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37 憤り

 千晃の言った「ストーカー」に関して、楓真は全く心当たりがなかった──  あれから何度か千晃に聞いてみるも、千晃自身も記憶が朧げなのか、碌な答えは聞けなかった。     そもそもストーカーに付き纏われていたのは楓真であって千晃ではない。自分とは関係のないことだから知ったことではないらしい。それはそれで楓真にとってみたら腹の立つ話なのだが、なんとなく千晃の言い方がいい加減な気がして、もしかしたら適当に言っているだけなのでは、と、半信半疑になっていた。実際今は何も問題なく過ごせているのだから大丈夫なのだと、最近では「気にするだけ無駄」と思うようになっていた。  千晃と生活するようになって数日が過ぎ、千晃が仕事に行っている間楓真が家の事をして過ごす、そういう一日の流れが定着しつつあった。初めこそ千晃はちゃんと家に帰ってきて楓真と共に食事をし、新婚さながらに二人の時間を楽しんでいた。でも楓真の記憶している「恋人同士」だった二人の時間、それが崩れていくのはあっという間だった。  千晃が帰って来ない日が何度もあり、楓真が用意した夕食が無駄になることが多くなった。一応あとで食べられるように、それぞれ小分けにして冷凍保存はしてある。そのストックが少しずつ冷凍庫に貯まっていくのを見ると「どうして?」と思わざるをえず、寂しい気持ちが膨らんでいった。  千晃の留守中、何度か吏紀が部屋に来ることがあった。当たり前に我が物顔で部屋で寛ぐ吏紀を見て、どうしても心穏やかではいられない。「何しに来た」と聞いたところで、楓真の様子を見に来ただけだと答えになってない返事をされ、余計にイライラが増すだけだった。  今日も千晃の留守中に合鍵で勝手に入ってきた吏紀は、冷蔵庫の中からビールを取り出しソファで一人飲んでいた。買い物から帰った楓真は呆れつつももう慣れっこになっていて、いつも通りにキッチンに向かった。 「なあ、待って……吏紀、それってさ……」  何気なく目に入った吏紀の姿を見てハッとする。見間違うはずもない、吏紀が来ている服は千晃のものだった。 「ああ、千晃さんのね、これ。あの人服いっぱい持ってんよね」 「いや、そうじゃなくて! なんで吏紀が千晃のを着てんだよ。もしかして──」 「千晃さん俺のところに来てるよ? なに今更そんな焦った顔してるの? 楓真君ウケる」  吏紀は何でもないようにそう言うと、わざとらしく自身の体を抱きしめるようなポーズをとる。 「俺にはちょっと大きいんだけどね。千晃さんのいい匂いするんだ」  そう言ってはにかんで笑う姿に、楓真はイライラが頂点に達した。 「何だよそれ! よく俺に向かってそんなこと言えたな! 知ってんだろ? 俺と千晃のこと」 「え? なに怒ってんのさ。楓真君、どうしたの?」  ソファに座ったまま吏紀は手を伸ばし、目の前まで来ていた楓真の手を捕まえる。「どうしたもクソもない!」と怒り心頭な楓真を「そんなことより……」と遮り、楽しげに話を続けた。

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