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31 苛々

 自分も住んでいた千晃の部屋。二人で同棲をしていた、想いの詰まった場所──  それなのに、楓真の知らない物がそこかしこに溢れている。洗面所にあった歯ブラシや、千晃のものではないシャンプー。寝室に置いてあった香水も千晃のものではない。クローゼットには千晃の服と自分の服。そしてやっぱり見慣れない服が数着、我が物顔で掛かっていた。千晃の服かも? とも考えるも、少しばかり趣味が違うように思えるそれは、きっと楓真の知らない第三者の物なのだろう。 「なんか知ってるような気もするんだよな……」  認めたくない気持ちが大きい。楓真は誰もいない部屋でぶつぶつと独り言を言いながら、何となく掃除を始める。早いとこ仕事も探さないと……いつまでも何もしないままここにいるわけにもいかないし、と浩成に渡されていたスマートフォンを見つめた。  千晃と再会してから電源は切っている。何と言っていいのかわからなかったし、これは浩成に対しての裏切りに他ならない。けれどもどう対峙したらいいのかわからなかった。  つけっぱなしのテレビは、朝のニュース番組から賑やかなワイドショーに変わっている。今流行りのスイーツの店だか何だかを、これまた流行りの女優とタレントが楽しそうに紹介していた。もやもやと気分が晴れない楓真は、画面から聞こえる甲高い声が耳障りで、苛つきながらテレビの電源を切った。  テーブルの上に裸のまま無造作に置かれた現金の束を見つめる。千晃が出かけ間際に「買い物とか、当面の間ここから払って」と言って置いていってくれた。こんなに置いていかなくても、と困惑しながら楓真は金を封筒にとりあえずしまい、そこから一万円だけ取り出して財布にしまい買い物に出かけた。  今となっては当たり前に、今まで通ってきた知った道をゆっくりと歩く。  あのセレクトショップは千晃と付き合い始めてからよく連れて行ってもらっていた店で、服や小物はほとんどそこで買っていた。ベンチのある小さな公園は、千晃との待ち合わせに使った場所。遅くまでやっているあの立ち飲みのバーも、仕事終わりに二人で何度も行った店だ。 「何だかなぁ……」  思い出の場所、二人の思い出の店、でもそんな「思い出」なんて言うような過去のことではない。つい昨日のことのように思える楓真の記憶。むしろ浩成と過ごした記憶の方が遠い過去のことで、存在していたかも疑問に思えた。  しばらく近所を散歩し、スーパーに向かう。作った夕飯を食べてもらえなくても、次の日にでも食べればいい。それにああは言ったけど、昨日の今日だ。楓真を思い、千晃はちゃんと早めに帰ってきてくれると信じていた。  

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