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第五章・6

 廊下でわあわあ言っている芳樹をよそに、義人はひそひそと青葉にささやいた。 「ああ見えて芳樹は、小さい頃から私には従順でね」 「……」  口を塞がれては、青葉は返事ができない。  義人の真意が解らずに、ただ身を固くしていた。 「今回も諦めて、あのまま時が過ぎるのを待つか。はたまた、君を助けるために乗り込んでくるのか」  父親としては、実に興味がある、と喉で笑った。 「そろそろ父を乗り越えていって欲しい、というのが私の本音だが……」  そこまでで、本当に襖を蹴破り芳樹が殴り込んできた。 「いくらお父様とはいえ、許しませんよ!」 「おいおい、襖を破るとはなんだ」 「弁償しますよ! 青葉から、離れてください!」  父から青葉を引きはがし、芳樹はそそくさと玄関へ向かった。 「芳樹さん、話しはまだ終わってはいませんよ!」 「お母様、また改めて伺います!」  青葉を半ば抱えるようにして、芳樹は駐車場へ走った。  マスタングに乗り、ようやく人心地ついた二人は、顔を見合せ大きく息を吐いた。 「青葉、すまない。まさか、ここまでひどい展開になるとは思ってなかった」 「いいえ。お父様の真意を、お伝えします」  そこで青葉は、義人が青葉にひそひそと囁いていた『父の思い』を説明した。 「お父様は、芳樹さんが僕を助けに来てくれたことを、嬉しく思ってらっしゃるんです」 「そうか? ホントか? だといいが……」  それからの芳樹は、車を走らせながらあまり話さなかった。  青葉は疲れて、助手席でうとうとしていた。  芳樹はその寝顔を、愛おしそうに眺めていた。  心から愛おしく、見ていた。

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