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7 好みの変化

「こうもポカポカしてると眠くなるな……」 「いいよ、まだしばらくあるし、俺に寄りかかりな」 「ん……大丈夫」  朝食を済ませ、二人で電車で少しだけ遠出する。  車内はさほど混んでおらず、楓真と浩成は並んで座ることができた。天気の良さに窓から差し込む光が心地いい。楓真は大丈夫と言いながらも、うつらうつらしながら遠慮なく浩成の体にもたれ目を瞑った。  楓真自身、浩成と交際しているという自覚が少なく、外でもあまり気にしていないような距離感で接することが多かった。逆に家の中で二人きりの時の方が距離の近さにドキリとすると言い、顔を赤くすることがある。浩成にとってこういった変化が嬉しい反面、記憶はまだ戻っていない状態なのは変わりなく複雑な気分だった。  過去に何度も歩いた場所だと言われても楓真は何も感じない。初めて降り立った土地感覚のまま浩成に連れられ店を巡る。入った店も何度も来ている店で、店員も楓真をみるなり「お久しぶりです」と笑顔で声をかけてくる。親しげに会話をしている浩成と店員を横目で見ながら、やっぱり何も思い出せない自分に歯痒い気持ちがさらに増した。そんな楓真の気持ちを知ってか知らずか「服を買ってあげる」と言い、店員と相談しながら浩成は楓真のために楽しそうにいくつか流行りの服を見繕った。 「服買いたいって俺の? そんなのいいのに……」 「いや、初めからそのつもりだったからいいんだ」  仕事をしていない楓真は同棲生活が長くなれば長くなるほど申し訳ない気持ちが膨らんでいた。過去の記憶はまだ戻らないけど、日常生活を送るのには何ら支障はない。そろそろ短時間のアルバイトでもいいから働きに出たいと言ってみるも、まだ心配だから、と言う理由で許してもらえないでいた。 「そうは言ってもさ、やっぱり悪いよ。生活費だってみんな浩成君がもってくれてるだろ?」 「いいの! こういう時はありがとって言っとけばいいんだよ」 「……あ、ありがとう」  支払い済みの商品の袋を店員から受け取り浩成にお礼を言う。「楓真に似合っていてカッコいいよ」なんて言われたけど、正直言って楓真自身はあまりしっくりきていなかった。買ってくれるとわかった途端、遠慮の気持ちが湧いてしまい、言われるがまま決めてしまった。ようは浩成の好みで買ったようなものだった。  部屋にある私物、主にに洋服や小物類も自分のものだという実感がせず、不思議な違和感があった。記憶障害というのは個人の好みなども変化してしまうものなのだろうか。それとも記憶がないから自分の好みがわからなくなってしまっているのか……浩成に選んでもらった洋服も確かにどれも自分に似合っていると感じるし、嫌ではない。それでもほんの僅かな違和感にどうしても気持ちが悪いと思ってしまい楓真は複雑な気分だった。 

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