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15 忘れ物
「ああ、そうだ……」
楓真がなぜ浩成の留守中にこの部屋に入った事がなかったのか、机の上にある鍵を見て思い出す。今はこうして施錠されていない部屋だが、以前は簡易の鍵をかけていた。最初に「ここは掃除しなくていいからね」と浩成に言われ、さほど興味もなかった楓真は特に疑問も持たずにそれに従っていた。今は楓真と一緒に寝ているからこの部屋はあまり使われていない。おそらく浩成のちょっとした身の回りのものが置かれているくらいだ。
「なんで入っちゃダメだったんだろうな。別に汚ねえ部屋ってわけじゃないだろうし。見られて恥ずかしいものでもあったのかな?」
掃除機片手に机の上の鍵を手に取ると、そばにあった携帯電話に気がついた。一瞬浩成が忘れていったのかと思い焦ったものの、よくよく見ればそれはいつも浩成が使っているものとは別のものだった。
「仕事用……と、プライベート用? いや、二台持ちしてるなんて聞いてないしな」
なんとなく触れられず、楓真は机に置かれた携帯を遠巻きにじっと見つめる。
浩成が好んで使うものは服なり雑貨なり、とてもシンプルなデザインのものが多い。携帯のカバーももちろん純正の黒一色のすっきりとしたもの。それなのに目の前に置かれているそれはまるで真逆な派手なデザインで、楓真でも知っているファッションブランドのものだった。
見れば見るほど違和感しか湧かない浩成の携帯電話。楓真は堪らず手に取り画面を見た。ロック画面は何だかよくわからない誰か二人の手。軽く繋いだ指先がうつっている。何となく浩成の手にも見えなくもないけど、直感的に違うと思った。カップルがやりそうな写真だな、なんて考えながら、これは自分と浩成の手なのだろうかと首を傾げた。見慣れない大ぶりのリングをふたつも着けた指が自分の手だという確信もなく、やっぱりいまいちピンとこない。画面の端が少しひび割れているのも、浩成の性格的にこういった傷もそのままにしておかないと思い不思議に感じた。こんな風になればすぐに修理に出すか買い替えるかするはず。もしかしたら買い替えて、これは古い方の携帯なのかもしれないな……と楓真は思い、そっと元の場所に置いておこうと動かした時、指がどこかに触れたのかフッと画面が切り替わりパスコ—ドの入力を求められた。
六桁の暗証番号──
試しにぼんやりと頭に浮かんだ数字を入力してみれば、それはいとも簡単に解除された。
「え?」
ホ—ム画面いっぱいに散りばめられたアイコンの後ろに見える、見知らぬ男の顔写真。自分でもない、浩成でもない、知らない男がこちらに向かって笑いかけていた。
「ち……あき?」
ふと浮かんだ「千晃 」という名前を思わず口に出し、楓真は混乱する。初めて見る知らない男のはずなのに、なんでその名が頭に浮かんだのだろう。もう少し確かめてみたくて画面に触れるも充電が切れてしまったのかすぐに画面が暗転し、もう光を発することはなかった。
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