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61 拘束
「え……? 何?」
寝室で目を覚ました楓真の目に飛び込んできたもの──
自分の足首に巻かれた革ベルトと、それと繋がっている細くて長いチェーンが飾り柱までのびている。
「いや、へ? なんで……」
とりあえず起き上がり、少し痛む頭を摩りながら部屋から出た。幸い繋がれたチェーンは隣接している洗面所とトイレまで辿れるほどには長く、拘束されているという感覚はあまりなかった。柱からチェーンを外す事はできないけど、足首に巻かれている錠付きのベルトは切ろうと思えば簡単に切れそうな代物だった。
「えっと……今って何時だ?」
楓真はこの状況に理解が追いつかず、何が起きたか記憶を辿る。確か千晃に執拗に抱かれた後、機嫌を見計らい別れ話を切り出したはず。表情を変えずに静かに話を聞いていた千晃に安心し、そのまま眠りについた……
「違う! そうだ……珍しく千晃がスムージーを作ってくれて……」
視界の端に見えたキッチンのシンクに、使用済みのグラスと出しっぱなしのジューサーを見て思い出す。一人ベッドで微睡んでいた楓真は千晃に起こされ、わざわざこれを飲まされた。別れ話を持ちかけたばかりだというのに、千晃は気持ちが悪いくらい穏やかに、笑顔まで浮かべて楓真の体調を気遣っていた。
そしてそこからの記憶がない。
どのタイミングでいつベッドに戻ったのか全くわからなかった。カウンターの椅子に掛け、千晃と並んでスムージーを飲みながら会話をしたところで記憶が途絶えている。
眠剤を盛られたのかもしれないと思い至りゾッとした。でなければこんなことをされても気付かずに寝ていられるわけがなかった。寝室の遮光カーテンをあけ、陽の光を浴びながら時計を見ると、既に三時を回っていた。
とりあえずベッドに戻り腰掛ける。寝巻代わりのTシャツに下着姿。昨晩の情事の痕が白い肌に艶かしく幾つも残っていた。内腿、臍の横にある赤い鬱血痕、腰に残る強く掴まれたことによる指の痕……きっと背中や腰にも同じような痕が残っているのだろう。こんなにも痛々しく痕が残っているのに、最中は少しも苦痛に感じなかった。むしろ優し過ぎる愛撫に我を忘れて快楽を貪っていた。こんなことを続けていてはダメだと頭では常に考えているのに、結局は快感に抗えずにいつものように流されてしまっていた。
楓真は無意識に体に残る痕跡を手でなぞる。千晃はおそらく仕事に出たのだろう。昨夜の別れ話をした時の千晃の反応は悪くはなかったはず。それなのに、何を思いこんな拘束をしたのか……
少し緩めに装着された足首のベルトに視線を落とす。穏やかに別れ話を聞いていた千晃の顔を思い返し、今のこの現状に冷や汗のようなものが伝うのがわかった。
千晃が戻る前にここから逃げ出したかった。それでもなぜか体がどんどん強張っていく。ベッドに腰掛けたところからどんどん沈んで抜け出せなくなっていく感覚に陥る。拘束するこのベルトも切ろうと思えば簡単に切れるはずなのに、恐怖心から切るどころか触れることもできなかった。
そう、楓真の別れ話に対する千晃の返事がこれなのだ──
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