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第15話

 真城も玄関の外に出て、隣人の来客―おそらく隣人にとっての義理の姉と勘解由小路(かでのこうじ)の話を聞いていた。隣の部屋から情事を思わせる十河の甘たるい声が聞こえたかと思うと、段々悲哀を帯びた絶叫に変わるものだから気が気でなくなった。もしかしたら暴力によって上げていた声を(よこしま)に受け取っていたのかも知れない。激しい不安に陥るのを勘解由小路が見咎めて今に至る。涼しい風に当たっているが身体中が熱い。手摺りを飛び越えてしまいたくなる。しかし高さからいって、望んだ結果は得られそうない。それどころか試す価値もないのは現状が変わることなく、むしろ総合的には悪化するからだ。  息が詰まる。淫らな推察をしたとき、真城は十河を頭の中で陵辱(ファック)してしまった。自分に対する嫌悪と訳の分からない焦りでいっぱいになり、実際に勘解由小路と外に出て隣室を訪ねると、次にやって来るのは十河の安否だ。2つの不安と嫌悪に苛まれ、真城は手摺りを頼りにしていたが、やがて目眩を起こして膝を曲げた。すぐさま勘解由小路が振り向いた。 「れーあん!」  彼はすぐにやってきて腕を掴み、真城を引き上げる。 「ちょっと……大丈夫?」  玄関ドアを控えめに開いていただけだった十河の義姉もやって来る。 「驚いちまったんだな。へへ、すんません。もしあれでしたら、そちらのガキ、見舞いに来るよう言ってくださいや。手ぶらでいいんで、全然」 「いい……!」  腹の辺りがひりつくようで生唾が止まらない。頭痛はないけれど酒を飲み過ぎた時のような不快感がある。喋ると涎を垂らしそうだ。 「(すぅ)にはちゃんと言っておく」  髪としての柔らかさはあれども針金みたいに真っ直ぐに整えられ梳かされた毛や、綺麗に傷みの見当たらない薄手のニット、特注としか思えないほど細いジーンズパンツは質が良さそうで、洒落ている。建前上は禁欲、質素を善とする検証学会の会員の関係者としてひどく不釣り合いだった。 「結構です。いつものことですから」 「おいおい、れーあん……すんません。ちょっとこいつ、ナイーブなんです。神経質っつーか」 「そう。うるさくしてごめんなさい」  低い声で無愛想に彼女は謝った。 「じゃ!そゆことで~」  勘解由小路に支えられ、2歩もせず辿り着く自宅に帰った。玄関に座らされる。 「最低だ……」 「何が」 「なんでもない」 「ありゃ完全にヤってる声だったぞな。あの姉ちゃんに事後のカンジなかったし、相手、あの姉ちゃんじゃないとか?浮気だな、浮気」  真城はぐしゃりと自分の前髪を掴んで引っ張った。犯したくないはずが、十河の肉体を犯してしまう。頭の中で辱める。日に焼けて引き締まった筋肉質な隣人、高校時代から恋焦がれ想いを寄せて身を擦り減らそうにも擦れなかった相手の密事を事細かく描像してしまう。身の毛がよだつ漠然とした恐怖に寒くなった。 「れーあん」  額に爪を立てる手を剥がされた。顔を覗き込まれる。 「だめだ、俺は……もうダメだ。もう……」  掴まれた腕を引くが勘解由小路は放さない。 「ダメじゃねーよ、タコ」  溜息を吐きながら彼は真城を抱き竦め、立ち上がらせようとする。真城は中肉中背か、あるいは痩せ型だったが身長が高い。そういう相手を持ち上げるのに勘解由小路はいくらか労した。 「怖い……仔牛郎。帰ってくれ。今日はもう……」 「ヤだよ。また焼肉する気だろ。真城焼きするんだろ?(おい)ちゃんのコトなんか微塵も考えねークセに、謝る気なんだ。なぁ、れーあん。俺ちゃんはれーあんのケツの毛の本数まで知ってんだぜ。俺ちゃん、絶対帰んねーかんな」  真城は相手が腐れ縁の憎まれ口ばかり叩く宗教上の身内であることも気にせず、しがみつき、項垂れていた。水辺に漂う泡を掬うような、そういう脆さがある。 「浮気されてるくさい俺ちゃんのことも、ちっとは気にしてくれよな。別に気にしちゃいないケドよ」  深い落胆を示す家主は教えに依る同志の肩を躊躇いがちに触った。 