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42 命令と約束

「あっ……待って、やっ……そんなにしないで……激しっ……」  吏紀の上に腰を下ろしてしまっている楓真は、「自分で動け」と言っていたくせにそれを許さずひたすら突き上げてくる吏紀に対し、逃げるように腰を浮かせる。されるがまま肩にしがみつき、情けなく声を上げることしかできなかった。 「逃げんなよ、んっ……ほら、気持ちいいだろ? 久しぶりなんだよなぁ? どう? 千晃さんよりか優しいだろ?」 「やだ……やっ、やめろ……あっ、あっ、んんっ」 「いいね、声、もっと出せよ。いやらしいなぁ。ああ気持ちいい」  いい加減力の入らなくなった楓真に、吏紀が体勢を変え押し倒そうとした瞬間、ふと動きが止まる。 「なあ、何やってんの?」  突然背後から千晃の冷めた声が降ってきた。つい先程まで夢中で腰を突き上げていた吏紀は、慌てて楓真の体を突き放すように押しのけた。 「千晃さん、俺、ダメだって言ったのに……楓真君、いいからやらせろって……」 「え? 何? え、違っ……」  服を脱ぎ捨て、顔を上気させ跨る自分と、ほぼ着衣状態で楓真に乗られている吏紀。側から見れば楓真が強引に吏紀の上に跨り腰を振っていたようにも見えなくもない。それでも目の前で平然と嘘を吐く吏紀に、驚きと戸惑いで言葉に詰まってしまった。 「あー、いいから……吏紀はもう帰れ」 「え、うん、わかった。千晃さん、またね」  千晃に言われ、そそくさと身なりを整えた吏紀は部屋から出ていった。心臓が跳ね上がるようにドキドキとうるさい。吏紀の言っていたことは誤解だと弁解したいのに恐怖で言葉が出てこない。過去に三人でことに及んだ事もあるはずなのに、どうしたってこれは裏切り行為なのではないかと、楓真は罪悪感でいっぱいになった。 「で? お前はこんな格好でどうした?」 「あの……これは……吏紀が……あっ」  楓真の言葉を待たずに、千晃は腕を掴むと強引に持ち上げる。吏紀の律動から逃れようと中途半端に腰を浮かせ変に力を込めていたせいで足が震える。思うように力が入らず、楓真は寝室まで乱暴に引っ張られてしまった。  寝室に入るなりベッドに押し倒される。そのまま力任せに押さえつけられたものの、意外にも優しくキスをされた。 「吏紀に触らせてんなよ……何やってんの? 楓真は俺のだろ?」 「………… 」  初めて見る千晃の悲しそうな表情。あやふやな記憶だけれど、今までこんな顔をした千晃は見たことがないと感じ楓真は思わず「ごめん」と言いそうになった。千晃こそ楓真に隠れて吏紀の家で浮気をしていたのだから、自分が謝ることなど微塵もないはず。楓真は思わず出そうになった謝罪の言葉を飲み込んだ。 「俺以外の命令、聞いてんなよ。そういう約束だったろ? 忘れたのかよ」  命令、約束……  そんな記憶は一切無い。そもそも千晃と自分は恋仲であって、吏紀は千晃の浮気相手……それすら意味がわからないのに、何を責められるというのだろう。それでも悲しみと怒りのようなものが入り混じる瞳で見つめられ、楓真は複雑な気持ちでどうしても強く出ることができなかった。寧ろ自分は悪くないのに千晃の反応が怖いと感じてしまう。 「震えてる……俺が怖い?」 「違う、そんなことない」 「なら足腰震えるほど吏紀によくしてもらったのか? ふーん、そんなに気持ちよかった?」 「違う! ちがっ……」  頬に痛みが走る。またしても楓真は千晃に頬を叩かれ呆然とした。

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