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9 消えない罪悪感
家に帰ると疲れが出たのか楓真は小さな眩暈に襲われた。
「一日歩き回って疲れたんだな。今日は早めに寝るといい……」
浩成はそう言うと、楓真に肩を貸しながら部屋に入る。シャワーを浴びたかったけど眩暈と眠気に逆らえず、楓真はそのまま眠りについた。
何か夢を見ていたような気がする──
自分と顔の見えない誰か。
その「誰か」に怯える自分は、重たい足を引き摺るようにして前へと進む。
指には先ほどプレゼントされた指輪が光っている。それを見つめていると何故だか悲しくて仕方がなかった。
まだ日も昇っていない薄暗い早朝。
ゆっくりと体を起こすと楓真は部屋から出てリビングに向かった。
「あれ……浩成君、もう起きてたの?」
「うん、ちょっと眠れなくってね」
浩成はソファにゆったりと座りコーヒーを飲んでいた。
「昨晩から? ずっと起きてたの?」
「ううん、起きたのはちょっと前……それより体調はどう? もう大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
楓真が目覚めると必ず「大丈夫?」と声をかける浩成に、たとえ体調が優れなくとも何も考えず「大丈夫」とおうむ返しに返事をする。これは浩成にこれ以上心労を重ねさせたくなかったからだった。じんわりとした嫌な夢に寝覚めが悪くとも、だたそれだけのこと。以前のように頭痛に悩まされたり息苦しさがあるわけじゃない。
「浩成君もしかしてさ、最近よく眠れなかったりする? 疲れてない? いつも俺のことばっか心配してくれてるけど、無理してない?」
気遣われてばかりで申し訳なく思う。もうここに来てだいぶ経つし、浩成のおかげで日常の生活もちゃんと送れるようになっている。一度だって楓真に弱音を吐いたことのない浩成を見て、自分のせいで無理をさせてしまっているのではないかといつも心配だった。眠れない、というのはもしかしたら今日に限ったことではないのかもしれない。
「俺ならもう大丈夫だからさ……俺のことはもういいから」
言いながら、楓真は意を決するように小さく深呼吸をした。
目が覚めて、なんとなく最初に楓真が思ったことは「別れ」だった──
浩成にとって一番大事な部分の記憶が戻らない自分がここにいるだけで辛い思いをさせてしまう。これまでの浩成の心労を思ったら、一時的にも離れた方がいいのではと楓真は漠然と思っていた。
「俺、一旦ここを出ていくよ」
「え……?」
普段気丈な浩成の顔が一気に歪む。慌てて立ち上がると楓真の腕を強く掴んだ。
「何? どういうこと? ここを出て行っても行くところなんてないでしょ」
「本当は、俺の記憶がちゃんと戻るまで別れたほうがいいと思ってたんだ」
掴まれた腕が痛い……明らかに動揺している浩成に落ち着いて話を聞いて欲しくて、楓真は肩を抱きソファに座った。
「は? いやだよ、急に何言ってんの? 俺のこと、忘れちゃったのなら、もう一度好きにさせて見せるから、そう言ったでしょ? だからそんなこと言わないでよ」
「だって……俺がいたら……俺のせいで浩成君が辛いの……嫌なんだ」
自分を好いてくれている「恋人」である浩成の辛い顔を見るのが嫌なのだと言いながら、それよりも日々湧き上がってくる罪悪感の方が大きかった。
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