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第十章・5
背後からすっぽりと芳樹に抱かれ、チタン製のマグカップでコーヒーを飲みながら、青葉は鼻を赤くしていた。
「アウトドアショップで買えばよかったのに」
「反省してます……」
それでも芳樹は優しく、青葉を抱いたまま焚火の番をする。
火を絶やさないよう、薪をくべる。
焚火の香りとコーヒーの香りが相まって、心までほかほか温まって来る。
温かいスープと、柔らかいパン。そして焚火で焼いたソーセージ。
それだけが夕食だったが、青葉は決して粗食とは思わなかった。
どんな御馳走にも負けない、素敵な晩餐だった。
「芳樹さん、お仕事はお忙しいですか?」
「何? 突然」
「お体が、心配です。時々、お持ち帰りでお仕事されてるでしょう」
「私がいつまでも会社にいると、社員が残業しちゃうからね」
だから、とできるだけ定時で帰宅するようにしている芳樹だが、青葉の言う通りマンションで遅くまで仕事をしている。
「こないだ、僕が眠った後に、こっそりベッドを抜け出して書斎に行かれたでしょう」
「あ、バレてた?」
あまり頑張り過ぎないでください、と青葉は芳樹の腕をぎゅうと掴んだ。
青葉の体を抱く芳樹の腕に、しがみついた。
「心配かけてすまない。あまり無茶はしないようにするよ」
後は、二人黙って焚火を見つめた。
優しいオレンジ色の炎の揺らめく様を、見ていた。
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