35 / 77

35 優しい手

 気持ちが滅入ってしょうがない。  楓真はシャワーで体を流し、適当にTシャツを纏いベッドに戻る。ひりつく痛みと身体中の鈍痛は否が応でも現実を突きつけた。とりあえずもうこのまま眠ってしまおう。そう思い目を瞑った。  吏紀の件はもうどうでもよかった。吏紀も言っていた通り、記憶が抜けていただけできっと自分も公認だったのだ。今更なことを聞いたから千晃は怒ってしまったのだ。  楓真は自分を抱きしめるように体を丸める。ふと浮かんだ浩成の顔。連絡もせず黙って出てきてしまったけど、浩成は今頃どうしているだろうか。スマートフォンの電源は切ったままだし、千晃に詮索されるのも嫌だから目に入らないよう触らずに隠していた。なんとなく浩成の優しい声が聞きたくなったけど、今更何を話せば良いのかもわからない。 「しょうがないよな……」と小さく呟き、楓真は眠りについた──  どのくらい経ったのか、背後でもぞもぞと何かが触れ楓真は目を覚ました。 「あ、悪いな、起こした」  出て行った千晃が何事もなかったかのようにベッドに潜り込んでくる。どんな顔をしたらいいのかわからず、楓真は無言で再び瞼を閉じた。自分に向かない楓真の体に、千晃は黙ったまま手を回す。その手が優しくそっと抱きしめてくるから、楓真は堪らず涙を零した。  堪えていても息が震える。悟られたくなくても黙ったままの楓真の目頭からは涙が溢れてしまい、ぽたりと千晃の腕を濡らした。 「楓真? どうした?」 「…………」  どの口が「どうした?」なんて聞いてくるのだろう。楓真は千晃の問いに答える気にもならない。どうせ何か言ったところで恨み節しか出てこないのだから、また千晃の機嫌が悪くなるのが目に見えている。このまま千晃も眠ってくれと願いながら、楓真は寝たふりを続けた。  抱きしめている千晃の手が楓真の頬に触れたかと思うと、優しく掌で涙を拭う。思わず息が漏れてしまい楓真はきゅっと唇を噛んだ。 「何泣いてんだよ……顔、見せろ」  頬を拭う手がそのまま瞼を優しく撫でる。思いの外優しいその手に、楓真はとうとう口を開いた。 「何って……俺置いてこんな時間にどこ行ってたんだよ。千晃はもう俺のこと、好きじゃないのかよ……だからあんなに酷いこと……」 「は? ちょっと? 何言ってんの? だから顔見せろって」  グイッと強引に体を向けさせられ、楓真は泣き顔を見られるのが恥ずかしくて目を逸らす。千晃は呆れたような困ったような顔をして笑っていた。 「なあ、お前本当に楓真なのか? ずいぶん可愛くなっちまって、困るんだけど」  ギュッと抱きしめられた楓真は千晃の胸に顔を埋める形になり、仄かに香る外の空気とタバコの匂いに少しだけ気持ちが落ち着くのがわかった。  千晃は「ちゃんと俺を見ろ」と言いながら、楓真の頭頂部にキスを落とす。恐る恐る顔を上げると、今度は優しくキスをされた。

ともだちにシェアしよう!