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第3話
平穏な時間は、あっという間に過ぎていった。
やれ来夢が僕の妹が高校生になって順調にいい女になってきただの言い出して、僕は来夢の頭をひっ叩いたり、中学生までは手を出さない、などととよく分からない熱弁を聞き流していたとき――
僕と来夢のスマートフォンが、同時に鳴り出した。
「うおっ、こんなこともあるんだね」
「グループチャットかねぇ? 部活で何か連絡でもあったかな」
お互いの画面を見せるようにして、通知欄を開く。それを見た瞬間、来夢は息をのんだ。
アドレス不定のメールが同時に届いている。件名は『アカガミ』。見るからに気味が悪い。
「駄目だ風雅! 絶対にメールを開くな。今なら間に合うかもしれない」
「えっ、何で……」
「何が何でもだ!」
ここまで強く言われると、理由はわからずとも従うしかなかった。
通知を削除し、画面から目を離したとき、異変に気づく。
夜の住宅街は見る影もなく、周囲は暗闇に包まれた。
「遅かったか……」
来夢が落胆しているのを見て、僕達が体験していることはとんでもないことなのではないか、と自覚する。
「来夢、どういうことだよこれ……」
恐る恐る僕は来夢に問いかけた。来夢は僕の目を見て、強くゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ここは、VRゲームの中だ。『アバター・サバイバル』という、悪趣味なゲームだよ」
「そんな……僕ゲームだなんてインストールした覚えないのに」
スマホを見てみろ、と来夢が静かに言った。震える手でホーム画面を開くと、勝手にアバター・サバイバルがインストールされている。
「な、何で……!」
「さっきのメールあったろ。『アカガミ』っていうの。あれはゲームの招待状さ。それが届いた者は強制的にゲームに参加させられる。てっきりメールを読まなければプレイしなくても済むって思っていたけど、早計だったな」
来夢はがっくりと地べたに座った。やけにゲームに詳しい。
「もしかして、来夢はこのゲームをプレイしたことがある?」
こっくりと頷いた。
「私がしばらく失踪して、今もうちの両親が行方不明なのはこのゲームのせいだ……うちの家族は、みんなあのメールが届いた」
「このゲームって、どういう内容なの……」
「一言で言うなら、殺し合いだ。最後のひとりになったらゲームクリア。現実世界に戻ることができる。殺された者は、失踪者扱いになる」
デジャブだ。久方達が噂していた話と似ている。
――神隠し事件が起こるゲームがある。
もしかしたら、このゲームのことかもしれない。いいや、絶対にそうだ。ゲームで人が消えるのが沢山あってたまるか。
「詳しいルールは近いうちにメールで説明があると思う。今は慎重に行動してくれ。絶対に死ぬなよ」
「わかった……」
ひとつ、気がついたことがある。来夢はかつてのプレイヤーであるのにも関わらず、さっきまで現実世界で過ごしていた。
――来夢、最後のひとりまで生き残ったのか。
――来夢は、人を殺したことがあるのか。
当然、怖くて聞けなかったし、今ここにいるということは、つまりそういうことなんだということがわかった。
そりゃあ、人に言える訳がないよな。来夢が失踪したときのことを一言も言わなかったのも、そういうことなんだろう。
去年からずっと、隠し事をしていたのか。僕は、そんな来夢の支えになれていたのだろうか。自信はなかった。ただ、ひとりで抱え続けた来夢の事実が悲しかった。
「このままじゃ暗すぎて、何があるのかわからないから危険だな……ちょっと待ってろ、フィールドを変える」
と言いながら来夢はスマホをいじる。しばらくして、辺りはいつもの住宅街に戻った。
「別の次元だけど、私達がいたところとリンクさせてみた。現実世界の人間とはコンタクトがとれないが、少しは安心感があるだろう」
「確かに落ち着くけど……普通の人とプレイヤーの区別がつかないんじゃ」
「それは大丈夫だ。私の横に赤いバーがあるだろ」
そう言って来夢は指を指した。その先には確かに赤い棒がある。
