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29 過去の自分は……

「── ああ、そうだ。しょうがないだろ。うん……うん、大丈夫だ。悪いな、少し遅れる」  少しトーンを抑えた話し方は、寝室で寝ている楓真を気にしてのことなのだろう。楓真は千晃に声をかけずにまっすぐにバスルームに向かった。  洗濯機に汚れたシーツを放り、スイッチを入れる。そしてあちこち痛む自身の体をシャワーで流し、綺麗にした。 「洗濯、悪いな。ありがと」  キッチンに立っていた千晃は怠そうにそう言うと、寄ってきた楓真を抱き寄せ頬にキスをする。先程扉越しに聞こえた声は少し苛立っていたように聞こえたけど、顔を見たら特に変わった様子もなく、寧ろ楓真の分の朝食を用意してくれていて、千晃はご機嫌に見えた。 「目が覚めたら千晃がいないから、ちょっと寂しかった……」  久々の再会、ましてや愛しい恋人との久々のセックスの後に、一人放置された気分で楓真は面白くなかった。「ごめんな」と言って欲しくて、わざと拗ねてみせる。 「え? どうした? お前、そんなこと言うタマじゃねえじゃん。何だよ昨夜から、可愛いな。楓真……」 「別に可愛くねえよ。あっ、やだ……待って」  一瞬、千晃の知っている自分ではないのか? と不安になる。そう言われてみれば「愛してる」とか「寂しい」なんて、面と向かって言ったことなどあまりなかったような気もする。千晃の存在を忘れ新たに浩成に恋をして、もしかしたら以前の自分はもうどこかへ消え去ってしまったのかもしれない。だけど今目の前にいる千晃が好きでしょうがない。それが事実。それでも自分が自分ではないような、何とも言えない妙な感覚が見え隠れするのは楓真にとって居心地のいいものではなかった。  顎を掴まれ強引にキスをされる。カウンターに押しやられ後がない楓真は、自分より体格のいい千晃に抵抗できない。せっかくシャワーを浴びて綺麗にしたのに、気がつけばまた下着を剥がされ、「やらせろ」と言う千晃に背後から足を開かされていた。  カウンターの上に用意された楓真の分の朝食。真っ白な皿に乗ったパンと目玉焼きはまだ湯気を立てている。背中を押さえつけ、強引に楓真の尻に指を這わせながら、邪魔だと言わんばかりに千晃はその皿を腕で退かした。 「待ってよ、なあ、やだ……ここじゃ……千晃、ねえ、やだ」 「まだここ、緩いだろ? やだじゃねえよ、楓真? 早くケツ……」  緩いも何も、流石にちょっと無理がある。「痛いのは嫌だ」と、せめて寝室に戻りたいと訴えるも、千晃はさっさとローションを手に戻り、その場でまた楓真を抱いた。  明るい室内。天気も良く爽やかな朝とは裏腹に、楓真の堪えた喘ぎと湿った肌が打ちつけられる卑猥な音が淡々と響く。「このままイケるだろ?」と千晃に背後から突かれながら緩々と扱かれれば、楓真はあっけなく床に吐精し、力無くカウンターに突っ伏した。

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