「そうだった。俺より、仔牛郎のほうが……」 「やめやめ!お前そのうち、恵まれない国のガキ共より~とか、一夏しか生きられないセミより~とか、半日で死ぬカゲロウより~とか言い出すんじゃないだろうな。俺ちゃん、ただホモセックスした疑惑の責任果たしてるだけだかんな?別にあのガキが他に好きな女いて、付き合いたい~言ってるなら、ンなもんいつでもバイバイよ、バイバイ。おっぱいぱい」  隣人を軽んじ、ふざけたことを言う相手に真城はふいと顔を逸らした。 「あ~!もう面倒臭ぇな!」  抱き留められながら狭い寝室に運ばれていく。ベッドに押し付けるように一応の同志は真城の額に手を添えた。体重が掛かっている。後頭部が枕に沈む。八つ当たりをしているに違いない。 「お前のほうがつらいのに、すまない」  隣人のことが頭にちらつくが、今は不安よりもすぐ傍の昔馴染みのことを慮らずにいられなかった。 「別に何もつらくねーケド?」 「浮気されたら、誰でもつらいだろう……」  この剽軽者の恋人、つまり十河が浮気をするような人だったということは真城も信じたくなかった。安堵を求めまだ疑ってすらいる。 「そりゃ社会通念だな。記号化された世間だよ。第一、俺ちゃんも浮気してるみたいなもんだから」  額にあった掌が剥がれたかと思うと小石みたいなシルバーリングの嵌る指の背で軽く(はた)かれる。 「十河のこと、悲しませたのか」 「あのガキ公認みたいなもんさな。とんだメンヘラカノジョでよ。むしろそっち本命?」 「十河のことは、どうでもいいのか」 「しょーがねーだろ。目ぇ離すとす~ぐリスカ紛いのことすんだから」  彼は大袈裟に溜息を吐いた。 「ほんっと、れーあんは隣のガキ好きだよな」  真城は息を忘れた。 「違う!」  歯が自身の唇を噛み千切った。血が流れていくと、勘解由小路の三白眼がさらに大きくなる。 「違う!そんなわけないっ!」 「はぁ?じゃあそうなんじゃね。そんなワケねぇわな。なんなんだ?」  勘解由小路は血によって潤った唇をベッドサイドにあるティッシュで拭おうとするが、真城はそれを拒絶した。 「ガキかよ」 「俺は十河を好いてなんかない」 「分かってるよ。あのガキ、チビだしブラコンだし童貞臭そうだし皮被ってそうでチンポ臭そうだもんな。ゴムアレルギーとか言い出して中出しキメだがるクソ野郎タイプの良いトコ無しっぽいもん。ンで、いざパコりますってなったら、赤ちゃんプレイとか強要するんだろうぜ。惚れる要素がねぇわ。あんなんを好きになるやつは一生現れそうにねぇんだから、そりゃ一気に何人もと浮気しなきゃムリだわ。あんなんで浮気する相手もいるんじゃ金持ちなんか?金持ちじゃなきゃ他に好きになる要素が見つからねぇもん。え?れーあんを、あんなんが好きな変態物好きマニアみたいな扱いして悪かったよ」  ぶるぶる振動している真城を見つめ、勘解由小路はいくらか苦笑を浮かべて演説した。言葉が途切れると彼の顔面には殴打が飛んだ。不自然な黒髪が壁に激突する。 「って、」  殴られた側よりも殴った側が己の凶行に驚いていた。教えに反している。拳に残る人を殴った感触が彼を蝕む。素直に謝れない。 「十河を悪く、言うな………」  ぼんやりと呟くように言うことしかできなかった。 「わぁるかったよ」  それでいて殴られた相手は簡単に素直に謝ってしまう。真城は呆然と口内に残る血の味を感じていた。気拙い空間にインターホンが鳴り響く。家主として出なければならない。訪問者は隣人だった。眠そうなとろんとした目をしていたが、顔を見せた瞬間に破顔する。 「お義姉ちゃんから聞いてきたんだけど、真城くん、具合悪いの?大丈夫?」 「大丈夫だ。心配かけてすまなかったな」  ドアの隙間が後ろからさらに開けられる。 「俺ちゃん帰るから、れーあんの看病頼むわ」 「う、うん。分かった」  勘解由小路は家主のほうも訪問者のほうもちらとも見ずに帰っていった。 「ケンカしたの?」  隣人は勘解由小路を目で追った。 「いいや……いや、俺が殴った」 「えっ!