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10 まるでそれは……
初めこそ浩成の言葉に甘え「親切な人だ」くらいの感覚で接していたところもあった。
それでも一緒に過ごす時間が長くなれば長くなるほど、浩成の気持ちに応えてやれていない自分に苛立ち罪悪感が膨らんだ。もう楓真にとって浩成は他人などではない。「恋人」と呼んでもいいのかまだわからないけど、少なくとも友達以上の大切な存在になっていた。だからこそ、そんな大切な人に辛い顔をさせるわけにはいかないと思ってしまった。
「俺は楓真がそばにいてくれることが嬉しいんだ。忘れられたことより、俺から離れるなんて言われることの方が辛いよ」
俯き弱々しくそう零す浩成は小さく「嫌だ」と何度も呟く。
「楓真は俺のこと……嫌い? 一緒にいるの嫌になっちゃったの?」
「そんなんじゃないっ、違う……」
楓真は浩成がここまで動揺するとは思わず、慌てて手を取り否定した。嫌いになったわけじゃない。むしろ浩成のことが大切で愛おしく思えてきたからこその決心だった。
「だって俺のせいで無理して、なんでもない顔して、本当は辛いだろ? 弱音だって吐けやしない……なかなか思い出さない俺のために浩成君が我慢することなんてない……」
「我慢なんてしてない! 辛くなんかない……」
嫌になったわけではない。申し訳ない気持ちが勝ってしまって、いたたまれないのだと説明する。浩成は何度も首を振り楓真の手をぎゅっと握った。
「思い出さなくてもいいんだ。でも楓真ならちゃんと思い出せるから大丈夫、だから記憶が戻るまで……お願いだから俺のそばにいてよ。その方が俺は嬉しいから」
「うん……」
瞳を潤ませながら、浩成はそのまま楓真の胸に顔を埋める。忘れてしまった恋心なのかはわからないまま、楓真は愛おしさにその頭を抱き抱え「ごめん」と小さく囁いた。
確かに浩成の言う通り、ここを出ていったところで行くところなどない。退院後は実家にいたと言われたけれど、その場所さえ浩成に聞かないとわからない有り様だ。自分は「出ていく」なんて言いながら、浩成に引き止めてもらいたい、必要なんだと言ってもらいたかったんだと思わずにはいられなかった。
「楓真にキス……したい」
「………… 」
ぎこちなく顔を上げた浩成が楓真を見つめる。拒否する理由もなければ、今にも泣いてしまいそうな浩成の願いを捨て置くこともできない。じわじわと湧き上がってくる愛おしさに抗うことなどもうできなかった。
「いい?」
「うん」
浩成の唇が優しく楓真のそれに重なった。触れ合うだけの優しいキスを何度か重ね、楓真はぎゅっと抱きしめられた。
「嫌じゃなかった?」
体が密着しているからか、浩成の胸の鼓動が楓真にも微かに伝わる。逆に今こうしている自分も頬が熱く、ドキドキが止まらなかった。
「平気。むしろドキドキする……」
「はは、なんだよそれ。嫌がられなくてよかった……うん、嬉しいな。俺もドキドキした」
「うん……伝わってる」
お互い照れ臭さを隠すこともなく、見つめ合い笑顔になる。「改めてよろしくな」と笑う浩成に、楓真からもキスでこたえる。記憶の途切れた楓真にとって、この気持ちはまるで初めて感じる初恋のようなものだった。
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