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24 帰る

 千晃こと、伊良部(いらべ)千晃(ちあき)は楓真が務めていた美容院の店長、そして楓真の恋人だった── 「俺……ごめんね、もしかして心配かけた?」 「え? 当たり前だろ。急にいなくなるんだもんよ」  二人で住んでいたマンションに帰る。千晃と恋仲になって間もなく、楓真が強引に千晃の部屋に転がり込んだのをきっかけに同棲をしていた。   「なんか変な感じだ」  玄関に入るなり、不安になった楓真は千晃にそっとしがみついた。なんでこんな大事なことを忘れていたのだろう。むしろ忘れていたということが嘘のように思えてくる。目の前にいる千晃。店と家との往復の毎日を、昨日も同じに過ごしていたかのように錯覚する。それでも実際は、二人の間には半年以上もの時の隔たりがあった。  記憶が戻ったように感じるも、小さな違和感を覚える。「何言ってんだ」と笑い部屋に入っていく千晃に続いてリビングに向かうと、やっぱりそこは楓真の知っている千晃と自分の愛の巣に変わりなかった。ソワソワとしながら楓真は懐かしい気持ちでソファに座る。座面の小さなシミを見つけ、それが過去に自分が汚したシミだと気が付き嬉しくなった。 「少しは落ち着いたな?」  コーヒー片手に千晃が楓真の横に腰掛ける。砂糖抜きでミルクが少し入ったインスタントコーヒー。千晃はブラック。「ありがとう」と楓真は受け取り、口をつけた。自分の好みを知ってくれているのが猛烈に嬉しい。当たり前に差し出されたコーヒーを見て、楓真は涙が出そうになった。口数が少なく、何を考えているのかわからないところもある千晃に、楓真は遠慮がちに体を寄せた。 「……なあ千晃」 「ん? どうした?」 「なんでなんも聞かねえの? 俺、ここにいていいんだよね?」  再会したとき「──どこに行ってたんだ?」と言われたけど、それっきり楓真に何も聞いてこないことに不安を感じる。そんな楓真に千晃は笑って「当たり前だろ」と頭を撫でた。 「急にいなくなって連絡もつかねえし、店だって無断欠勤。携帯の位置情報も機能してない。とりあえずお前からの連絡を待ってみたけど音沙汰なしだし、それに入院してるってわかって駆けつけたけど、とっくに退院した後だったしな……」  そう言ってクシャッと楓真の髪を弄り、千晃は寂しげな表情を見せた。ああ、やっぱり自分は退院してから今まで浩成のところにいたのだ、と、現実を突きつけられた。楓真はハッとしてポケットにあるスマートフォンにそっと触れる。これは浩成に与えられた物であり自分のものではない。浩成の部屋で見たあのスマートフォンこそが自分のものだったのだと、たった今気がついた。 「探してくれたんだ。ごめんね……千晃」  急にいなくなったこと。連絡もせずにいたこと。存在を忘れ、他の男に気持ちが向いてしまったこと……これらは致し方ないこととはいえ罪悪感は拭えない。いっそのこと浩成の存在を忘れてしまえれば楽なのに、とさえ思えてくる。目の前の千晃にこんなにも高揚し惹かれているのがわかるのに、浩成のことも頭から離れなかった。  

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