52 / 77

52 拠り所に

 気まずそうな楓真の顔を見ているのが辛かった。  浩成は自分の膝に視線を落とし、楓真に問いたいと溢れてくる言葉たちを飲み込み呼吸を整えた。その怪我の原因は恐らく恋人である千晃なのだとわかっていても、浩成はそれを言い出すことができなかった。 「俺はオフだけど、彼は指導する立場だから……出かけ直前にちょっと喧嘩しちゃって……」  沈黙を破り、楓真が静かに話し出す。浩成が声をかけたことで少しは頼ろうと思ってくれたのだろうか。浩成なら話してみても良いと思い、気を許してくれたのだろうか。楓真の態度に思わず嬉しくなって顔を上げた。 「ならその同居している友達に殴られたの?」 「あ、違う、これは……事故みたいなものだから、いいんだ……俺は気にしてない」  事故でも何でも、どう見ても殴られた痕を頑なに違うと言うなら、これ以上問い詰めてもしょうがないと諦める。せっかく少しでも心を開きかけてくれたのに、ここで踏み込みすぎて引かれてしまうことは避けたかった。それでも何か力になりたい、これっきり無関係でなんていられない、放っておけないと強く思った。 「言いたくないのなら無理には聞かないけどさ、少なくとも俺は物凄く心配してるから……」  浩成は鞄からメモをちぎると自分のアドレスと電話番号をさっと書く。 「困ったことがあったら何でも言って。これ、俺の連絡先……」  一方通行でいい。連絡先の交換をしなくてもいい。とりあえず何かあった時の拠り所に自分がなれればと思い、浩成は楓真に連絡先を手渡した。楓真はそのメモに視線を落とし、しばらくの間黙り込んでしまった。内心、余計なことをしてしまったかも……いきなりこんなメモを渡して困らせてしまったのかも、と不安が過ぎる。浩成は少し慌てて「いや、心配だからさ」と弁解するように呟いた。 「でも、いらなかったらそれ、捨てていいから、気にしないで」  心配するあまり、不審に思われてしまってはしょうがない。気を許してもらえたと感じたのは、もしかしたら自分の思い過ごしだったのかもしれない。楓真の様子を見て「やりすぎたかも」と不安が増した。 「あ……ありがとう。友達でもないのに、浩成君は優しいね」  楓真に礼を言われホッとすると同時に少し傷つく。自分は確かに「友達」ではない、ただの客だ。たった一回、美容院に赴きヘアセットをしてもらっただけの客。得意客ですらない。  それでも浩成にとっては楓真は誰よりも大切な存在だった。もちろん、付き合いたいとか自分のものにしたいとか、そんな独占欲は微塵もない。暗闇にいたような自分の人生に光をくれた尊い存在の楓真が、ただただ悲しく辛い思いをせずにいてほしいと願っているだけだった。

ともだちにシェアしよう!