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63 惹かれる心と戻ることのない気持ち
浩成は自分と千晃の関係を気にかけてくれ「その恋愛は普通じゃない」と目を覚まさせてくれた人物だった。その暴力や理不尽な対応は世間一般から見たらあきらかにDVなのだと、言い難いことをはっきりと言ってくれた。当時は「そんなことない」と、千晃に依存し聞く耳を持っていなかったというのに、浩成は根気よく「このままでいいのか」と楓真に問いかけてくれた。
浩成はただの一回、きっと気まぐれに店を選びたまたま目についた楓真を指名しただけの客だった。初めての施術以来一度も店に来ていないのだから、本当にたまたまだったのだろう。楓真自身、固定の客ではない浩成のことなど自然と記憶から抜けていた。いつも千晃の帰りを待っていたあの小さな公園で偶然再会した時だってすぐには浩成だとわからなかったくらいなのに……
千晃の暴力や嫉妬からの執着に心身共に疲れ切ってしまった時、いつも近くにいた浩成が話を聞いてくれ、同性である「男」が好きで交際し同棲までしているのを「別におかしいことじゃない」と否定せず親身になって話を聞いてくれた。いつしか恋人である千晃を迎えに行くという行為が、気の置けない友人である浩成に会うのを楽しみに、公園へ足を運ぶということに気持ちが変わっていった。
千晃と付き合っている中で胸の奥に知らずに溜まっていく仄暗いもやもやが、浩成と会話をすることによって晴れていくように感じ、千晃といる時よりもずっと安らいでいる自分に気が付き、どんどん浩成に惹かれていった。
浩成に向かう気持ちを隠しながら、楓真は千晃との別れを決意していた──
「逃げたんじゃない。違う……浮気だってしていない」
ならなぜ千晃に別れも告げずに記憶を失うようなことになっていたのだろうか。千晃に対して気持ちも冷め、別れ話をするつもりでいた。でも実際は千晃と話をすることなく記憶を失い、気がついたら浩成と共にいた。
浩成は自分を「恋人」だと偽っていた。千晃に責められながら、楓真はまだ知らない自分がいるのかもしれないことに混乱していた。
「ああ、もういいからさ……俺、また店に顔出さなきゃなんねえから」
「え、ちょっと、待って……」
千晃はハァっと溜息を吐き楓真に冷たく視線を投げると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「なんだよ。これ、解いてけよ」
楓真は変わらず足首に装着されたままのベルトを見つめる。へし折ったスマートフォンを投げつけられた時は咄嗟に殴られると思い身構えてしまった。でも千晃は寂しげな顔をしただけで楓真には触れることもしなかった。折られたことには驚いたけど、きっと物に当たることで暴力衝動を抑えたのではないかとうっすらと感じ、少しだけ嬉しく思った。
本当に千晃は変わろうとしているのか……
でもそうだとしてももう遅い。楓真の気持ちは変わらない。横に転がっている無惨な姿のスマートフォンを拾うと「ごめんな」と小さく呟いた。
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