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51 何でもない……
「浩成君、スーツ姿だからわからなかったよ。てか、なんかごめんね……」
「あ、いや……うん、でも何でこんな所に? お店は?」
やっと落ち着いて話し出す楓真に、浩成も恐る恐る状況を聞く。尤も店が定休日なのは承知の上。だからこそ楓真が今日この時間にここにいるのが浩成には不思議でならなかった。怪我までしているのだからなおの事。
楓真は浩成のことを不審に思うことなく、安心し切った様子で今日は定休日なのだと教えてくれた。
「店、休みでも練習会やってるからさ……いや、俺は今日は休みだったんだけど千……あ、えっと友達をさ、迎えに……」
「……ふうん、そうなの」
言いかけた「千晃」の名。それは浩成も知っている、店のホームページに紹介されていた店長の名前。そして楓真の恋人、千晃の名前だった。友達だと誤魔化したのは、きっと千晃との仲、男の恋人がいるということを伏せているからだろう。浩成は全て知っていたけど、あえてそこは詳しく聞かずに話を続けた。
その「友達」とはルームシェアをしている関係なのだと楓真は言う。言葉を選び、辿々しく一生懸命に浩成に説明をしている姿が、見ていて少し辛かった。
楓真は閉店後の練習会のある日は、千晃と共に帰宅する。そして自分が早く上がる日にはこの公園でボーッと千晃の帰りを待っている。それなのに千晃がここに来るのは気まぐれで、待ちぼうけで一人帰ることもよくあった。そんな姿を何度も見ながら浩成が感じていたこと、違和感に胸がざわつく。もし自分が楓真の恋人だったなら、こんな扱いは絶対にしない。一人寂しく待たせたり、怪我をしているのに迎えに来させたりするわけがない。愛しい恋人にする態度とは到底思えず、どうしようもなく怒りが湧いてしまった。
「いやさ、店が休みとか、そういうのはわかったけど……その怪我。何かあったの?」
楓真の顔を覗き込むようにして顔を近付けると、少しはだけた胸元に目がいった。服で隠れてはいるものの、鎖骨の辺りから首にかけキスマークのような鬱血痕が無数にあった。ひとつやふたつならまだ色気や可愛げもある。でもここまで大量にあると、もはやキスマークなのかも疑わしかった。
「あっ……これは、大丈夫。ちょっとトラブル……そう、大したことないから……」
「何で? ちょっとのトラブルじゃないんじゃない? 顔のだってそれ、殴られたんじゃないの? 手首もさ、無理矢理掴まれたような痕でしょ?」
「違う! 違うから。これは……ほら、薬剤でさ、かぶれちゃって……俺、肌弱いんだよね……」
「………… 」
以前施術してもらった時に穴があくほど見ていたからわかる。楓真は特に肌が弱いわけではない。手荒れをしていたスタイリストもいたにはいたが、楓真はどこも荒れてなどいなかった。
それでも浩成から隠すようにぎゅっと手首を掴み、頑なに「何でもない」と繰り返す楓真にこれ以上追及することはできなかった。
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