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22 知らない自分と僅かな記憶

 楓真はまたあの時と同じ道を歩いていた──  セレクトショップに顔を出し、店員と他愛無い会話をする。時折楓真の記憶が曖昧で話が噛み合わずに首を傾げられたけど、お喋りが好きなのか、然程気にする様子はなく店員は会話を続けた。  この店員は美容師として働いていた頃の自分の客だったとわかった。二、三度カットしてもらってそれっきり店には行っていないと苦笑いをする。単に担当の楓真がいる日と自分の休みが合わず、近場の違う店に行くようになってしまったからだと、店から離れた理由を言い訳し、楓真に詫びた。 「いや、別にいいんだけどさ。俺とっくに辞めたから……」 「え? マジっすか? なんで? じゃあ今は? あ! 自分の店出したとか?」 「……うん、と……今は仕事探し中? って感じかな」 「へえ」  記憶を失って仕事どころじゃなくなってしまったなど、言ったところで信じてはもらえないだろうと答えを曖昧にした。そのせいか店員は興味がなくなったように話を逸らす。もしかしたら詳しく話さない楓真に気を使ったのかもしれない。世間話ばかりで買う気のない楓真を、もう客と認識しなくなったのかもしれない。会話も途切れがちになり、あからさまな店員の態度に少しモヤっとしながら楓真は店を後にした。  少し知らない道を進んでみようと、その先も一人歩く。  本当に自分は美容師として働いていたんだな、と改めて思った。自分の知らない自分を他人から聞かされるのは不思議な気分だった。人気のスタイリスト「宮永楓真」。短時間で誰もが満足のいく完璧なカットとスタイリング。気さくな話術で男からも女からも人気があり、予約を取るのが難しい……かなり盛って話しているとは思うが、聞けば聞くほど他人の話に感じた。今の楓真はハサミの持ち方すら分からないというのに。  そして浩成は自分の客ではない。楓真がいた美容院には行ったことはないと以前言っていた。なら浩成との出会いはなんだったのだろう? 記憶の無い状態から改めて浩成を好きになった過程があるから、本当の出会いや馴れ初めなど今更知らなくても問題はない。ただ、自分がどんな気持ちで恋をして、浩成の恋人として生きてきたのか、その真実はやはり知りたいと思うし、思い出さないといけないと思う。記憶を取り戻すために浩成とそういった話をしたような気もするけど、今の楓真には覚えがなかった。 「あ……れ? ここって」  ふと見覚えのある道を歩いていることに気がつき足を止める。あてもなく大通りを歩いていたはずが、無意識に路地に入ってしまったらしい。この先には確か小さな公園があったはず……そう楓真が思った通りに、路地を抜けた先には小ぢんまりした公園があり嬉しくなった。  これと言って遊具などもなく、自動販売機とベンチがぽつんとあるだけ。子どもが遊ぶ公園、と言うよりは大人が仕事の合間などに一息つくのに適したような場所。楓真はベンチに腰掛けながら、自分も仕事帰りにここに座っていたような気がしていた。  人通りも少なく、楓真がぼんやりと座っている五分ほどの間に通ったのは、散歩をしている様子の老人一人と、険しい顔で電話をしながら歩くスーツの男だけ。その後もしばらく座っていたけど、買い物袋を下げた婦人と子どもが通っただけだった。  誰も楓真のことなど気にも留めない。人影を見るたびに湧く切ない気持ちは何なのだろう。楓真はここで誰かを待っていたのだろうか。なんとなくここにいるのが辛くなり、楓真はまた歩き出し路地に戻った。  最近出来たであろう小洒落たカフェや、それとは対照的な古めかしい喫茶店、古本屋などが混在しているのを眺めながらゆっくりと歩く。そしてまだ開店していない一軒の立ち飲みバーの前で楓真は足を止め、立てかけてある看板を見つめた。

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