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54 愛されているから……

「千晃、あ、同居してるのって千晃っていうんだけど、ちょっと気が短いんだ……俺がいつも気に触るようなことしちゃってるから……しょうがないんだよ」  軽く笑ってそう言う楓真に、浩成は真剣な顔をして話を続けた。 「でも、理由は何であれ、暴力はありえないでしょ。何でいちいち君を傷つけるんだよ。しょうがなくなんかない、嫌なことは嫌だってちゃんと言わなきゃ」 「いいんだ……うん、嫌じゃないし。千晃はちゃんと俺に優しいから……」  千晃のことが好きだし、愛してくれているんだと照れながら浩成に話す楓真は、とうとう千晃のことを自分の「恋人」なのだと認め、笑った。わかってはいたけど、改まって真実を伝えられるのはちょっと辛い。  千晃と口論になって暴力を振るわれるのは、楓真に色目を使ってくる客を見た千晃のヤキモチが発端のことが多いらしい。話を聞いた限りは大分理不尽な理由だった。人気が出ればそれだけ注目される。客に喜んでもらうには、技術ももちろんだけどそれなりに愛想もよくしなくてはいけない。そんなことは接客業ならわかりきったことなのに、いくらそう言って伝えても理解してもらえず、ようは自分の思い通りにならないことが少しでもあると不機嫌になってしまうようだった。 「愛情の裏返し、ってやつ? 俺のことが好きすぎて心配なんだって。笑っちゃうよね」  そんな風に言われたところで浩成にとってはちっとも笑える話ではなかった。千晃の度が過ぎた我が儘にしか見えない。  笑って話す楓真は気が付いていないのかもしれないが、千晃の楓真に対する執着心、束縛は、きっと一般的なそれとはかけ離れている気がして少し怖かった。好きすぎて心配、と言う割には、楓真への扱いはぞんざいだし、こうやって恋人が仕事帰りに待っているのがわかっているのに知らんふりをする。暴力を振るう理由も浩成からしたらよくわからない。本当に楓真のことを愛しているのだろうかと疑問しか湧かなかった。当人は「愛されている」と言うけれど、客観的に見たらそういうふうには見えなかった。 「この痕も……恥ずかしいんだけど乱暴されたってわけじゃないから。心配しなくてもいいんだ。千晃は……ちょっとそういう性癖があるっていうか、同意の上で……だから」  これは「プレイの一環」と、顔を赤くしてそんなことを赤裸々に話す楓真を見て泣きたくなった。特殊な性事情も話してくれるくらい気を許してもらえ楓真に近付けたのは嬉しいことだけど、正直そこまで聞きたいとは思っていなかった。 「イラついてるとね、ちょっと荒々しいんだよ。そういうのはさ、しょうがないじゃん?」 「……うん、そうだね」 「それに、千晃も俺に対して酷くしたって自覚があるから、ちゃんと後から優しくしてくれるんだ。乱暴者じゃない、可愛いところもあるんだよ」  浩成はもう頷くことしかできなかった。  本人が辛くない、困ってもいない、愛情の裏返しなのだと言うならそれを否定することはできなかった。それでも、このままなのは楓真にとってよくないと、危機感は拭えなかった。

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