真城くんが?なんで……」 「……俺たちの問題だ」 「そ、そっか!そうだよな。首突っ込もうとしてゴメン」  媚びたように、しかし颯爽と詫びることができるところが少し羨ましい。真城は流れのように特に考えもなく、来訪者を中に促した。ファストフード店の品物の匂いが冷めて混じって漂っている。キャンペーン中の5倍増しとかいうフライドポテトスティックを懸念のとおり勘解由小路は残し、明日の朝にグラタンにする約束をしていたのだが叶えられそうにない。 「俺は本当に平気だ。仔牛郎が少し大袈裟なんだ」  リビングに通し、キッチンテーブルの上を片付ける。期間限定で3割増しのスナックチキンも残っている。隣人は食いたいのか呆れているのか、それを見下ろしていた。 「食べたかったら温めるが」 「う、ううん。それより真城くんのコトだろ。真城くん、昔から、ちょっと自分に厳しいよ」 「そんなことはない。お義姉さんが来ていたんだろう?」  油だの塩だの水滴だので汚れたテーブルを拭き、十河を椅子に勧める。彼はちょこんとそこに座り、真城はその姿に言いようのない胸の締め付けを感じた。 「うん。でも兄貴とデートあるからって帰ったし、気にしないで。オレもちょっと寂しかったんだ」  勘解由小路とは異なる戯けた笑みで、それがまた真城の自信に(きず)を付ける。 「だから精一杯、看病する!コーシローくんにも頼まれたし、オレ、頑張るよ」  恋人のいる身で浮気をしている疑いがある。義姉がそこにいるにも関わらず事に及ぶとなるとそうとう深い関係に違いない。 「十河」 「うん?」  何か頼まれるのかと彼の大きな目が照り輝く。 「仔牛郎と、付き合っているんだろう?」 「ん~、うん」 「それなら……その…………浮気は良くない」  相手はきょとんとした。訳が分からないという有様で、それは誤魔化そうとしているのなら上手かった。真城は無条件に信じようとしたが、声を聞いていて、実際に交際相手が浮気を疑っていた。勘解由小路はその道に詳しい。隣から聞こえた飼い猫の甘えたような声が暴力によるものではないと判じたことを真城は簡単に信じ込んでいる。あれは暴力ではなく、情事だ。そしてそうする真っ当な相手は真城と共にいるのだから浮気を疑う。 「オレ、浮気なんかしてないよ?」  突然の言いがかりに気分を害した様子はなかった。真城からみて可憐としかいいようのない子犬みたいな顔で淡々と否定する。真城はその砂糖でよく煮詰めた果物のような瞳を見澄ます。十河は怒ったりはしなかったが少しずつ唇を尖らせ、それにつれ表情も曇っていく。 「なんで……?」 「違うなら、いいんだ。いきなりおかしなことを言ってすまなかった。いきなり……こんな、酷いことを訊いたりして……」 「分かってくれたならいいよ」  するとあの声はどういうことになるのだろう。真城に残された他の可能性は暴力だった。 「お義姉さんは、十河に良くしてくれるのか?」  顔や首、膝下に怪我や痣はない。しかし虐待然り、そういうものは見えないところにするものだ。 「うん。ご飯食べさせてくれるし、あっちこっち連れて行ってくれるよ!なんで?」 「いや……特に意味はない。どうなのかと思って……」  デリケートな問題に踏み入っていいのか分からなかった。隣人だから得たものを友人関係に持ち込んでいいものか。十河の顔色を見つめる。彼もへらへらと見つめ返していたが、やがてハッとした。真城もびくりと驚く。 「オレのコトなんていいの!真城くん、早く寝たほうがいいよ。何からしたらいい?お風呂沸かすの?」 「俺は平気だ。熱もない」 「熱計ったの?」  真城は黙った。視線を落とす。十河はひょいと椅子から立つと彼の前に回り、遠慮もなく額に触れた。もにもにとした掌にたじろぐ。隣人の体温が伝わる。 「十河……」 「熱くはないケド……」  見上げられ、覗き込まれ、見つめられる。まともに構われたことのない体内の血が滾った。暴走しなければこの肉体の持ち主は灯ったくせ燃えることを許さず、腹奥の燻りを消すこともしないのだから、自制の外から爆ぜるしかない。