26 / 77

26 戸惑い

「で? 記憶のない間、お前はどうしてたんだ? 退院時は誰といたんだ? 一人じゃねえよな? 記憶喪失の奴を一人で放り出さねえもんな。長いこと俺から離れて、どこで何してたんだ?」  矢継ぎ早に聞いてくる千晃は、やっぱり怒っているようで怖くなった。でもその質問には素直に答えることができず、楓真は少し考える。 「友達が……退院からしばらく身の回りのこと世話してくれた。てかその友達のことも俺、覚えてなかったんだけどね」  自分は嘘は言っていない。  自身の身に起きたことを、そのまま千晃に説明した──  気がついた時にはもうその友達の家にいたこと。当時は友達どころか自分のこともよくわからなかったこと。記憶を失ったのは怪我をしたせいだと言われたけど、何で怪我をしたのかすらわかっていない、そして今でもそれはわからずじまいなこと。しばらくは眠るたびに記憶がごちゃごちゃになりとても怖かったこと。日常生活を送れるようになり、一人で通院したり家のことを手伝ったりしていたこと。今日千晃と吏紀に会うまでは、自分の世界はその友達と家、近所のスーパー、服屋の店員、しかなかったこと…… 「嘘みたいだろ? 今ならこんなに千晃のことわかるのにさ……俺、全然わからなかったんだよ。怖いよな……」  話しながら楓真は浩成のことを考えていた。わからないのは自分自身のことだけじゃない。浩成もいったい誰だったのか、何のために一緒にいたのか。本当に友達だったのならそう言ってくれればよかったのに、なぜ「恋人同士」だと嘘をついたのか。好きになったのは事実。でも自分が知らない謎の部分は今となっては恐怖に感じた。 「それさ、疑問に思ってたんだけど、お前退院時に家族が迎えにきたって俺は看護師に言われたけどよ、どういうこと? お前の家族っていないよな? 誰に迎えにきてもらったんだ?」 「………… 」  確かに千晃の言う通り、楓真には家族はいなかった。子どもの頃に両親は離婚し、育ててくれた片親も既に亡くなっており、親戚の存在も知らず関わりも無かった。楓真は天涯孤独の身に近い。そんなことも忘れていた。退院して実家で過ごし、母親と話をしたと浩成が言っていたのは嘘だったとわかる。 「友達……多分友達に迎えにきてもらって、それから世話になってた……んだと思う」  そう言うしかなかった。楓真だって何のために浩成が嘘をついていたのかわからない。 「友達? ふうん、そう。友達……ね」  千晃は何か言いたそうに楓真を見つめるも「ま、どうでもいっか」と楓真を抱き寄せ頬にキスをした。  キスをされ、抱きすくめられていることに幸せを感じているはずなのに、どこか心の隅の方にある、ほんの僅かな緊張感に楓真は戸惑いを隠せない。避けるように咄嗟に出てしまう手に、千晃は不機嫌さを隠すことなく強引に唇を奪った。  

ともだちにシェアしよう!