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落としたスマホの画面を覗いたヨリヒトは、「電話してたんだね。」と言ってスマホを拾い上げる。 「電話は誰からだった?」 「び、病院…。」 「ご両親に何かあったの?」 ヨリヒトは優しい声でゆっくりと俺に尋ねる。 俺が問いに頷くと「わかった。」と言って、抱き寄せてる肩をぽんぽんと叩いた。 「病院に今から行く?場所、分かる?」 俺は先ほど調べた病院と線路情報をヨリヒトに見せた。 「ちょっと遠いね…。荷物は預かっておくから、財布だけ持って行っておいで。アキラには上手く伝えとくよ。」 今にも涙が溢れそうな目頭を抑えると、「大丈夫。焦って怪我しないようにね。」と俺の背中を押して立ち上がらせてくれる。 俺はヨリヒトから顔を背けるようにして駆け出した。 ひぐらしの鳴き声が遠くから響いている。 降り立った駅はひどく静かで、まるで俺の鼓動が周りに聞こえてるんじゃないかと思うほどだった。 人通りの少ない公道にでると、橙色の夕日が俺の影を伸ばす。纏わりつく重たい空気が、足早に歩いている俺の体力をじわじわと奪っていった。 しばらくして大きな建物が現れ、それが病院だと理解したのは一瞬だった。 気づいた時には全力で走っていた。 蒸し暑い空気も、上がる息も、身体に張りつくTシャツも、今は気に留めている暇などなかった。 勢いよく病院の扉を開けると、周りの視線が一気に俺へ集められた。それすらもどうでもよく感じていた俺は、真っ直ぐ受付のカウンターへ走って行った。 「すみません、さっき電話もらった伊野です。」 爆音を鳴らす心臓を押さえつけながら、受付の女性に声をかける。全力で走った身体では、声を出すのもやっとの状態。俺は掠れる声を絞り出した。 受付の女性は焦った様子で内線をかけると、すぐに看護師がやって来る。俺は呼吸を整える間もなく、案内された。 足音だけが聞こえる廊下は、俺の鼓動をより大きく鳴らした。震える足取りでついて行くと、「ここからは話せません。」と看護師が言った。 目の前の扉を開けると、先程とは明らかに空気が変わったのを感じる。 今歩いているところが一般病棟ではないことを察した俺の心臓は、はち切れるんじゃないかと思うくらい、うるさく鳴り響く。 「あの、父さんと母さんは、無事…、ですか……。」 つい、そう溢してしまった。 俺の声は弱々しく震えていて、泣いているようにも聞こえたと思う。看護師が俺を一度見ると「それは…。」とだけ呟いて口をつぐんだ。 着いたのは、名前の書かれていない個室。 それの意味することを察した俺は、目を見開いて隣に立つ看護師を見つめたが、視線が合うことはなかった。 重く、固い扉を開ける。 その先にいたのは、変わり果てた両親の姿だった。

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