局所的な灼熱を覚え、真城は額に触れた手を剥がす。思考がぼやける。後先も考えられなくなりそうだ。日焼けした張りのある肌に猛烈な飢えを感じる。すでに腕を掴んでいる。放さなければならないと思いながら放したくない。 「真城くん、たまにオレといると、ツラそうなカオ、するよな。体調悪いのにゴメン。オレ、もしかして結構ウザいかも?」  捕まえていた彼の腕が引き抜かれた。 「こういう時は寝るのが一番だもんな!オレ、うるさくしないでさっさと帰るよ!そのほうが真城くんも気 使わないで済むもんな。ゴメン、ゴメン」  何か言わなければならなかったが、浮かんだ言葉はどれも言い訳と化してしまう。結局タイミングを逃し、十河に軽く背中を叩かれた。相手はいつものとおり笑っていて、そこに落ち込んでいる様子はない。怒った気配も感じられない。よく見知っている人懐こく無邪気に緩んだ、少し愚鈍さも帯びた笑みだ。 「見送らなくてダイジョーブだから、ここでね。おやすみ!なんかあったら壁叩いて教えて!」  真城は突っ立っているだけだった。玄関扉の閉まる音がした。冷蔵庫が小さく機械として唸っている。  十河を傷付けた!  十河を傷付けた!  十河を傷付けた!  主にどう傷付けたのか、どこにそれを感じたのか真城自身にもはっきりとしていない。だが彼の中では事実としてその胸を圧迫した。彼の中で隣人は大いに傷付き、そのすべての元凶は己にあると信じてしまった。決まりきってしまえば、どのような自問自答も誤魔化しでしかない。気休めにもならない。傷付いたなら、傷付けた者を避けるのは当然だ。強く胸の中で何かが膨張を続けながらも、別のところで安堵している。隣人の腕を掴んだとき迷いがあった。その迷いはほとんど迷いといえるほど割れた選択ではなかったが、しかし微かなりとも邪な選択肢を見ていた。苦しさに一度、嘔吐(えづ)いてしまう。しかし内容物は伴わない。まだ痛みとして捉えられなかったが頭も重い。誰に従うでもないが本当に寝たほうがいい。彼は片付けもせず寝室によろよろと向かっていった。生きた屍のような足取りで、気絶したようにベッドへ崩れ落ちる。 ◇  椀を伏せたような丸みを描いた腹に恋愛嵐(りあら)は拳を沈める。自分を妊婦だと騙る男の顔がコケティッシュに歪んだ。自分を襲う女に対して媚びを売った眼差しを向ける。長い睫毛は上に反り、目玉はコンタクトレンズで黒目を強調している。ベッドサイドのライトがよく潤む双眸を哀れっぽくさせる。嘔吐してでも腹を殴り蹴り、痛めつけてくれという要望に女は応えようとしていた。この妊婦を騙る男はストーカーに孕まされ、鬼を産みそうなのだと言う。サイズの大きなマタニティウェアから伸びた脚は恋愛嵐に絡む。それは彼女に対する欲からではなく、この遊びの相手となっては逃げることを許さないためだ。妊婦を騙る男の詰め物で膨れた腹を甚振れるのであれば、彼の弟以外誰でもいいというのだ。首相であろうと、死刑囚であろうと、ヤクザであろうと構わないらしい。恋愛嵐は弟ではない。つまり彼女でもいい。そして一度選んだからには、この妊婦役に徹する男は放さないつもりなのだ。それは彼の脚だけでなく、腹を押す女の手首を掴み、詰め物を押させている点にも現れている。冬夢湖(ふゆみ)から見て、今日の婚約者の情緒は安定していた。落差がないのだ。一定して落胆している。憔悴している。ファウンデーションやチーク、リップカラーの下で、その素顔は青褪めている。しかしその原因は、恋人とも婚約者ともいえない物狂いの変態行為に付き合わされているからではない。冬夢湖は彼女の普段との違いを察していながら気遣いも見せず、むしろ甘えた。 「ぁああ……お腹ズキズキする…………!赤ちゃん産んじゃうよぉ……っ」  可憐な声を作って考えごとをしている婚約者の鋭利な印象のある面構えを見上げた。妊婦には必要のない陰部が詰め物に隠れ、マタニティウェアを押し上げている。 「赤ちゃん産んじゃう、赤ちゃん出る、赤ちゃん出るぅ…………っ!」  