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30 記憶のズレ

 千晃はぐったりした楓真の頸に軽くキスをし、何も告げずにスッキリとした顔でバスルームへ行ってしまった。残された楓真は足元の床を眺め、自分の吐き出した性を憎らしげに睨む。愛されているとわかっているのに、千晃の自分へのぞんざいな扱いに納得がいかなかった。  近くにあったキッチンペーパーで適当に床を拭い、千晃が用意してくれた朝食を一人食べる。何でもないただのパンに目玉焼き。それでも自分のために用意してくれたのだと思うと嬉しかった。すっかり冷めてしまったそれを、楓真は黙々と口に運んだ。  部屋に差し込む朝日が眩しい。こんなに天気も良く清々しい朝に、一体俺は何をやっているんだ、と虚しく思う。バスルームに行った千晃は、そのまままた誰かとスマートフォンで会話をしながら、寝室に入ってしまったようだった。 「ごちそうさまでした……」  食事を終えた楓真は食べ終わった皿を食洗機に放ると、落ち着きなくソワソワしながら千晃が戻るのを待つ。程なくしてリビングに戻った千晃は、仕事に向かう準備を始めていた。 「千晃、ご馳走様。時間、大丈夫なの?」 「ん? 今日は俺の客午後からしか入れてねえし、吏紀に任せてるから問題ない」 「……吏紀?」  楓真にとって、吏紀は自分が面倒を見ていた後輩だった。記憶を失ってから半年ほど経過したその間に、どんな変化があったのだろうか。吏紀は千晃に店のことを任せてもらえるような人物だったのかと疑問に思う。楓真は取り戻した記憶と今現在の様子が何となく一致していないような気がして胸がざわついた。  先程から千晃が話をしていた相手は何となく吏紀なのだと気がついていた。それでもどこかしら親密そうに聞こえる千晃の口調を認めたくなくて、特に問い詰めることはしなかった。 「真っ直ぐ帰ってくるだろ? 晩飯作っておくね」 「え? 飯作ってくれんの? あ……でも別にどっちでもいいから」  付き合いで遅くなるかもしれず、すぐに帰れるかはっきりと約束ができないからと、千晃なりに気を使って出た言葉らしい。楓真は「どっちでもいいって何なんだよ」と文句を言いたくなるのを我慢した。  行ってらっしゃいのキスを強請る千晃に、照れながら玄関先でキスをする。 「マジでしてくれるんだ」 「は? 千晃がしろって言った……」 「はは、ほんと楓真、素直で可愛いな。じゃあ行ってきます」 「……いってら」  頬を赤くして千晃はもう一度楓真にキスをすると、店に向かった。一人残された楓真は首を傾げながらリビングに戻り、ソファに腰掛けぼんやりとテレビを眺めた。

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