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17 恋人
そうは言っても少ない時間での簡単な仕事なら、と楓真は試しにネットで近場の求人を探し始めた。
未経験歓迎、週一からでも……
とりあえず頭に浮かんだ職種、コンビニや飲食店、そして覚えてはないけど以前勤めていたという美容院で検索をかけてみる。思いの外近所でも求人が多く、知った店もいくつかあった。
「あ、ここはいつも行くス—パ—の途中にある焼き鳥屋、確かランチタイムに弁当も売ってたな。いい匂いしてるから気になってたんだよな……へえ、ここのクリ—ニング店も募集してるのか」
どんな仕事をするのだろう、自分には務まるかな、立ち仕事は疲れるかな? 接客は大変そうだな、など、まだ働いてもいないのに想像を膨らませた。最初に給料をもらったら、遅れてしまったけど浩成の誕生日プレゼントを買おう、そんなことを考えていたら、気が乗らなかったバイトもやっぱり頑張ってやってみようかな、と少しは思えるようになっていた。
浩成の部屋に入ったあの日も、今現在も、部屋に鍵はかかっていない。楓真がいつでも自由に入れる状態だった。ただあの携帯だけは浩成が持っているのか、どこを探しても見当たらなかった。自分が盗み見てしまったことがバレているのか気にはなったが、本人に聞くわけにもいかずそのままになっている。
浩成は見目も良く気が利くし、人当たりも良い。男の自分から見てもモテそうでいい男なのは楓真は十分にわかっていた。過去に恋人がいたって何らおかしくはない。そしてこんな自分とどういう経緯で付き合っていたのかはわからない。でもあの「千晃」という男が浩成の元彼だったとしても、今は関係ない。浩成の恋人は俺なのだと、自分に言い聞かせる。
一瞬見たあの見知らぬ男に、嫉妬心のようなものが湧いているのも認めざるをえなかった。
楓真は浩成に「ちょっと出かけるね」と簡単なメッセージを送る。
もう何も問題は無いのに、外出の際は浩成に一言断りを入れるのが当たり前の習慣になってしまっていた。初めの頃は煩わしいとさえ思っていたのに、今では浩成の仕事中でもこうやって連絡を入れ、返事がもらえることが喜びに変わっている。
楓真がメッセージを送った直後に浩成から着信が入る。いつもならちゃんと外出目的を言うのに「出かける」としか言わない楓真に、心配した浩成が直接電話をかけてきたのだ。でもそれは楓真の思惑通りだった。
「あ、ごめんね。別に用事があるわけでもないんだけどさ……うん、そう。結構近所でも求人があるから、買い物がてら散策してみようかなって思って。うん……うん、わかったよ、ふふ、心配しすぎだって。浩成君の声が聞けて嬉しい。仕事頑張ってな」
恋人だった時の記憶はなく、改めて浩成のことを好きになった。一度湧き上がった恋心はどんどん加速するかのように、楓真の心の中を侵食する。浩成からの束縛のような習慣や過度な心配、そういったものは、今の楓真にとっては嬉しい愛情表現に過ぎない。この部屋に閉じ込められているような状況も、今では全て喜びに変わっていた。
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