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第5話
しばらく、沈黙が続いていた。
いつの間にか来夢はステージを変えていたみたいだ。コテージの一室のようになっている。ベッドがふたつ備え付けてあった。
来夢はくたびれたように、その場で気だるそうに足を投げ出している。僕は横たわる弓束君をただただ見守っていた。夕方に話した弓束君と今の弓束君が本当に同一人物なのか、未だに実感できずにいる。
僕の掃除を手伝ってくれた。その前だって、ノート提出も末永の代わりに手伝ってくれた。今日の出来事なのに、遠い過去のように感じる。
僕にとっては近づきがたい氏家君、新道君とよく一緒にいて。この前は、カラオケの採点を上げる方法について話していた気がする。僕の名前が出てきたから覚えていた。あれだけ歌が上手かったら何点取れるんだろう、とか言ってて恥ずかしかったけど、僕も会話に交じりたかった。褒められたみたいで嬉しかったから。
――今日、掃除を手伝ってくれたとき、死んだら好きな奴に告白できなかったら後悔するって言ってたな。弓束君、ゲームオーバーしちゃったら告白できないんだな。
僕の知っている弓束君を頭の中で反復していると、いつの間にか涙がボロボロ零れ落ちていた。
辛い。疲れた。それ以外の言葉は何も思い浮かばない。目の前に弓束君がいるというのに、夕方に話していた頃の弓束君に会いたくなった。
「泣くな……泣くな……」
相変わらず目線は合わないが、弓束君は僕に対して言葉を繰り返した。泣くなって言われても、僕は君を想って泣いているんだ。
弓束君は、ゆっくりと上体を起こし僕の頭を抱き寄せる。さっきから彼の行動が読めない。言葉を上手く発せなくなった代わりに、行動で言葉を伝えようとしているのだろうか。
「好き……好き……」
今、何て言ったんだ。
思わず聞き返しそうになったが、はっきりと耳に聞こえてしまった。思わず涙が引っ込む。助けを求めようと来夢を見たが、彼女は口元に手を当ててそわそわしていた。来夢もそう聞こえたんだ。
「僕のこと、好きなの……?」
「好き……好き……」
「そ、そんな、急に言われても」
こんな状態の弓束君に言われても、僕は困るしかなかった。僕に優しくしてくれてたのは、好きだったから? どうして僕が好きなんだ? 告白したい人って、僕のことだったのか。――疑問符が浮かんでは消えていく。今の弓束君がまともに答えられる気がしなかった。
「あのさ、風雅。弓束王子と本当に付き合っている関係じゃないんだよな」
「うん。ただのクラスメイト」
「あの雁翼フィーバーに王子も引っかかってしまったのか……」
しみじみと言い出す来夢に、思わず吹き出してしまった。
「だから、雁翼フィーバーて。こんなにいい奴なんだから、僕なんかに引っかかる必要がないと思うんだけど」
「でも、これは完全にハート射止めてるよな」
否定できなかった。恋愛経験のない僕ですら、これは完全に惚れられていると確信した。
当の本人、弓束君はいつの間にか僕の頭を抱えて眠ってしまっている。生真面目だった彼とは想像できないくらいのマイペースぶりだ。
「……なんか、メンタルやられた結果、感情が消えたようで爆発してるよな」
「そんな感じはする。……それだけ気持ちが大きかったってことなのかな」
「だろうな。全く罪な男ね。責任とって、守ってやりな」
「元々そのつもりだよ。弓束君は僕が守る。弓束君の心を、取り返したいんだ」
「……だから惚れられたのか」
意味が分からず聞き返したが、来夢は何でもないの一点張りだ。根暗で本の虫で、コミュ障な僕に惚れる要素がどこにあるんだろう。僕のとりえは、歌が上手いって言われるくらいなんじゃないのか。
掃除中に話していたときの、弓束君を思い出す。夕日が照っていたこともあり、切なそうに告白したいと話していた。弓束君は、本当に僕なんかが良かったのだろうか。
「ま、色々思うことはあるだろうけど、今日はもう寝てしまおう。弓束はこのままベッドで寝かせておいて、私達は交代で見張りながら寝る。それでいいか」
「うん。僕が起きてるとき、何かあったら問答無用でたたき起こすからそのつもりでね」
「当然さ。弓があれば怖いものなしだろうけど、あんたの獲物は安っぽいフルーツナイフだからな」
「百均で売ってそうな感じだよね。こんなことなら、弓持ち帰っておけばよかった」
「普通、いきなり殺し合いしろって事態にはならないと思うけど。まあ、いいから寝な。3時間交代で、時間になったら起こすから」
「うん、ありがと。おやすみ」
僕は疲れた体を引きずりながら、弓束君が使っているものとは別のベッドに潜り込む。そういえば、風呂に入る必要はあるんだろうかと思ったけど、頭がかゆくならないし体もべたついていなかった。夕飯を食べていないが、空腹は感じない。生理現象を抑えられているんだろうか。
――弓束君の顔に、精液かけた屑はいたけど。
あの光景を思い出してしまって、気分が悪くなった。一旦忘れよう、寝ることに集中しよう。そう考えて、疑問が浮かび上がった。
どうして僕らは、眠くなるんだろう。
ぐるぐると考え事をしていたが、いつの間にか意識が遠くなっていった。
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