の悪い男に付いて行こうとする友人を留める。照明が点けられよく見えるようになった表情が曇った。 「そ、だよな。だいじょうぶ、帰る、帰る」 「はぁ?帰らせんなよ、れーあん」  否定の前に勘解由小路が口を挟んだ。結局のところは彼と同じ意見だったが、すんなりと納得のいく空気ではなかった。 「でもここん()、真恋愛くん()だし、今日のところは。誘ってくれてありがとな」  今度は玄関に近付く友人をまたまた引き留める。 「そいつ喋ると余計喋れなくなるみてぇなんだわ。ただでさえ喋れねぇのに。とっとと寝ろ!俺ちゃんは新しい友情を育むから。おら、寝ろ!風呂入るなよ、そのザマで」  勘解由小路は真城へ指を突き出した。そして友人に手招きする。応えない彼の腕を引っ張り、2人はリビングに入っていった。十河の気遣わしげな目が胸の芯に滲みる。 「俺は、寝る」 「おやすみ。一生寝てろ。目覚めてくんな」 「真恋愛くん、当たり前だけど、ちゃんと片付けはすっからさ!おやすみ」  申し訳ないとばかりに合掌した。真城は彼の目を見られず、リビングの壁の裏、ベッドだけ置いてある狭い部屋の向かいで(うずくま)る。焼いた手が痛んだ。酒が理性を奪う。膝を抱いた。視界が滲む。勘解由小路と十河の楽しげな会話が聞こえる。陽気で明るい彼等はすぐに意気投合し、談笑している。辛気臭い空気はない。初対面のはずだが、早々に打ち解けている。十河との出会いは同じクラスになろうとも偶然で、行動を制限された彼が過干渉で過保護な兄から許されやっと友人としての交際が許された。しかし勘解由小路とは必然的に仲良くなっていたのだろう。蟠りもなく諍いもなく、あったとしてもすぐに関係の修復が図れるような、親友になれたはずだ。不甲斐なさが堰を切る。背中の奥で笑い声がした。十河らしい快活な笑いだった。彼なりの遠慮があったのだと知る。難儀な宗教のためか、限られた交友関係のためか、性格の不一致のためか。高校時代をもう思い出せなかった。彼とどう接していたのか。 ◇ 「はぇ~、梢春(すえはる)ってんだ?じゃ、すえぽんでいいな。可愛いし、いいよな?」  眠気から覚めて勘解由小路は新しく缶を開けた。どれも度数が強く、フルーツの味がするらしかったが2口ほどアルコールの苦味しか感じなくなった。 「勘解由小路くんのことはなんて呼べばいい?なんて呼ばれてんの?」 「コーシローが妥当だろ」 「じゃ、コーシローくん」  へらりと笑う、あまり美形ではないがかといって醜悪でもない、後輩や弟分を思わせる家主の友人を勘解由小路はすぐ好きになった。真城とは長くてもまだ好きになれそうにない。だがこの腐れ縁の幼馴染の場合、好感を抱けるか抱けないかというのはまた別の次元で、何かの物差しとして成り立ちそうにない。頼るのならあの行者(ぎょうじゃ)で、尽くすのもまたあの強迫観念に押し潰されている行者のためだ。 「すえぽん、ハルってことは春生まれ?つーかそうゆう字?」 「そうだよ、季節の春。5月27日!春の終わりなんだってさ。コーシローくんは?丑年?」  年齢と干支の計算もしていない様子で十河は言った。勘解由小路は一口酒を含んで苦笑する。 「違ぇよ。牡牛座。ちな4月29日だからよろしく」  蒼白になる幼馴染の腐れ縁とは反対に十河は顔を赤くした。空き缶を積み上げタワーを作っている。人懐こく笑う顔が愛らしい。子猿や犬を思わせる。 「れーあんとは付き合い長いんけ?ここがお隣になってから?」 「真恋愛くん?真恋愛くんとは中学時代から一緒だった。中学はほとんどそんな喋んなかったけど」 「ほぉ。隣人のこと知らねぇって言ってたからそいつぁ驚き」  隣人になってから仲良くなったのか、はたまたその場凌ぎに知らないと言われたのか、あの時に聞こえた淫猥な声に気を取られていたのか、勘解由小路は様々パターンを考えたが取るに足らないことのため、すぐにその話題は捨て去る。 「え、知らないって、言ってたんだ……」 「うん、まぁ。あいつ几帳面なところは几帳面すぎるくれぇ几帳面だけど、意外とそこ?ってところで雑なことするからな~」  十河はアルコールで赤い顔を俯かせた。それは不本意に真城との友情や関係の優位性を誇示されたと受け取り、不快を示したものと思われた。勘解由小路はまた不味い酒を一口飲んだ。