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44 それは既に過去の事

 楓真の中で二度ほど欲を吐き出した千晃は、ぐったりした楓真を気遣い嘘のように狼狽しながら抱きしめる。そして謝罪の言葉を何度も何度も囁いた。言葉通り千晃に抱きつぶされ、動くこともままならなくなった楓真に優しくキスをして体を労う。風呂の準備も体を洗うのも、何もかも千晃が率先してやってくれた。 「ここ、痣になっちまったな。ごめんな……こんなにするつもりなかったんだ。楓真のことが好きだから……吏紀との姿見て俺、凄く嫌で我慢できなかった」 「……いいよ。うん、大丈夫」  二人で再びベッドに入り、千晃は楓真を抱きながらひたすらに言い訳をし謝罪する。わかりやすく楓真に対して甘い言葉をかけ続け、優しいキスをひっきりなしに浴びせてくる。散々酷く抱いたくせに今更何なのだと、楓真は冷静に考えていた。 「愛してる。楓真、許してくれるよな? 俺にはお前しかいねえんだよ」 「うん……」 「本当に? 楓真は?」 「うん、愛してるよ」 「ごめんな、楓真……好き、愛してる」  一体千晃は何に対して「許して」と言っているのだろうか。酷く抱いたこと、家に帰らず楓真の知らないところで吏紀を抱いていたこと、両方のことを言っているのではないと感じた。猛省している風でも、どこか白々しさを感じてしまう。ちっとも心に響いてこなかった。  それでもここでまた文句を言おうものなら何をされるかわかったものじゃないと踏み、楓真は大人しく千晃の言うことに頷いた。  お前しかいない──  全くどの口が言っているのだろう。  過去にも千晃は気分によって楓真にきつく当たったり裏切る行為を繰り返していた。惚れた弱み、ではないけれど、初めて好きになった人、初めてを許した愛おしい人、たとえ酷くされようとも、自分のことを愛してくれているから故の行動で、だから事後はこんなに反省し、謝ってくれるのだ……と、そんな楓真の思いが千晃の悪癖を助長させてしまっていたのかもしれない。酷い仕打ちの後、手のひらを返したように深々と謝罪をされれば、それだけで簡単に許してしまえるほど、当時の楓真は千晃に執着し、彼のことしか見えていなかった。  一度記憶を失い、そして少しずつ過去の記憶が呼び覚まされた今、楓真は客観的に自分を見つめることができていた。きっと今思うことも経験してきた全てではない。まだ靄がかかっているような曖昧な部分があるのもわかる。あんなにも愛おしくて、大好きだった千晃に今しがたされた仕打ちに心が深く傷ついた。それでも、そのおかげで一つ、大事なことを確信することができたのだった。  それからもいつもと変わらない日々が過ぎていく。  千晃はあんなにも反省し、楓真に対して優しくしていたくせに、自分の発した言葉をすっかり忘れてしまったのか、連絡なしに帰宅しない日も度々あった。  でももう大丈夫……  楓真はちゃんとわかっていた。  あの時みたいに、自分は傷付く必要はない。  千晃とは既に終わっていたのだから──

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