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36 悪夢

「さっきはごめんな。泣くとは思わなかった……やりすぎだったか?」  取ってつけたように千晃は詫びながら楓真を抱きしめ、あちらこちらにキスを落とす。千晃の言葉になんと言っていいかわからず楓真はただ頷いてされるがままになっていた。やりすぎも何も、愛し合うという行為はああいうのではないだろう。楓真にとってはただ痛めつけられ嬲られた認識しかない。 「ああいうのは嫌だ……俺、まだちょっと自分のこととかわかってないことあるかもしれないからさ、なんか変なこと言ったらごめん。先に謝っとく。だからお仕置き、とかやめて」 「あ……うん、そうか、わかった」  千晃は少し驚いたような顔をし、それでも楓真の言うことに素直に頷く。「調子狂うな」とボソッと吐き、楓真の体を弄り始めた。 「え? 何? するの?」 「うん、もう一回ちゃんと抱きたい。いいだろ? 楓真、優しくする」  そんな風に言われてしまえば、もう悪い気はせずコクリと頷く。千晃は「優しくする」と言っていた通り、その後は楓真が呆れるくらい優しく、そして執拗に楓真を抱いた──  楓真は千晃に抱かれたまま眠りに落ちていた。  無意識に千晃にしがみつき、呼吸を整え気持ちを落ち着かせる。夢の中なのか現実なのかわからない混沌とした空間に、ゾワリと沸く小さな恐怖心。暗闇の中、得体の知れない何かが迫ってくる。ただ自分一人取り残され動けずにいる、そんな気分に陥っていた。  これは今までも見ていたのと同じ「夢」だ。あの悪夢だとわかっているのに楓真はどうすることもできない。その場で動けずにただ怯え、迫ってくる何かに恐怖している。助けを呼ぼうにも声が出ない。喉元を圧迫され、ハクハクと餌を求める魚のように口を動かすのが精一杯だった。 「楓真? 楓真? 大丈夫か?」  ふと揺さぶられ、意識が戻る。心配そうに見つめる千晃と目が合い、楓真はホッとし息を吐いた。 「夢……怖い夢、見てた……」 「夢?」  うなされて汗ばんだ額に手を置き、現実に戻れたことに安堵する。久しぶりに見た悪夢に楓真は動揺を隠せなかった。  とりあえず千晃がいてよかった。込み上げてくる心細さが少しずつ和らいでいく。抱きしめてくれている千晃の胸に顔を埋め、「もう大丈夫」と囁いた。 「なあ、怖い夢ってどんな?」 「え……えっと、なんか追われてんの……真っ暗でよく見えないんだけどさ……」  千晃に問われ、眠気を誤魔化しながら楓真は朧げな記憶を振り返った。毎回同じ夢とはいえ、しっかり記憶しているわけじゃない。ただただ「迫ってくる」何かに訳もわからず恐怖しているだけの夢。聞かれてもうまく答えられはしなかった。 「ふうん。それってあのストーカーじゃね?」 「ストーカー?」 「お前、変なのに付き纏われてるって言ってたじゃんか。夢にまで出てくんのヤベエね」  千晃は少し楽しそうにそう言うと、ギュウっと楓真を抱きしめ眠ってしまった。

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