「これは私の体力ゲージだ。ゼロになるとゲームオーバーになる。もちろん、風雅の横にも付いているよ」
ちらり、と左隣を見た。本当だ。赤いのが固定して浮いている。
「これが付いている人は、ゲームの参加者だ。一発でわかるから、これがある人には無闇に近づくなよ」
「それじゃあ来夢も危ないんじゃない?」
「大丈夫さ。私は風雅の味方だよ。必ずね」
来夢は腰に手を当て、にっかりと笑って見せた。思わず僕も笑みを浮かべていた。不思議と来夢がそばにいると、安心できた。
これでもしひとりで参加していたら、ずっと怯えていただろう。彼女には悪いが、来夢が参加者で良かった。
「じゃ、ここで留まっていても危険だし、ちょっと歩くぞ。安全そうな場所を探す。誰かが家から外に出たときに入ってしまおう」
「いや、それ不法侵入だから」
「どうせ家の人には私達の姿が見えていないさ。問題ない」
それもそうか、と納得する。
しばらく歩いて、少し距離のある家に背の高い人が外出する様子がみえた。
「ああ惜しい。もう少し近ければ入れたのに」
悔しがる来夢に相づちをうちながら、外に出た人を観察する。
……なんか妙だ。
ウィーン、ウィーンと機械音がした。その人から発せられている気がする。来夢も異常に気づいたようで、僕に伏せるよう命令した。
その人はドアを閉めることもせず、奥へと消えていく。完全に姿が見えなくなってから、来夢は静かに立ち上がった。
「あの家に行ってみよう」
来夢の口から飛び出した言葉に動揺する。
「そんな、危ない予感がするんだけど」
「確かにリスクはある。でもあそこに何も無かったら良いシェルターになるからな。ステージを変えても、建物の中は建物として設定されているんだ」
来夢はスマホを触り、右手に何かを出現させた。それはどう見てもクロスボウだ。
「あんたもアプリで武器を取り出してみな。プレイヤーには必ずひとつ武器が支給されるようになっている」
恐怖心に苛まれつつ、来夢に教わりながらアプリで武器を取り出してみる。
「いや、これはちょっと……」
「とんだ大はずれか……」
僕の武器は、ただのフルーツナイフだった。来夢のクロスボウに比べると、圧倒的に殺傷力に欠ける。
「風雅、絶対に戦おうとするなよ。出来ればずっと逃げ回ってな。そうしておけば、そのうちゲームクリアできるかもしれない」
いや、もしそうなっても来夢は傍にいないじゃないか――。
そう言いそうになったが、口を閉じた。来夢は、それを覚悟した上で僕の隣にいるのだろう。彼女の決意に口を挟むつもりはない。
「じゃあ、あの家に入るぞ。いいね」
頷く。家は目の前に迫っていた。ちらりと表札を見ると、『弓束』と書かれていた。
あんな珍しい名字、あの人しかいないんじゃないのか。
嫌な予感を持ちつつも、慎重に家の中に入っていった。ドアを閉めて異常性に気づく。
変な臭いがした。つんとくる、形容しがたい臭いだ。嗅いでいるだけで不快になるような。来夢は顔をしかめて口を開く。
「多分、ここで誰かが殺された。死体を見る覚悟だけはしてほしい」
固唾を飲んだ。改めて、このゲームでリアルな殺し合いが起きていることに自覚する。
慎重に奥へ進み、リビングにたどり着いた。臭いがきつい。ここに誰かの死体があると、はっきり気がついた。
こんな状況だというのに、リビングには明かりが灯っていてテレビが流れている。中年くらいの女の人が電話をかけていた。焦燥しているようだ。テーブルには温かそうなカレーが置いてあり、アンバランスな光景が異様だった。
「……ステージを変えるよ。待ってな」
来夢はまたスマホをいじって周囲の景色を変えた。白くて床に四角が敷き詰められたような空間が目の前に広がる。
家具などの余計な障害物が減ったおかげで、辺りの状況がよく見えた。
――部屋の中央で倒れている、血まみれの人も良く見えてしまった。
まさか。この人もしかして。同じ学校の制服で、染めたような明るい髪色をしていて、背が高くて……。
「弓束君……?」
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