無言でその場から離れようとする来夢に、腕を掴んでとどまらせた。 　僕だって逃げ出したい。それでも話に耳を傾けたくなったのは、僕が彼らにとってどのように思われているのか興味があったからだ。 「知らね。こっちがわかってることは、あいつは今日欠席だってことだけ。ってか、担任が一番詳しいんじゃねぇの、答えてくれないと思うけど」 　久方はドライに返した。普段通りの様子から、僕の失踪について興味がないようだった。他人に対して深入りしない久方らしいが、そこまできっぱりと態度に出ると流石に寂しくなる。 「入江、お前はどうなんだよ」 「さあね。確認取ってないし。そんなに気になるんなら、氏家が雁翼の親にでも聞けば」 　どいつもこいつも、と氏家君は地団駄を踏んだ。僕もそう言いたい。高校から毎日話すようになった仲だというのに、あまりにも冷たすぎる。僕らは友達じゃなかったのか。 　ふと、文化祭の日に、バンドでボーカルが喉を壊したから代役を探している、と久方に相談された日のことを思い出した。 　僕は歌うことが好きだが、人に聞かせるつもりはない。それなのに、代役の話を振ったときに僕の目は爛々と輝いていたらしい。こいつ結構イケるんじゃないのか、と久方は判断して、無理やり軽音部の部室へ連行され歌わされた。 　期待以下でがっかりされるんじゃないのか、と勝手に身構えていて。それが何でかあのふたり含め、軽音部の人たちは大いに盛り上がっていた。こいつ何で埋もれてたんだよ、強制入部だ、みたいなことを言われていた気がする。歌うのは今日だけだ、と断ったけど。 　あれから僕らは文化祭を通じて、普通の友達になれたんじゃないのか、と勝手に思っていた。その気持ちは、僕の一方通行だったのかもしれない。 「なら、弓道部の部長が去年に一時期失踪してたのは知ってるか。今日、あの先輩無断欠席なんだと」 　氏家君がその話題を持ち出した途端、先程の態度が嘘のようにふたりは黙り込んだ。顔色がみるみると悪くなるのがわかる。 「あの部長だけじゃねぇよ、弓束に新道、末永も無断欠席だ。それに、俺のいとこだって……こんなに揃いも揃って、普通勝手に休む奴が出てくるのか。末永はよくある話だろうが、真面目な奴が大半だ。おかしいだろ」 　まさか、名前が上がった彼らもゲームの参加者なのか。来夢に目配せしようと振り向いたが、彼女はいつの間にかベンチへ戻っていた。 「わかってる……おかしいのはわかってんだよ。それでも、確証が持てないことは何も言えねぇだろ。失踪って決めつけるのは早すぎる」 「俺も同意見。それに、もし失踪だとしても俺たちに何が出来ると思う？　ないじゃん、何にも」 　あくまでも冷静に、ふたりは答える。興味なさげにしていたのは、ポーズだったのか。 　彼らは、僕の身を案じてくれているみたいだ。少なくとも、心配されていることはひしひしと伝わってきた。 　一瞬でも僕の気持ちは一方通行だなんて思ってしまって、胸が痛くなる。今までこのふたりを信じていない部分が、僕にはあった。勝手に壁を感じていたのは、僕が壁を作っていたからだ。彼らと過ごす時間を無駄にしていたのだろう、自分に対して悔しくなった。 「……ＶＲゲームの神隠し」 　氏家君がぽつりと呟く。 　一瞬で空気が凍るのがわかった。僕もこの一言で、水を掛けられた気分になる。 「知ってんだろ、お前らなら。いつも教室でゲームしてたもんな。目障りだぜ、気味が悪いからよ。その手の噂なら、当然詳しいだろうなぁ」 　挑発しているのが、手に取るように伝わった。氏家君にとっての本題はそこなのだろう。だから、あえて怒らせて本心を探ろうとしている。 「それ、知って何になるのさ。あくまでも噂話。真実と噂は別物。氏家だって、そのくらいはわかる脳味噌してるでしょ」 　入江は、挑発を挑発で返した。冷ややかだが、密かに気遣いをする久方とは違い、入江はマイペースに個を貫く性格だ。悪意を持たれたら、鏡のように悪意を反射させる。その分、善意には善意で返すのだが、今回はその性質が悪いように作用してしまった。 「……もういい！　お前らに聞いた俺が馬鹿だった」 「お前らって呼び方、まじでうざい」 　氏家君は早歩きで、この場から立ち去っていく。久方はそれを引き留めるように、声を張り上げた。 「聞け、氏家！　……俺、これだけは知ってんぜ。失踪したのは同級生なんだよ、みんな。小学校の。あの連中には大きないじめ事件があった。この件とは関係あるかわかんねぇけど、一応伝えとく」 　振り向きはしなかったが、氏家君は足を止めて話を聞いていた。 「どうも。……色々問いただして、悪かった」 　そう言って、氏家君は去っていく。僕たちは、静かに彼の後ろ姿を見つめていた。 「そのいじめ事件に、ＶＲゲームと失踪。これ全部繋がんの？」 　一呼吸置いてから、入江は疑問を問いかける。 「さあな。実際そうだったらどう思う？」 「……馬鹿だと思うね」 　だろうな、と久方は唇を歪ませた。 　いじめ事件。このワードに、ひやりと背筋が凍る感覚がする。 　僕がぼんやりと覚えていることは、目つきが悪いと避けられていたことだけだ。それだけで、事件と呼ばれるほどの大きな出来事は、果たしてあったのだろうか。 　僕が忘れてしまったのかもしれない。来夢がこの件について深く触れなかったのは、僕に思い出させないためなのだろうか。 　弓束君は思い出せ、と言っていた。本当に、僕は重要なことが記憶から抜けてしまっているのかもしれない。それを知りたいか、と言われたら逃げ出したくなる。 　それでも、少なくとも、これだけは言える。ＶＲゲームで人が失踪し、馬鹿げたことが起きている。 　もたれ掛かった弓束君の肩を、強く抱いた。僕らの姿が見えてなくて本当に良かった。こんな状態の弓束君を、氏家君に見せるわけにはいけない。 「氏家……氏家……」 　弓束君は言葉を繰り返した。彼が何を言いたいのか、何となくわかる。 「必ず、元の世界に帰すから。それまで今は、どうか耐えて」 　僕の声が届いたのかはわからないが、彼の瞳は涙で潤んでいた。痛みのせいなのかもしれないが、別の意味も含まれているような気もした。