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33 豹変

 千晃は楓真が思った通り、ちゃんと早く帰ってきた。自分の作った夕飯を一緒に食べられるのが嬉しいはずなのに、先ほどからモヤモヤとした気持ちが晴れず、楓真はわかりやすく不機嫌を演じてしまう。我ながらとんだ甘えん坊だとおかしくなる。けれど、自分からは何故か言い出しにくく、千晃に気にかけてもらいたかった。 「どうした? なんかご機嫌ななめじゃん。気のせいかな?」 「……ううん、別に」  千晃は楓真の作った料理を大袈裟なくらい「美味しい」と褒めちぎりながら食べている。それなのにあからさまにブスッとし、ろくに会話をしようとしない楓真に困惑気味に声をかけた。 「別に、の顔じゃないよな? 俺、ちゃんと早く帰ってきたし、何そんなにむくれてんだよ。あ? もしかしてただいまのチューもして欲しかったか? それとも抱かれる準備して待っててくれた?」 「は? 違うし!……ちょっと! 足で触んな!」  テーブルの下から伸びてきた千晃の足先が股間に触れる。いきなりギュッと踏まれ、楓真は慌てて腰を引いた。 「吏紀が……吏紀が来たんだよ。俺、知らなかったからちょっとびっくり、っていうか……何なの? どういうこと?」 「え? どういうことって、何? 吏紀が来たから不機嫌なのか?」 「……そうだけど!」  どうして? と言わんばかりの顔をして、千晃は相変わらず足を伸ばし楓真の股間を弄っている。じっと千晃に見つめられれば、モヤモヤと不機嫌だった楓真も段々と息が上がってきてしまう。「エロい顔……」と囁かれればもう千晃の思う壺で、すっかりその気になってしまった。 「やだ、足で弄るな……」 「嫌だって顔じゃねえよ? どうする?」 「どうもしない! 遊んでないで早く飯食えよ」  楓真は悪戯をしている千晃の足を両手で掴みポイっと放ると、バクバクと急いで箸を口に運び「ごちそうさま!」と席を立った。 「俺、シャワー浴びてベッドで待ってるから。食い終わったら食器下げといてね……」  恥ずかしくて顔が熱くなる。楓真は千晃が帰る前に風呂も済ませていた。言われた通り、いそいそと「抱かれる準備」をしていたのだ。見透かされていたとわかり悔しさが込み上げる。  それでもそれ以上に、求められてることに喜びを感じていた──  適当にシャワーを浴び、すぐに寝室に向かった。どうせ千晃は急ぐこともなくのんびりとテレビを見ながら食事をし、なんてことない顔をしてこちらに来るのだろう。期待していることを悟られたくなくて、楓真はベッドに潜り寝たふりをした。 「拗ねんなよ。ごめんな。ほら、顔見せろ……」  案の定、楓真が本当に寝こけてしまいそうになるほどにのんびりと寝室にやってきた千晃は、音も立てずに部屋に入ってきた。そして囁きながら楓真のいるベッドに潜りこむ。ちっとも「ごめん」だなんて思っていない、口先ばかりなのはわかっているけど、ギュッと背後から抱きすくめられ耳を甘噛みされれば、楓真は堪らなくなり、振り返りざまに千晃に抱きついてしまった。 「何で吏紀が勝手に部屋に入ってくんだよ。俺たちが付き合ってんの、知ってるの? いつ言ったっけ?」 「ん〜、あぁ、何だろな……」  別にどうしても今聞かなきゃいけないことでもないのに、楓真は千晃に面倒臭そうにあしらわれたことが気に入らなかった。 「なあ、何で?」 「は? うるせえな、しつけえよ。少し黙れ」  突然グッと頬を掴まれ、乱暴にキスをされた。千晃の言葉にも冷たさを感じてしまいドキリとする。表情のない顔。それは楓真の知った千晃の顔とは違い怖くなった。 「や、やだ……何? 待って……」 「訳わかんねえことでブスくれてたお仕置き。抵抗すんなよ?」  千晃はそう言うと力任せに楓真の手首を押さえつけ、近くにあったベルトで雑に縛りつける。急な千晃の言動に楓真は戸惑いしかない。吏紀の件を「わけのわからないこと」と言われ納得がいくわけもなく、楓真は苛つきながら手首のベルトを外そうと少しもがいた。 「動くなって言ってんだろ!」  一瞬何の衝撃だかわからなかった。少し遅れてジンと痛む頬に、叩かれたのだと気付く。 「面倒くせえのはお互い好きじゃなかっただろうが。ほら、さっさとヤルぞ」    

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