喉越しの良さを謳う酒でも喉越しの良さというものを感じたことはない。 「いや、あいつぁマジで俺ちゃんにとって、未知に満ち満ちてるよ。訳分からんもん。今日もいきなり手焼いちまったとか言うからもうアホかと」 「手、結局だいじょぶだったの?」  真城の奢りでフライドチキンを食べるはずがテーブルにある安いつまみを腹に納める。スナック菓子でピーナッツを包んだつまみを齧る。甘さと醤油の塩映(しおはゆ)さがある。 「痕は残っちまうらしいけどなー。あとはあいつ次第だな。指は動くみてぇだし、肌の治療だな」 「痕、残っちゃうんだ」  赤く染まった顔が哀れっぽく萎んだ。勘解由小路は酒を飲み干す。強いアルコールの匂いに喉を焼かれる。何か喋り続けなければならない気がした。 「恋煩いしてんだってよ。あの顔なら大抵の(なおん)はコロっと了承(イっ)ちまうと思うんだけどな。こいつン()にはきっと鏡がねぇんだな。それかよっぽどぶっトんだセンスしてるか」 「"恋はづらい"って何」 「え、マジか。好きピが好きぴっぴでつらいぽよ~ってやつ、知らん?」  十河は首を傾げる。首の筋や骨に違和感があるかのようだった。 「真恋愛くんは好きな人がいるってことか。だからオレにカノジョいるのかって訊いたんだ」 「いんの?」  勘解由小路は答えを知っていた。目の前の母性本能を煽りそうな年上にばかり好かれるであろう子猿や子犬を彷彿させる隣人のあられもない声をこの部屋で聞いている。 「いないよ。コーシローくんはいそうだよな」 「あ~あ~いねぇよ、いねぇ。俺ちゃんはジョカノとかそういうのには縛られねぇんだよ」  顔の割に大きな目、目の割りに小さな口がぽかんと余計に開いた。意味が分かってないらしい。今まで苦難のほうが多くなるほど頭の良い真城とどう関わってきたのか、関係の浅さを勘定できてしまった。本当に真城は隣人を"知らない"のかも知れない。それでいてこの目の前の人懐こく、頭の悪そうな隣人は、ここの家主を友人として数えている。悪い意味でも頭の良い人間にありがちな交友関係の厳重な範囲設定で、弾かれていることを知らない。 「カノジョってのは時間と金喰うから。それで変なタイミングで結婚迫ったりするんだからよ。やめちめぇ、やめちめぇ。気持ちなんつーものは伝わらねぇし、どこにいても一緒なんつーことはねぇ。傍に居なきゃ忘れちまうよ。女ってのはだりぃよ、女ってのはな」  酔いのためか十河は話を聞いているふうで聞いていないようだった。酒は進んでいない。サクランボの味がする赤ともピンクともいえない酒缶を握ったまま、勘解由小路に顔だけ向けている。意識や興味が伴っているのかは酩酊の中だった。 「れも兄貴(あにひ)は、キレーな(ひろ)、見つけらよ」 「結婚はまず、社会的に見て評価が高ぇ。これは間違いない。だとしたらより良いもんを選ぶだろ。金掛からずにセックスできる。これもデカい。ただ金は掛からねぇが、女ってのは代償(ケア)が要る。日頃のケアがな。プライスレス。金出してパコれる店のほうがまだ良心的だよな」  少年らしい色を残した十河は、ぷいと鼻先を背けた。異性からはあまり関心を持たれなそうで、しかしながら学生時代に少人数の異性に陰ながら好かれていそうな、そのために今でも遊んでいるような軟派で軽率な見た目でこういう話は苦手なのかも知れない。勘解由小路は手にしていた酒缶をテーブルに置く。 「……えと、そうゆう話は、兄貴(あにひ)がしちゃラメらって」 「どゆこと?」 「女の(ひろ)の裸とか、そゆ話…」 「なんで?あれ、すえぽん()って聡愛検証学会?」  それならば、性格も知能も合わない真城との付き合いが頷ける。宗教上の身内だ。信仰を疑ってかかっているのなら洗脳と刷り込みから解放せねばならない。そういう義務感が勘解由小路にはあった。 「違うよ」 「墓場に風車供えてないよな?」 「うん。白い花だよ」 「朝線香焚かないよな?」 「朝はこうやって、カミヨソーメン!ってする」  知育人形とよく似た手が合わさった。聡愛の幸福検証学会ではないが、彼の家も宗教的であるらしい。 「なるほどな」 「カミサマとか()うと変な感じするけろ、オレん()、真恋愛くんには話してないんらけろ、父ちゃん早くに死んじゃって、母ちゃん出て行っちゃったから今のママンとパパンにホントのママンとパパンみたいに育てられたん。