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25 キス

 あんなにも浩成のことが好きだったのに、いとも簡単に心が揺れる。目の前の千晃との日々が思い出された今、楓真は浩成の元へ帰るという選択はできなかった。 「明日からどうすんだ? 店、もうお前辞めたことにしちまったからな……まあ戻ってきてもいいんだが」 「あ、えっと、俺、今無職で……バイトでもしようと思ってたところで……」 「は? マジか。なんでだよ、何やってんの?」  千晃に責められているように感じ、辛くなった。本当に今の今まで自分は何をやっていたのだろう。 「店には戻らないよ。すぐ仕事見つけるからさ、ごめんね。少し待ってて」 「そうなん? まあ無理しなくてもいいけどよ。お前が辞めてから来なくなった客もいるしさ、いつでも戻っていいんだぞ?」 「うん……」  そう言われても、楓真はスタイリストとして戻る気はなかった。戻りたくても以前と同じように仕事がこなせるとは到底思えない。それに楓真はこの仕事は好きじゃなかった。店以外で会いたがる女の客や、プライベートをしつこく聞いてくるような男の客の対応にうんざりし、逆にそういった客が千晃に纏わりつくのも面白くなかったことを思い出す。存外、嫉妬深いところがあったんだな、と、楓真は自分のことながら情けなくなった。  話しながら千晃は楓真の肩に腕をまわす。自然と抱き寄せられ首筋にキスをされた。突然の近い距離に緊張する。無意識に強ばる体を少し離すと、ムッとした顔の千晃に睨まれてしまった。 「何だよ、キスぐらいさせろよ」 「あ……ごめん」  楓真が言うか言わないかの間に頬を掴み、千晃は強引に唇を奪う。ぬるりと交わる舌に頬が紅潮し、一気に羞恥心が込み上げた。そんな楓真を千晃は満足そうに見つめると、もう一度顔を寄せキスする。浩成とのそれとは全く違った強引さに少し怖くなった楓真は、慌てて千晃から逃れると「ごめん、ちょっと待って」と顔を背けた。 「何? そのウブな反応。楽しませてくんねえの?」 「違っ……あのさ、ちゃんと話がしたい。だから、その、ちょっと待って……」  記憶が戻ったとはいえ、きっとそれは全てではない。正直、しっくりこない違和感がまだ残っている。とりあえず自分の状態を知ってもらいたいと思い、意を決して楓真は話し始めた。 「俺さ、信じてもらえないかもしれないけど、記憶がなかったんだよね。今まで」 「……ほお?」 「さっきのバーの前で吏紀に声をかけられてさ、振り返って千晃見た瞬間、色々思い出したんだよ」  恐る恐る千晃の顔を見る。じっと表情を変えず楓真を見つめる千晃は、きっと信じていないのだと、何となくそう思った。

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