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第十八章 スウィート・バレンタイン

 マンションのドアを開けた途端に、甘い香りが芳樹の鼻をくすぐった。 「まさか、青葉のやつ」  急いでキッチンへ行くと、出来立てのチョコレートケーキが目に入って来た。 「青葉。熱があるのに、ケーキなんか」  ちゃんと寝てなさい、という芳樹の唇に、青葉は指にすくったチョコレートクリームを素早く塗った。 「むぐ!」 「だって、今日はバレンタインデーですよ? じっとなんかしてられません」  お食事も、ちゃんと用意しました、とテーブルの上には華やかなディナーの準備が整っている。 「それより、その段ボール箱はなんですか?」 「ああ、これか?」  芳樹は床に置いた段ボールを、足先で小突いた。 「バレンタインデーのチョコだ。うちの社では、義理チョコ禁止にしてあるのに、私にくれる分からず屋が何人かいる」 「何人か、って……」  箱には、何十人分ものチョコレートがひしめいている。  そしてそれらは、決して義理ではないのだろう。 「芳樹さん、モテるんですね」 「こら、大人をからかうな」  お返しを3月14日に渡さなければならないので、仕方なくこうやって自宅に運んだのだ。 「私は、青葉のチョコさえもらえれば、それで充分」 「芳樹さん」  青葉は背伸びして、芳樹にキスをした。  チョコレートクリームの味のする、キスだった。

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