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8 また好きに……

 その後も予定通りに映画を観る。   シリーズもののアクション映画。これは以前二人で観たいねと言っていたタイトルらしい。映画館に来る前は朧げだった楓真もいざ見始めたら前作の記憶が鮮明に蘇ってきた。それに気がついた時には嬉しくて映画どころではなくなってしまった。ラストのシーンで涙ぐむ浩成をチラッと見て、浩成の意外な一面に「可愛い」と思いながらも、少しだけ蘇った小さな記憶の断片に触れた楓真は違った意味での感動で泣きそうになってしまった。 「ねえ浩成君、何でこの店?」  映画も観終わり、次に浩成に連れてこられたのはなかなか予約が取れないという評判のレストランだった。一緒に外食をすることすら珍しいことなのに、こんな高級な店をわざわざ予約していたと知り疑問に思う。 「いいからいいから……」  まるでいたずらっ子のような顔で楓真の腕を取り通路を進む浩成に首を傾げなからついて行くしかなく、案内されたのは店の奥にある個室の部屋でますます困惑してしまった。言われるがまま席に着くとテーブルの上で手をギュッと握られた。 「今日はさ、楓真の誕生日だろ」 「え? 誕生日……」  誕生日という概念すら頭から消えていた。ましてや自分の誕生日なんて覚えてなどいなかった。浩成がそう言うのなら間違いではないのだろうけど…… 「俺? 誕生日? 俺の?」 「はは、何でカタコト? そうだよ、思い出せない?」  「全然、ピンとこない」 「実は楓真の誕生日と俺の誕生日、同じなんだよ」 「は? マジか!」  今日のデートの誘いもショッピングも、全て楓真のために計画をしていたと知り、申し訳ない気持ちになる。誕生日が同じという浩成には自分は何もしてやれていない。 「ごめん。俺、全然わかってなくて……浩成君に、何もしてやれてない」 「いいんだよ。だって覚えてないんだもん、しょうがないでしょ。それに今こうして一緒にお祝いできることが俺は嬉しいよ」  プレゼントに何か買ってやろうにも仕事のない楓真には買い物すらできない。日頃から与えてもらってばかりで、何も返すことができないと、頭を上げられなかった。  愛しい恋人に自分の存在を忘れられ、それでも健気に一緒に生活をし世話をする。それがどんなに辛くて悲しいことなのか今の楓真ならわかる。きっと今までは誕生日には二人でお祝いをしていたのだろう。それは記憶がなくとも容易に想像ができた。 「もし万が一、このままずっと楓真が俺のことを思い出せなくてもね、別にいいと思ってる」  唐突に浩成はそう言うと、小さな箱をテーブルに置いた。楓真はその箱よりも浩成が言った言葉に動揺する。そんなのいいわけがない。 「いや、ダメでしょそんなの」 「ううん、いいんだ。だって思い出せなくたってこれからまた二人で記憶を作っていけばいいだろ? また楓真に惚れてもらえるように俺が頑張ればいいだけの話だ」  プレゼントだと言ってテーブルに置かれた小箱を開けるよう促され、楓真はそれを手に取った。なかなか記憶の戻らない楓真にプレッシャーをかけまいと気をつかって言ってくれているのもわかり、その優しさに胸が熱くなる。 「あ……これ」 「うん。指輪。前は俺と揃いで着けてたんだけどさ、ほら……事故の時、治療だ何だでどこかいっちゃったみたいだから」  浩成は自身の右の指にはめたリングが楓真によく見えるように手を前に出す。「サイズはぴったりだと思うよ」と言われた通り、プレゼントされた指輪は楓真の右の薬指にピッタリだった──
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