それがカミサマの教えなんらって。カミサマとかよく分かんないけろ、オレ、カミサマ信じてる(ひろ)に育てられたから、カミサマに感謝しなきゃいけなくて…」  勘解由小路は口を曲げた。真城には話していない。これが面白く感じられた。 「別に恩があるからってカミサマに感謝する必要はねぇわな。人類の親ってんなら、勝手に産んだ製造者責任法ってもんがある」 「今日会った人にいきなりお(うち)の話するの変らけろ、なんか、コーシローくんとは楽しいから、いいよな」 「そりゃ酒飲んでるからだろ」  赤い顔が酔っ払い独特のあどけなさでくしゃりと笑った。 「お酒って不味いな」 「薬だからな。人生の治療薬さ。気違い水は牛が飲めば牛乳、蛇が飲めば毒と言ってだな」  勘解由小路にも酔いが回ったらしかった。キッチンチェアを降りる。へらへら笑っている十河も付いてきた。横になると、胸元に潜り込む。犬や猫を飼ってみたかった欲が満たされる。爆誕した飼い犬にブランケットを掛けた。 「兄貴みたい」 「お?こんなイケメンなのか。そりゃライバルだな」 「全然似てないけど!」  くすくすと悪戯っぽく笑う彼につられ勘解由小路も童心に帰った。夏の柴犬を思わせる硬いさのある毛をわしわし撫でた。 「なぁなぁ、オレ、真恋愛くんに好きな子いるなら応援するな」 「そうしてやってくれ~。モンスター級のブスだったらどうすべ」 「髪が長く黒くて色が白くて、生徒会長みたいにハキハキしてる子だと思うな」 「ああいうのは意外とケバいギャルが好きなんだよ。目元なんか白塗りでよ」  弟のようなこの家の隣人は耳朶に作られた穴に指を入れようと夢中になっていた。ホールピアスで狭められ、小指の先端も入らない。勘解由小路は擽ったさに身を捩り、望んでいたゴールデンレトリーバーより大きな犬を足で捕まえた。やがてほぼ同時に酔いに任せて眠ってしまった。 ◇  ベッドのスプリングが大きく軋んだ。突拍子もなく圧が掛かった音で、乾いた繊維が摩擦する。 「何…?寝て」  ソファーにいる世良田は露骨に険悪な顔をしてテーブルに缶コーヒーを置いた。全裸の男はダウンライトで薄暗い室内を見回していた。シチュエーションラブホテルだった。 「ああ、いたんですね」 「いたんですね?アンタが呼び出して変態行為に付き合わせたんでしょ!」 「そうでしたね。いいえ、そうではなく、もう帰ったのかと思ったんです」  冬夢湖は全裸のまま婚約者の隣に腰を降ろす。彼女は腰を上げ、テーブルの横に屈んだ。 「アンタみたいな汚らしいのが汚い臓物ぶら下げて座ったんでしょうね!」 「臓物だけで済んだらいいですけれど。ここはラブホテルですから」 「捨てなきゃじゃない……お気に入りなのに…」  恋愛嵐(りあら)は悲哀の声で呟いた。冬夢湖は立ち上がり、冷蔵庫から水を出す。 「こんなところのそんなもの、変なもの入ってるんじゃない?」 「これは俺が持ち込んだものですよ」 「あ、そ!」  ばつの悪そうに恋愛嵐は顔を背けた。ミルクの多いコーヒーの缶を彼女は口元で傾けた。 「あまりこういうところには縁がありませんか」 「縁がどうとか関係ないわ。興味がないの。アンタ等みたいにちんぽまんぽを持て余してる奴等って、人間みんな他人のカラダに興味があるって思ってるんでしょ。気持ち悪い」  冬夢湖は悪態を吐く婚約者を横目に水分を補給する。 「生きづらいでしょう。世の中の大半が汚く見えるんですから。可愛い弟は引き留めておきたくなるのも分かっていただけますか?分かっていただけませんか?分かっていただけませんね、貴方には」 「かくいうアナタが弟に疾しい感情を抱いて性加害しているんだから、あたしには分からないわね。ただ弟に発情してるだけじゃなくて、束縛して行動に移しちゃってるんだもの。変態め!」  彼女は突如語気を強めた。婚約者の情緒は常に天と地を往復している。 「アンタがその弟を、アンタの言う生きづらい苦界に堕としたんですからね!可哀想に!アンタは弟と縁を切るべきだわ!縁を切るべき!切りなさい!ついでにそのちんぽも切り落としなさいよ、ド変態の性犯罪者!」  冬夢湖の口角が持ち上がった。 「殺人はやりましたが、性犯罪はまだしていませんよ。