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. 始動

案内されたのは、アーケード内にある薄暗いビル。 毎日ここを通っているが、こんなに近くでヨリヒトが活動してるなんて全く知らなかった。 カチ、カチ、と音を鳴らして不安定な明かりを灯す蛍光灯が、より一層ビルの不気味さを醸し出している。 案内されるまま階段を上がると、重厚な鉄の扉が現れた。 こんなボロそうなビルなのに立派な扉だな。と見つめていると、ヨリヒトが壁に付いているタッチパネルで、暗証番号を入力した。 すると、バチンとビル内に響き渡る大きな音を立てて、鍵が外れた。 「ささ、入って。」 俺は少し肩をすくめて、中の様子を伺う様に静かに足を踏み入れた。 「なんだ、これ……。」 部屋に広がっていたのは、ゴミの山。 まだ中身が入ったカップ麺がそこら中に転がり、紙や服、ペットボトル、電子機器等が床一面に敷き詰められていた。 「なんだこの部屋!散らかり放題ってか……うわっ、臭! 匂いやばいって!」 足の踏み場が無いのでその場で立ちすくみ、鼻を抑える。 吸ってる空気からもほんのりやばい香りがした気がして、胃の中のものが逆流する感覚を必死に堪えた。 どんな生活したらこんな匂いになるんだよ! これならまだ夏場の公衆便所のがマシだ! 「ヨリヒト、オレ、ムリ……。帰ル。」 くるりと踵を返すと、力強く肩を掴まれる。 「え、待ってよ!ここは俺の居住スペース!こっちのドアの向こうが研究室だから!見てってよう。」 ここが居住スペース?あほか。どう見ても廃棄場だろ。 涙を浮かべながら、足の親指だけでヨリヒトのいる扉の方へ向かう。途中、何かブニュっとした生暖かい物体を踏んだときは気を失うかと思った。 「さあさあ、こっちだよ。研究室を見せてあげるなんて、よっぽどなんだからね〜?ちゃあんと見てよね!」 何の変哲もない普通の扉を開ける。 こんな生活の場どころか廃棄場を見せられた俺は、完全に油断していたんだと思う。 多分俺の中で研究室というものは、机があって、沢山の分厚い本や資料が壁一面に並べられていて、そこかしこに紙やペンが散乱しているのを想像していたのだ。 しかし、目の前に広がっているのは、闇。 外部からの光を一切遮断しているこの部屋には、その一言に尽きた。 「え、何ここ。」 「ああ、待ってね。客人用のライト付けるから。」 ぱち、と音が鳴ると、真ん中に道を作るように、筒状の水槽が現れる。 「なんだぁ、ここ……。」 俺の身長よりも数十センチ程ある水槽が、部屋の奥までずっと続いていた。水槽の上部と下部から照らされる緑色のLEDで、薄く室内を照らす。 耳を澄ますと、ちゃぽん、と水の跳ねる音やゆっくり流れるような音がきこえるが、これは水槽の中の生物が出している音なのだろうか。 先程の部屋からは想像もつかない空間を目にして、呆気にとられていた。 「じゃじゃーん!これが俺の研究室!すごいでしょ?」 「はぁ……、研究室……。」 開いた口が塞がらないとはまさにこの事。 あまりの壮大さに感嘆詞しかでてこなかった。 ゆっくりと研究室の中に進んで水槽を一つ一つ見ていく。 ネズミやヘビ、トカゲといった小さな動物達がごちゃ混ぜにホルマリン漬けにされているもの、俺の身長程あるロボット、触手のような、イソギンチャクのような気味の悪いものは一つずつ水槽に入れられている。 「すごいな…。これ全部、お前が作ったのか?」 「そうだよ。10年かけて作ったんだ。今じゃ結構お仕事もらえるようになったんだよ〜。」 「へえ、悪趣味な奴もいるんだな。」 「悪趣味とは!まあもうちょっと奥も見てよ。アキラ絶対好きだよ。」 さあさあ、と腕を引っ張られながら奥へと進む。 その途中でふと、一つの水槽と目が合った。 コンコン、と内側からノックをされたので、ヨリヒト。と名前を呼ぶが全く聞いちゃいない。 振りほどいてその水槽の前に行くと、それは人差し指で水槽の下にあるボタンを指差していた。 いくつか並んでいたので、順番に指を差すと二つ目のボタンの時にそれが頷く。 これ、勝手に開けていいのか? ヨリヒト!と呼ぶと水槽の中身は首を横に振る。 あいつの許可は要らないってことか? 何度もボタンを指差すので、俺はついに押してしまった。

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