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55 楓真の気持ちと浩成の願い

 きっと楓真は浩成と同じで、自分がゲイだということを誰にも言ったことがなかったのだろう。  千晃が楓真にとって初めて好きになった人で、そのことを自覚した時点でこの恋は諦めていたのだと言った。それでも実るとは思っていなかった初恋が、いとも簡単に叶ってしまったことで千晃に夢中になるのは必然だったのだ、と嬉しそうに話す。 「好きだから……俺は大丈夫」  一度浩成に恋人の存在を打ち明けてしまえば、今まで誰にも言えなかった恋の話を聞いてもらえるのが嬉しいらしく、会えば決まって千晃の話をするようになった。聞いてもいない馴れ初めや悩み事など楓真は浩成に打ち明けた。でも楓真が千晃の話をする時の何とも言えない幸せそうな表情を見るのは、浩成にとって複雑この上ないことだった。  客観的に見て、やはり千晃の言動は愛情というより単なる執着に見えてならない。お気に入りは常に手元に、自分が遊びたい時だけ構い、そうでない時はどうでもいい。でも自分の知らないところでお気に入りが他人に色目を使われたりするのは我慢ならない……お仕置きと称して欲のまま楓真に触れる。それが体を痛めつけるようなことでも、それは「愛情」からくることなのだと楓真は言う。どんなに酷くされようとも耐えながら、千晃に支配され従うことが当たり前になってしまっているのが見てとれた。  恋は盲目、とはよく言ったもので、まさに楓真はそんな千晃の勝手な部分には何も疑問に思っていない様子だった。 「そういうのってさ……DVなんじゃないの?」 「え? まさか! 違うでしょ。俺も男だし、そんな言うほど酷いことされてるわけじゃないよ? 心配しすぎだって」  楓真のためだと意を決して聞いてみるも、笑って否定されてしまう。そもそもDVとは男が女に対して振るう暴力だというイメージが強いらしく、自分たちには当てはまらないと思っているようだった。いくらDVに男女は関係ない、分かり易い暴力だけではないのだと浩成が説明しても、違うと思い込んでいる楓真の耳には全く届かなかった。  周りがどう思おうが、当人が幸せそうなら何より。そう思うようにしても、笑顔の裏でまるで所有物の証のような痛々しい痕が刻まれていくのを目の当たりにすると、やるせない思いでいっぱいになる。大丈夫だと笑う顔と体の痕がチグハグで、そんな楓真を見ているのが辛かった。    気を許してもらえ、距離が縮まった喜びに反して浩成の胸の苦しさは日に日に増していく。楓真とのいい距離を保ちながらも、何も助けになっていない現状はもどかしくてしょうがなかった。  それでもいつかは楓真自身で気が付いて、千晃の呪縛から抜け出せれば……    そう浩成は願っていた──

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