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第12話

  「祐樹」   顔を上げると、東雲はすでに身支度を整えて、ベッドの脇に立っていた。 「結婚なんて制度、なかったらいいのに」  東雲は祐樹を固く抱きしめて、うめくようにつぶやいた。いつもやわらかな声で話す東雲のそんな声を初めて聞いた。 「祐樹が好きだよ」 「おれも幸成さんが好きです」 「ありがとう、祐樹」 「…さようなら、幸成さん」  泣くのはあとにしようと思った。  王子さまの微笑みを久しぶりに取り出して、祐樹はこの上なく優雅に笑って見せた。  東雲は泣きそうな表情で祐樹の笑顔をしばらく見つめ、手を伸ばしてさらりと髪と頬をなでると立ち上がった。 元気で、とひと言告げた。そして一度も振り返らずにドアを出て行った。  東雲が去った部屋で、祐樹は枕に顔を埋めて思い切り泣いた。  東雲とのつき合いはそんなふうに終わった。  それっきり、互いに連絡を取ったことはない。  偶然、街でスーツ姿の青山に会ったのはその2週間後だ。  メーカーの営業担当だという青山は祐樹のリクルートスーツをまぶしそうに見て、お茶に誘った。  青山は祐樹に対して罪悪感と責任を感じていたらしい。  アイスティーの氷を所在なく見つめながら、青山の謝罪をひとしきり聞いたあと、祐樹は質問してもいい?と訊いた。 「なんで青山さんは東雲さんのお見合いを応援したの? 東雲さんは乗り気じゃなかったのに」  そこだけはふしぎに思っていた祐樹が尋ねると、青山は顔をしかめたが、ため息とともに答えた。祐樹に対しては答える義務があると態度に表れていた。 「俺は真性のゲイで結婚する気はない。でも東雲は女性もいけるし家や仕事の問題もある。いずれ結婚しないといけないなら、一番いいタイミングのこの見合い話に乗るのがベストだと思ったんだ」  あいつには余計な世話だと殴られたけどなと苦笑して続けた。 「きみを本当に大事にしているのはわかっていたけど、将来的なことを考えたらこの結婚をするべきだと思った。あいつがいるのは才能や努力だけじゃのし上がれない世界だ。人間関係のしがらみで躓くと一生響く。……きみには本当に申し訳ないことをしたと思っているし、身勝手な大人の都合を押しつけたとわかっている」  青山は10歳も年下の祐樹に向かって深々と頭を下げ、いまはそんな気にならないだろうけど、だれかとつき合いたいならいくらでもいい奴を紹介するとつけ加えた。  祐樹はそれには笑って首を横にふり、それ以降、青山にも東雲の友人たちにも連絡をしなかった。  まだ携帯電話のなかったあの時代、祐樹の家電などだれも知らなかったし、行きつけの店に行かなければ連絡など簡単に途絶えてしまう。  夏休み明けで授業が始まったこともあり、就職活動もあったりで忙しくしているうちに、彼らとの縁は切れてしまった。

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