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20 好きだよ
初めて浩成を抱いた日とはまるで違う。何の気遣いもなく、苛々とただひたすらに浩成を犯した気分だった。焦りや苛立ち、不安に任せ浩成にあたってしまった。
初めての日から何度もセックスをし、その度に浩成は幸せだと言い、涙を見せた。今日も楓真の腕の中で浩成は涙を見せたけど、やはりそれはいつもの涙と違って見えた。
「……ごめんな、浩成君。晩飯、どうする? 少し休んだら一緒に食べる?」
本当は浩成に「何かあった?」と聞いて欲しかった。明らかにいつもと違った態度をとった自分を、浩成はどう思っただろうか。傷つけてしまっただろうか。気になるくせに、恐怖心から自分からは言い出せないでいた。
「うん、シャワー浴びて……それから食べるよ。お腹すいちゃったな」
目に涙を浮かべながら浩成は立ち上がると、楓真を見もせず部屋から出て行ってしまった。
なぜ浩成は何も言わないのだろう。
明らかにいつもと違う抱き方をした。違うどころか酷い扱いをしてしまった自覚もある。それなのに怒るどころかぎこちなく笑顔を見せる浩成に、やっぱり不信感は少なからず湧いてしまう。それでも浩成のことが好きな気持ちは変わらなく、自分から離れて行ってしまうのではと楓真は不安になった。
「浩成君、さっきはその……ごめんね」
「……何? やっぱり自覚あるんだ?」
夕飯を口に運ぶ浩成に、機嫌を伺うようにして恐る恐る声をかけ謝罪した。シャワーから戻っても楓真と目を合わそうとしない浩成が怒っているようにも見えたし、でもそれ以上に悲しそうにも見えたから。
「今日もごはん、美味しいな。楓真は和食も上手だよね」
浩成は楓真の態度に気がついているはずなのに、気を使ってるのか話題を逸らしたいのか、先ほどからどうでもいいような話しか口にしなかった。泣きそうな顔に見えたのは気のせいだったのかと思いながらも、楓真はモヤモヤとしたこの気持ちをすっきりさせたくて話を戻す。とりあえずこの不安な気持ちを払拭させたかった。
「自覚、あるし。今日は酷い抱き方をしたって思ってる。浩成君、ごめんね……俺の顔、ちゃんと見てよ。嫌いにならないで……」
「え、何? 大丈夫だよ? 別に怒ってなんかないし。そんな顔すんなよ」
「だって……」
やっと浩成が顔を見てくれたことに安心して泣きたくなった。食事を中断し、楓真の横に来た浩成は顔を覗き込む。
「好きだよ、楓真」
「うん、俺も……」
「俺は気にしてないから。謝らなくていいよ」
恋人であるはずの浩成──
愛してると囁いてくれたこの口が、いつも優しくキスをしてくれるこの口が、もしかしたらずっと「嘘」を紡いでいたのかもしれないと疑心暗鬼になった。でも自分の記憶がまた不安定になっておかしなことになっているのかもしれない。あのスマートフォンも、もしかしたら実在しないのかも……
でも「千晃」という名だけはずっと楓真の頭の中に残っていた。
「なあ、千晃って誰?」
「千晃? 誰それ?」
二人で夕食の後片付けをしながら、楓真は思い切って聞いてみた。浩成は動揺する様子もなく、初めて聞いた名のようにきょとんとしている。予想外の反応に楓真は戸惑うも話を続けた。
「千晃は千晃だよ。浩成君の友達……知った人じゃないの?」
元彼、と言う言葉が口から出かかったけど思いとどまった。本当に元彼なら、もっと動揺するはずだ。千晃の名を聞いても「誰?」と言っている浩成は、嘘を言っているようには見えなかった。
「いや? 知らないけど……それって楓真の知り合い? 何か思い出したのか?」
「あ……いやそういうわけじゃないんだけど、ふっと頭に浮かんだんだ」
千晃という名の人物は、浩成も把握している楓真の知り合いの中にもいないんじゃないか? と首を傾げている。そもそも楓真は自身の交友関係も未だによくわかっていない。だから、浩成がそう言うのならそうなのか、と深く考えるのをやめてしまった。
食後も何事もなかったかのように普段通りに二人で寛ぎ、そのまま寝ようと寝室に向かう。浩成は「ちょっと仕事が残っているから」と言って、部屋にこもってしまったから、この日は楓真一人で就寝した。
明日またあの街を歩いてみよう──
そう思いながら、楓真は深い眠りに落ちた。
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