7 / 13
第6話
――2日目――
スマホの通知が鳴った。
眠い目を擦って画面を見ると、ゲームアプリ内でチャットが送られてきたようだ。
連絡先が表示されない仕様のチャットであるため、ゲーム側の連絡がきたということになる。胸騒ぎを覚えながらアプリを開いた。
『九音 凍矢 がゲームオーバーしました。残り14名です』
「これって……」
来夢に話を聞こうとしたが、僕の見張りの時間であるため彼女は熟睡している。気丈に振舞っていたけど、ゲームが始まってから消耗していたのだろう。死について恐れていない、という態度の来夢は初めて見た。
このチャットは、間違いなく誰かが殺されたことの通知だ。誰の仕業かは何となく予想できたが、あれと似たような人種も他にいるかもしれない。そう考えると身震いするが、有り得ない話ではなかった。
未だにゲームルールは配信されていない。大まかなことは来夢の説明で理解できたが、きっとまだ知らないことも沢山あるんだろう。
横目で僕の体力ゲージを見た。まだ満タンだ。体力の回復について、来夢からは何も聞いていなかった。もしかすると、このゲームでそんな要素はないのかもしれない。
体力ゲージの下には、小さいゲージも並んでいた。来夢、弓束君にはそれが表示されていない。これは、僕だけにしかないものなのだろうか。疑問は尽きなかった。
またスマホが鳴る。また誰かが……と思ったが、チャットを開いて驚愕した。
送り主は、九音凍矢と書かれている。
『おーい、そこの夜更かしさんや。元気?』
何かのいたずらだろうか。返信を送れずに動揺していると、続けてチャットが送られてきた。
『既読付いてんだけど。見てるんなら送ってよ』
ああ、変なことに巻き込まれた。このまま無視はできない。仕方なく、僕は返事を送ることにした。
『ごめんなさい。本物の九音凍矢さんですか』
秒で返信が届く。これまた目を疑うことが書いてあった。
『本物だよー。そう表示されてると思うけど。雁翼おひさー』
九音凍矢と僕は知り合いなのか。その名前に覚えはなかった。慌ててその趣旨を送ると、『まあかなり前の話だし、仕方ないか』と返事が来る。
『前って、いつ頃ですか』
『小学校の頃。っていうか元クラスメイトだったから敬語やめーや笑』
なるほど、そういうことか。いじめのトラウマのせいか、僕はその頃の記憶があまりない。九音もその件について関わりがあると考えたら、正直気まずい。
こちらの心情をさとられたくなかったので、思い出したという設定で話を合わせることにした。
『ごめんそうだったね。どうしたの? ゲームオーバーって聞いたけど……』
『そう、殺された笑 ちょっとそのことで伝えたいことがあったからさー、誰かアプリ開いてる人いないかなって探してたら雁翼がちょうどいたのよ。他にも開いてるのいたけど、様子おかしかったから雁翼に逃げてきたー』
妙だ。殺されているというのに、このお気楽な空気は一体何なんだろう。死にかけの弓束君はあんな状態になっているというのに。
『酷い目にあったんでしょ。それにしては楽しそうだけど……』
思わず疑問を投げかけた。こんな調子の九音ならあっさり答えるだろうと予想できたからだ。
『いやー、なんか一瞬だったんだよ。首をスッパリ。そんで気が付いたら電子の中にいた』
電子の中って、何だ。その疑問が聞こえていたかのように、九音のチャットが続いた。
『このゲーム、死ぬと意識だけデータの中に残るっぽいよ。だからこうしてチャット送れてんのよ』
『何でもありって感じだなぁ』
『ねー。んでさ、俺を切ったやつちらっと顔見たんだけど。あれは小学4年のときの――に似ててさ』
重要な部分の文字が掠れていて、読めない。
続けてこのようなメッセージが送られてきた。
『九音 凍矢のアカウントは停止されました』
「停止……?」
理解できないことが続いている。ただ分かっているのは、もう九音とは連絡が取れないことだけだった。
「何ってそりゃ、垢BANのことだろ」
翌朝。来夢に昨夜の出来事を報告した。僕にとっては超常現象のような一夜だったが、来夢はさも当然な様子で解説してくれる。
「アカバン……?」
「アカウントが消えた。つまり、データに残っている意識ごと消えたってことさ。もう九音って奴は戻ってこない」
そんな、と動揺したが、来夢はそりゃ停止されるだろとひややかに答えた。
「チャットを見た限りだと、ゲームの『ネタバレ』が書かれてるようだった。その手のワードを打つと永久凍結されるんだ。ゲームにならなくなるからな」
「そっか、だから九音は……」
「もうどこにもいない。でもあいつは心の中に……って言いたかったんだけど、覚えてないか」
何度かやり取りしたにも関わらず、僕は九音のことを思い出せなかった。まるで、一部の記憶がまるごとごっそり消えているような気がする。容姿だけのいじめのトラウマにしては、あまりにも症状が深刻なのかもしれない。
「このゲームは地域一帯で行われているようだから、プレイヤーもこのあたりの人間だ。昔馴染みと遭遇する機会が、これからもあるかもしれないな……」
そう言う来夢は、意味ありげに僕を見つめていた。来夢には、僕の抜けた記憶を知っているのかもしれない。でも、そのことを問う勇気を僕は持ち合わせていなかった。
「んー……」
隣のベッドから、もぞもぞする音がした。弓束君が目を覚ましたようだ。
「おはよう。調子はどう?」
声をかけてみるが、相変わらず目線が合わない。一晩眠って、少しは状態が回復していることを期待していたが、弓束君は様子がおかしいままだった。
甘えたなのも変わっていない。上体を起こし、僕をぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。
「なんか子供みたいだな……はいはい、僕はここにいるよ」
僕も抱き返してみる。すると弓束君は、頬をするすると寄せてきた。本当に行動が子供みたいだ。親になった気分になる。
「あんた、割とまんざらでもないだろ」
「まあ、ここまで弱ってる人に求められると流石にね。複雑だけど、結構嬉しいよ」
そう答えると、来夢はふふっと笑った。何が面白いんだ、とむすくれたが、別にとはっきりしない言葉が返ってくる。
落ち着かない。来夢は僕の知らないものを知っているみたいだった。
ともだちにシェアしよう!