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58 変化

 ベッドに押さえつけられてもなお抵抗を続ける楓真に、イラついたように千晃は声を荒らげる。 「なんでそんなに拒むんだよ!」  千晃の大きな声を聞くと、体が勝手に萎縮してしまう。この後に続く暴力を知っているから、楓真はなるべくことを荒立てないようどう伝えたらいいか考えた。 「今日は……ちょっと体調悪い。ごめん、だからそういう気にはなれない……」  下手に拒んで激昂されたくなかった。乱暴にやられるくらいならまだ普通にされた方がマシだ。今楓真が千晃に言える最小限の拒絶の言葉はこれくらいしか思いつかなかった。ただやりたいだけの千晃にこんなことを言ったところで何も変わらない。それでも求められればもうしょうがない、と、楓真は諦めつつも少しの期待を持って千晃を見つめた。 「千晃?」  黙り込んでしまった千晃に、緊張しながら反応を待つ楓真は押さえつけられている腕の力が緩まるのを感じハッとした。心配そうな顔をして覗き込んでくるのを見て不思議な気持ちが湧き上がる。 「……そか。大丈夫か? 最近留守にしてたことが多かったから……気付いてやれなくて悪かった」  ふわりと千晃の大きな手が楓真の頭に触れ、優しく抱きしめらた。そのまま額にキスまでされれば戸惑いしかない。 「へ?」 「おやすみ、楓真」  にこりと穏やかに笑顔を見せ、千晃は大人しく部屋から出ていってしまう。思ってもみなかった反応に楓真は驚きを隠せなかった。とりあえず千晃の気持ちが萎えたことで、抱かれずに済んで助かった、と、少し腑に落ちないまま楓真はベッドに潜り込み目を瞑った。    しばらくすると部屋に千晃が戻ってきた気配で目が覚めた。結局うつらうつらと少し眠ってしまっていた楓真は千晃もそのまま寝てくれることを願い、寝たふりを続ける。すぐにベッドに入ってくるだろうとじっとしていると、不意に千晃に額を触られ驚いてしまった。 「えっ、何?」 「あぁ、悪い。起こしちまったな。熱……は、なさそうだけど、水と解熱剤と、胃腸薬とタオルとのど飴と……えっと、何用意したらいいのかよくわかんねえから、まあ色々持ってきた……」  少し慌てた様子で千晃はサイドテーブルに持ってきたものを色々と並べている。楓真は自分で「体調が悪い」と言ったことを思い出しながら、まさかの行動を取る千晃を不思議な気持ちで見つめていた。  今まで千晃が熱を出した時などは、当たり前に楓真は看病をしていた。でもその逆、楓真の体調不良の時は千晃に気にかけてもらうこともなく、一人でやり過ごしていたのを思い出す。一体どういう風の吹き回しか、初めて見る千晃の様子に戸惑い、小さな罪悪感に襲われた。 「あ……俺は大丈夫だから。ありがとう。少し疲れただけだし……大したことないから」 「そうか? それならよかった」  ベッドに入ってきた千晃は楓真に腕枕をすると、そのまま優しく頭を撫でる。思いがけず優しくされ、楓真は付き合いたての頃を思い出し切なくなった。

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