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第一章・4
翌日の10時きっかりに、客人は安藤邸を訪れていた。
会見は、応接室。
そして智弘は、その男とある取引を行った。
「では、七浦(ななうら)さまから、この安藤邸に支援を行っていただける、ということで」
「約束は守ります。この文化遺産の邸宅が、朽ちていくのは惜しい」
ありがとうございます、と智貴はホッと息を吐いた。
それなりの資産があり、事業もしている安藤家だが、どんなにがんばっても足を引っ張るのが、この愛すべき邸宅なのだ。
一部を解放して見学できるようにし、入館料を維持費に当ててはいるが到底足りはしない。
そこへ、その維持費を支援する、と言ってきた男がいる。
七浦 芳樹(ななうら よしき)だ。
智貴は彼と、さる著名人のパーティーで同席したが、その際に住まいの話になった。
「私の実家は日本邸宅ですが、なんとも不便でいけません。もっぱら自分はマンション住まいで仕事をしていますよ」
「七浦さまと言えば、あの明治時代から続く旧七浦住宅ですか? 重要文化財の?」
「祖先が建てたものです。別に、私の手柄じゃない」
それでも両親がやたらと執着するので、手放したり解いたりしないでああやって置いているのだ、と芳樹は苦笑いした。
そして智貴が、その両親と同じく古い建物を愛する人間と知ると、支援の話を持ち出してきた。
初対面の男の話に飛びつくのは、やや不安でもあったが、願っても無い。
智貴は、喜んで支援を受けることにした。
「では、ここにサインを。これで契約完了です」
「本当に、ありがとうございます。七浦さん」
「何かあられましたら、弁護士を通してください。何もないことを願いますよ」
智貴は、肩が軽くなった心地がした。
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