これからもしません。これからも…」 「早く縁を切りなさいよ、アンタが本当に近親相姦の性犯罪者になる前に」 「随分とアナタは俺たち兄弟のことについて口を挟みたがりますね。梢春(すぅ)は俺の弟であって、アナタの弟とは別人です。義弟にはなりますが…アナタの別れた弟ではありません」 「そのとおり!そのとおりよ。でも哀れ。哀れだ……アナタの弟は哀れ!あたしがアンタの弟を誘拐して、アンタの元から引き離したいくらい!」 「愛情を持って接っしてくれるのはありがたいことです。梢春(すぅ)は俺に似ず人懐こいですからね。それによく人に好かれます。だから心配なんですよ。変な女を引っ掛けて、その変な女に暴力を振るわないか。俺たちは暴力男の血を引いていますからね。特に梢春(すぅ)はよく似ています」  床に落ちている清純さの欠片もない下品なウェディングドレスを彼は摘み、ベッドに放る。今日の設定は花嫁とそれを寝取る新郎の元恋人だった。ウェディングドレスの下からシリコンホールで散々に扱かれ、誓いの言葉を口にしながら激しく絶頂して終わった。 「だから白痴にしたの?」 「この子はろくに育たないだろうなと、俺は思ったんです。暴力と性欲は似ています。似ているというのは違うますね。表と裏です」  胡散臭そうな眼差しはただ見ているというだけでなく、監視しているような趣がある。 「嫌な夢をみたんです、今。あの子に悪い虫…それも蛆虫(くそむし)がつく夢です。忌々しい。参っているんです。切り離すだとか、縁を切るだとか、よしてください。泣いてしまいます。飛び降りますよ、どこからでも」 「自己紹介お疲れ様。アナタほどの害悪(くそむし)がありますか。自殺教唆になるから言いませんけどね、要するにそういうことよ、要するに!自殺幇助の罪を犯す前にあたし、退散するわ。危うきに近寄らずよ、まったく」  恋愛嵐は肩を竦め、小さなバッグを肩に掛けると帰ろうとしたが、ドアは開かなかった。 「精算しないと開かないんです。あと2回ほどしたいので、もう少し待ってください」 「アンタは楽しいかも知れないけどこっちは疲れんの」 「そうですか?貴方も愉しんでいるようでしたけれど。ですが安心してください。俺がひとりでするので、座っていてくださいな」 「嫌よ汚らしい」 「では立っていてください」  大きく翻ったシーツを直し、彼はそこに仰向けになった。傍に置かれたディスカウントショップの大きなビニール袋を漁る。恋愛嵐は尻を浮かせてテーブルの横に屈みながらそれを見ていた。「男の買い物をする」という一言で孕んだ意味合いを理解し店前で別れたため、何を買ったのか彼女は知らなかった。大型の電子ポットを購入したときの箱と大きさは近かったが、出てきたのは肉色のシリコンの塊で、女体の下半身を模していた。婚約者は美眉を歪めた。 「何それ」 「俺の梢春(すぅ)です」 「ちんちんないけど、()っちゃったの?」 「そうです。あの子におちんちんなんて(おぞ)ましいものは要らないんですよ」  長く節くれだった指が女体のシリコンの内部に入っていった。 「自分(テメェ)のブツもちょん切らないで、虐待野郎が」  掠れた吐息は、もう話を聞いていないようだった。ローションを垂らし、やがて掻き混ぜる音に変わる。シリコンの塊が美青年の下半身で上下に跳ねた。悲嘆に似た喘ぎが漏れる。婚約者はイヤホンを耳に挿し音楽を聴く。アイドルソングがわずかに音漏れしていた。冬夢湖はまったく雑音も、他者の存在も気にせず腰を振る。弟を抱く妄想ではなく弟の淫事に耽ける姿ばかりが浮かんだ。兄の介在しない場所で乱れ、悶えている。知らない男が、或いは女が、弟を手籠にする。弟は嫌がりながらも目を潤ませ、相手に媚び、可愛がられながら絶頂を迎える。激しい怒りに身体中が発汗し、腰は勢いを増した。強靭な凸がシリコンを貫き、切る習慣を失った爪が偽物の柔肌に傷を付ける。いつもとそう変わらない淫肴に、いつもとあまり違いのない感じ方だった。ローションが先住している襞だらけの奥深くに放精する。 「悍ましいのはアンタよ」  婚約者の呟きに身震いながら蠕動(ぜんどう)する。

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