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27 少しずつ蘇る記憶

 千晃は楓真の初恋の相手であり、そして初めての「恋人」だった。楓真にとって何もかも千晃が初めての相手。楓真が恋にのめり込み、夢中になるのはあっという間だった──  仕事で実力が認められ、固定の客も多く付き始めたところで、店長である千晃に楓真は気持ちを見透かされた。  千晃の店で働くようになってすぐに彼に一目惚れをし、そしてその瞬間楓真はこの恋を諦めていた。叶わぬ恋だとわかっていたから「俺のこと、そんなに好きなの?」と言われた時には、楓真はどう返事をしていいのかわからなかったのを覚えている。  閉店後の練習会。これは若手に向けたものだったけど、なぜか週に一回楓真が呼ばれた。憧れの大好きな人との二人きりの練習会。楓真は自分が特別視されているようで嬉しくて、俄然張り切って講習を受けていた。  この時初めて楓真は千晃にキスをされた── 「俺、千晃と初めてキスした時の事、思い出した……」  相変わらずソファの上で千晃に押さえつけられるようにして(まさぐ)られている楓真は、ぽつりと呟く。千晃の匂い、肌の温かさに触れ、じわじわと過去の記憶が蘇ってくるようだった。 「それ、いつの話だよ」 「いつって……」  何かを話そうとするたびに、苛ついたようにキスをされる。ああ、あの時もこんな風に強引だったな、と纏わりついてくる舌を絡めながら考えていると、千晃の手が服の間に滑り込み直接肌に触れた。 「ねえ待って、するの?」 「しねえのかよ……焦らすなよ」 「なら、ごめん……俺、シャワー行きたい。待っててくれる?」 「早くしろよ」 「うん」  急かすように体を押され、慌てて楓真はバスルームに向かった。  当たり前にこれから自分がしなくてはならない行為が頭に浮かぶ。これまで何度も何度も千晃と体を交わした。少し乱暴にも思える千晃の愛撫に、逃げることもできず支配されているような感覚が好きだった。抱かれるたびに自分は「千晃のもの」なのだと実感し、愛されている悦びに安堵していた。   「なんか不思議だ……」  浩成に対してはあんなにも愛おしく可愛がりたいと感じていたのに、千晃に対してはその逆、愛されたい、可愛がられたい、依存にも似た感情が溢れてくる。嘘みたいに記憶がすっぽりと抜けていたのが信じられなかった。期待が膨らみじわりと芯を持ち固くなっていく自身に触れ、少し恥ずかしくなりながら楓真は体を綺麗にする。あまり遅いとまた千晃の機嫌が悪くなるから、と、急いで洗面所に戻った。  鏡の前に立ち、自分の姿を見つめる。不安そうな顔は見せられない。そう思い軽く両頬を叩く。嬉しさと緊張と、いろんな感情が湧き上がる中、ふと気づいてしまった自分の知らない物。 「何だよこれ」  楓真は千晃と同じメーカーの色違いの歯ブラシを使っていた。でもコップに仲良く並んで刺さっている歯ブラシは明らかに自分のそれとは違っていた。バスルームにあったシャンプー類も種類の違うものが並んでいたことに違和感を覚えた。楓真は千晃と同じものを使っていたから、どういうことなのかと疑問に思う。下着や服は以前と同じにちゃんとあったけど、知らない誰かがここに泊まっていたのだと一目見てわかるから、この辺りに溢れている知らない物を見て不安になった。行方知らずだった自分に言えた義理はないけど、そう考えてしまうのが辛かった。  歯ブラシのストックはいつも常備していたから、棚から一本新しいものを下ろす。ぼんやりと歯を磨きながら、自分とは違い千晃は人付き合いも多いから、誰かしらは泊まっていくこともあるだろう……と、気持ちを切り替え、楓真は深く考えないようにした。  

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