人工的な長い髪が鮮やかなピンク色のリップカラーで彩られた唇に一房噛まれる。 「出産イきしていい?淫乱ママ、赤ちゃんバイブでイっていい?」  腰を揺らす。アダルトヴィーディオで観てきた女優に倣った仕草だった。腹を押すことを強いられている恋愛嵐の目は冷え冷えと冬夢湖のコンタクトレンズで虫のように大きくなった瞳を見下ろした。冬夢湖は持ったこともない器官を感じた。ストーカーに挿入され、抽送され、身籠らされた子壺を下腹部に抱いた気がした。弟の萌動(ほうどう)を感じる。人の自由を抹殺し、蹂躙し、冒涜するような男の種でなければ、そしてそういうオスを求める愚鈍な母親(メス)でなければ弟は産まれないのだ。弟を孕んだのだ。弟が腹にいる。弟の肉体を受精卵(モノ)にした。冬夢湖は妄想によって脚の間を疼かせる。触らず放置されているそれはワンピース型の布の中で、すでに隙もないほど尖っている。冬夢湖にとっての膣が疼いている。手淫を待ち侘びているくせ、持主は一向に構う気配がない。 「赤ちゃん出ちゃうっ、赤ちゃん産んじゃうよぉ、!恥ずかしい出産まんこ見ないでッ!出産アクメするぅ!」  冬夢湖の妄想に馳せた箇所はぱっくりと開き、ゆっくりと胎児を出す。毛の生えたダチョウの卵をイメージしながら、彼はストーカーに陵辱された孔から弟を産んだ。悦びが突き抜ける。作った声、作った表情のまま、冬夢湖は射精した。恋愛嵐はそれを真上で見ておきながら顔色ひとつ変えなかった。女の膣内絶頂による痙攣を模倣した彼がマタニティウェアの中で産んだのは白い飛沫だ。息切れと、弛緩。閉じた目蓋は増やされた睫毛が重そうだった。 「母乳出ちゃった……」  冬夢湖はまだ妊婦になりきった。恋愛嵐を押し倒し、彼女の華奢な腰に乗ったかと思うとマタニティウェアの裾を捲り上げた。詰め物が落ち、その中に包まれていたソフトビニールの人形がシーツにぼとりと落ちた。 「双子ちゃん。嵐愛恋(あられ)夏月湖(なつみ)」  騎乗位の体勢になって下にされた婚約者は外方を向いた。冬夢湖は子を産んだばかりの仮想の膣に配偶者の存在しない屹立を迎え挿れた。そして彼の手に握られているシリコンホールもまた、今度は実在する下腹部の突出器官を受け挿れる。一心不乱に扱いた。 「3人目孕ませて!受精アクメするのっ」  ローションを使っていないくせシリコンホールからはぐちゃぐちゃと粘着質な水音がたつ。 「赤ちゃん袋とっても悦んでるッ!」  媚びたような鼻にかかる声を作り喚き散らした。隣の部屋が使用中か否かは分からなかったが、あまりしっかりしたラブホテルではなかった。音漏れしていることだろう。恋愛嵐は自分の腰の辺りで跳ねるマタニティウェアを着て栗色の巻髪を揺らす男をまったく視界から外していた。 「イく、イく……っイくぅッ!」  シリコンホールが貫かれて破れるほど冬夢湖は力強く膣棒を挿入した。背筋を反らし、彼は天井と向き合う。ローションの音なのか、穢れの射出液なのかも分からない。自分よりも華奢な体格の女に跨ったまま肉体が徐々に冷えていくのを待っている。そして吐息が終わりを告げた。 「世良田さん。どうしました。今日はいつもの元気がないようだ」  冬夢湖はあっさりと彼女の上から退くとロングヘアのウィッグをベッドの余白に放った。 「アンタが元気過ぎるんじゃない」  ()し掛かる変質者が消え、恋愛嵐はひょいと起き上がった。 「昼間はどちらに居たんです」 「家にいたの、GPSで知ってるでしょ」 「働かず外にも出ず引きこもっていたんですね」  マタニティウェアを脱ぎ捨てるとすぐに全裸だった。後の妻にすり女の前で隠すものはないらしい。恥じらいもなく均整のとれた裸体を晒す。 「嘘が下手なのは配偶者として結構なことです」 ――梢春(すぅ)は貴方の義弟(むすこ)でもあるんですから、弟さんのことは忘れていただいて。  冬夢湖は彼女のほうを一度も見ずにバスルームに吸い込まれていく。

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