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第一章・5

 重要書類は漆塗りの箱に収め、智貴はベルを鳴らした。  ちょうど時刻も11時頃だ。  隣室で控えている、青葉を呼んだ。  青葉は、ワゴンに茶器を乗せて、静かに部屋へ入って来た。 「失礼いたします」  彼がお茶の準備を整える間、智貴は芳樹に話しかけた。 「七浦さんは、美術品がお好きだと先だってお聞きしましたが。安藤家に伝わるもので、何か気に入った品はあられませんか」 「どういう意味です?」 「今回の支援のお礼といっては何ですが、お贈りさせていただきたい、と」 「安藤コレクションの一部をいただけると? それは素敵だ」  そこで、芳樹は奇妙な感覚を覚えた。  芳しいコーヒーの香りに包まれた、力強い匂い。  それらが相まって、応接室の空気がかつて味わったことのないハーモニーを奏でている。  見ると、お茶の用意をしている少年が、コーヒーと紅茶を同時に淹れているではないか。 「どうぞ、ブルー・マウンテンです」 「ありがとう」 「智貴さまには、ピュアダージリンです」 「うん」  一歩下がって二人の男を見ていた青葉だが、そのうちの片方、芳樹がこちらをじっと見つめてくることに気が付いた。  上から下まで、まるで観察されるような視線だ。  切れ長の鋭いまなざしで見られると、身がすくむ思いだった。  助けを求めるように青葉は智貴を見たが、彼は紅茶に気を取られている。

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