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60 別れ話
嘘のように穏やかに過ぎていく日々──
「楓真……あぁ、楓真……気持ちいい? 痛くねえ?」
「あっ……あ……ん、うん……大、丈夫……んっ……ん……」
乾いたシーツの擦れる音と、肌の触れ合う淫靡な湿った音。熱を持った千晃の掌が全身を撫で、楓真は艶かしく体を捩り小さく抵抗している。
「もう……いいから、あっ……んんっ、挿れて……いいから……早く……」
「だめ。ちゃんと解してやるから、あれ? ここだけでイキそうか?」
「違っ……あ、や……だ、あっ……そんなにしないで、今まで……こんなふうにしなかったじゃん……やだ」
優しく壊れ物に触れるように丁寧にじっくりと愛撫をされれば、気持ちとは裏腹に体は否応にも反応してしまう。楓真の意に反してその反応は千晃の自尊心を満たし、ますます態度にあらわすようになっていた。
あれから千晃に強引に迫られることはなくなった。もちろん乱暴に抱かれることもない。優しくしたいと言っていた通りの行動をとる千晃に、いつ元の本性をあらわすかと思いながら、それでも毎回関係を断ることもできずにこうやって楓真は体を許してしまっている。
驚くほど気遣い、丁寧に優しく触れてくれる千晃に戸惑うことが多い。もう千晃に対し気持ちがなくなったとはいえ、毎日穏やかに愛されていれば情も湧くもの。本来楓真が初めて愛し真剣に恋をした相手なのだから、心底嫌いになどなれるはずもなく、流されるように体を重ね、今更ながらに「愛されている」ことを実感していた。
「愛してる……楓真だけ……ああ、お前の中、気持ちいい……」
「……んっ」
行為の最中何度となく囁かれる愛の言葉に、楓真はつい口を噤む。一方的に満足のいくまで楓真を抱き、優しい言葉などかけたこともなかった千晃が、今ではまるで別人のように楓真を抱いている。それでもいくら優しく接してもらっても、いつ豹変し乱暴にされるかと思うと安心して委ねることなどできなかった。
「楓真、楓真……好きだよ……ああ、楓真も俺のこと、好き?」
「…………」
好き、と問われれば仕方なしに小さく頷き、誤魔化すように自分から唇を合わせる。快楽に流されるふりをして、心の奥底では警戒している。機嫌を損ねないように千晃の様子を伺っている。いくら「愛している」と言われたところで、楓真の気持ちは既にないのだから、いつまでもこんなふうにしているのはダメだとわかっていた。
終わりにしよう……
そうはっきりと伝えないといけないのに、なかなか踏み出せずズルズルと時間だけが過ぎていく。こんな恋人ごっこを続けていてもしょうがない。許されていると思っている千晃に対し、これ以上こんなふうに接していたら引き返せなくなってしまう、と気持ちが焦った。
「千晃……俺さ、全部思い出したんだ。ごめん」
事が済み、楓真の横で幸せそうに微睡んでいる千晃に意を決して話し始めた。
「記憶なくす直前さ、俺、千晃と別れるつもりだった。ちゃんと伝えることができずにここを出て行ったことになっちまって……おまけに記憶が戻ったのもずっと前の記憶で、混乱させたと思う……」
「…………」
「なあ、聞いてる?」
「……ああ、うん、聞いてる」
千晃は静かに横になったまま楓真の告白を聞いている。正直、別れるつもりだったなんて話をしたら逆上されるんじゃないかと怖かった。
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